シユイの素顔を紐解く本人インタビュー、ボカロPコメント、解説コラム (3/5)

シユイの1stアルバム「be noble」のリリースを記念し、音楽ナタリーでは前後編での特集を展開中。後編ではシユイのこれまでの歩みを振り返る解説テキスト、および「be noble」収録曲を含めたシユイの作品に楽曲提供した17名のボカロPからのコメントを通じ、第三者から見たシユイの魅力に迫る。

シユイの魅力と素顔とは? 徹底解説コラム

クリエイター心に火をつけるシンガー

「シユイというシンガーの特徴を1つ言え」と言われたら、多くのファンが真っ先に「歌声」を挙げることだろう。しかしそれはただ単に声がいいというだけの話にはとどまらず、“クリエイター心”を刺激する未知の成分が含まれているのではないