ナタリー PowerPush - Sweet Vacation
Sweet Vacation×初音ミク「8 bit darling project」対談
新しい音楽の変化が起きつつあるように感じるんです(Daichi)
伊藤 最近はプロで音楽やる人とアマチュアで音楽やる人の境目がどんどんなくなってきてますよね。デビューっていうもの自体がそもそもなくなってきているというか、今はアマチュアでもコンテンツを流通できる仕組みがありますから、大手レコード会社もネットからすくい上げてマスに出していくっていうのがこれからの音楽ビジネスの主流になっていきそうですよね。
Daichi 今まではレコード会社ってパトロン的な存在だったと思うんですよ。宣伝費を積んで世に出していくという。でもネット時代になると今度はそのパトロンの立場が大衆に移動する。まあ、もともとレコード会社にお金を払うのは大衆だったんですけど、それがもっと直接的になる。この流れが変わると音楽業界自体の形態も変わりますよね。そして音楽の内容も。これはちょっと比喩的な表現になってしまうんですけど、クラシックの世界で言うと、昔、貴族のパトロンのもとで活動していた音楽家が、大衆向けのクラシックコンサートでお金を稼ぐようになるにつれて、音をより大きくするために楽器を変えて、人も増えて、交響楽団になっていったという歴史がありますよね? それに近い新しい音楽の変化が今、ITの力によって起きつつあるように感じるんです。ユーザーによるマッシュアップはそれに近いと思うし。大衆迎合と言ってしまえばそうなんだけど、そこにもっと進化した形の、“いい迎合”を見つけるっていう手もあると思うんですよね。
(取材場所に同席していたメディアジャーナリスト・津田大介がここで遅れて会話に加わる)
津田 今、Daichiさんが音楽も時代とともに変わってきていると話されてましたけど、確かに楽器やテクノロジーが音楽の内容を変えてきた部分は結構あると思います。で、ここ2年くらい初音ミクを見ていて思うのは、これが音楽ジャンルを拡張する起爆剤として、サンプラー以来のアイテムになるかもなってことで。だけど、それほどの可能性を持つ楽器なのに、ポップスの範疇でしか使われていないんですよね。僕は今後、初音ミクを使った新しい音楽ジャンルが生まれてくるかもって期待してるんです。そのへんはどうですか?
Daichi そうですね、僕自身も初音ミクを最初はバーチャル・インストゥルメントの一部として捉えてたんです。でも、実際に使ってみて単なる楽器以上の大きな可能性を感じました。だから今は津田さんのおっしゃることすごくよくわかりますね。なんて言うのかな、ひとつ言えるのは、僕はレコーディングでは生身のシンガーと一緒に録音することが多いんですけど、そのときにはシンガーに気を遣ったり、こういう表現形態はこの子には合わないんじゃないかって考えたり、そういうのいろいろあるんです。人間だから当たり前なんですけど。それに対して初音ミクはある意味なんでもできてしまう。そこにはクリエイターとして大きな可能性を感じます。もっと言っちゃえば、声にオートチューンをかけることを嫌がるシンガーも世の中にはいっぱいいる。その主張自体はすごく正しいと思うんですけど、そのせいで実現できない表現もあったわけで。その制約が初音ミクの登場によって突破できて、しかもそれを使う権利がすべての人に与えられて、圧倒的に新しい何かが出てくる土壌が生まれたんだと思います。そういえば伊藤さんは「8 bit darling project」の中で、何か耳に残っている楽曲はありますか?
伊藤 全部を聴ききれてないんですけど、多くの人にとってコンピュータソフトを使うことがカジュアルになっていることが感慨深いですね。昔で言えば、男の60回ローンみたいな世界だったので(笑)。そして、そういう人たちにスイバケが楽曲のメロディやパーツを提供してくれたことによって、作る側のモチベーションは高まりますよね。曲を作ることが簡単になったとはいえ、誰でもすぐに優れたメロディが思い浮かぶというものではないですから。そういう意味でも、こうしたプロジェクトは定期的にやったほうがいいと思うんです。だからDTMを使う人たちのニーズに合わせて、こういう仕掛けは今後もどんどんやっていってほしいと思います。僕らも協力を惜しみませんので。
「対談を終えて」2009年5月17日 午前3時31分32秒
blogtext by Daichi(Sweet Vacation / 東京エスムジカ)
初音ミクの生みの親、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長と対談してきました。クリプトンといえば、初音ミクで一気に注目されましたが、実際は、1995年から続く音楽ソフトの販売、製作会社。あくまでも楽器屋を自称する伊藤氏ですが、音楽業界の問題点、さらにメディアとカルチャーに関してもするどい視点を持っていて、技術論、背景から、今後のメディアの変遷、楽器が音楽に与える影響についてと話題はつきません。その場に同席していただいた著書「誰が「音楽」を殺すのか」等で有名なIT・音楽ジャーナリスト津田大介氏も途中から話題に参加して、さらに興味深い話となりました。伊藤氏が「著作権の柔軟性のなさに関する解決方の具体的な提案」、津田氏の、「初音ミクが音楽の作り方に与える影響は手法としてのサンプリングと同じくらい大きい」という意見は印象的でした。大変勉強をさせていただいた日でした。
面白かったのが、伊藤氏はIT企業社長、津田氏はラディカルな立ち位置のジャーナリスト、という感じだと思うのですが、それに対して、僕はあくまでもいちクリエイターなので、やはり最終的にはクリエイターの立場を守るというのが自分のポジションだと思ってるわけです。作り手の中ではラディカルな方だと思うわけだけど、たとえば「8bit darling project」のように、ユーザーの手によって、作品を発表して頂く試みは、現行の硬直化してしまった著作権や、メディアに対する挑戦という側面もあるけれど、それはどちらかというと後付けの理由で、それよりもモチベーションとしては、“その過程自体もひとつの作品である”というアーティスト的な欲求の方が強かったりもするわけなんです。また、クリエイティブコモンズでの作品発表やYouTubeでのライブ配信、MySpace、iTunesでの無料配信での作品提示などは、お金をかけて作ってるものを、無料で公開してしまうことに繋がることが多いため、周りからも“蛮勇”と評されることがあったりするのだけど、そういうことを押しすすめる以上、最終的にはクリエイターの利益につながる仕組みまで、きちんと考えることが義務でもあるんだと思ってます。
CD収録曲
- あいにいこう ~ I・NEED・TO・GO (SEXY-SYNTHESIZER meets 初音ミク Re-mix)
- 8 bit darling “remix Rev.2” (U-ji meets 初音ミク Re-mix)
- Trick Or Treat (eighteen degrees. meets 巡音ルカ Re-mix)
- I Feel So Good (metagalaxies meets 初音ミク Re-mix)
- 遊びに行こうよ (Vacation Brothers meets 鏡音リン Re-mix)
- 8 bit darling “hi-channel! REMIX” (hi-channel! meets 初音ミク Re-mix)
- Brandnew Wave (★STARGUiTAR meets 初音ミク Re-mix)
- I miss you ~ユメデアエタラ~ “うっとりタイプ” (Sugimoto Tomoyuki meets 初音ミク Re-mix)
- Sexy Girl (dj_miya meets 初音ミク Re-mix)
- 8 bit darling (ちゃぁ meets 初音ミク Re-mix)
- さよならマイデイズ (太郎 meets 初音ミク Re-mix)
※Daichiとクリプトン伊藤社長との対談「初音ミクはスイバケの夢を見るか?」を収録したスペシャルブックレット付
Sweet Vacation(すうぃーとばけーしょん)
東京エスムジカのDaichi Hayakawa(サウンドプロデュース)とMay(Vo)によるハウスポップ・ユニット。2007年8月に音楽SNS・MySpaceで楽曲を公開して以降、まず海外のJ-POPファンを中心に口コミでアクセスが急増。日本国内でもネットユーザーを中心に注目を集めることになる。その後音楽配信サイトmf247やiTunes Store「今週のシングル」での音源の無料配信を経て、2007年11月に初のCDパッケージ作品「Do the Vacation!!」をリリース。翌2008年4月には、このアルバムの姉妹編的な内容となる「More the Vacation!!」を発表している。この2作を経て、同年初夏にはメジャーデビュー。2009年8月に初のフルアルバム「pop save the world!!」をリリースする。
2009年8月5日更新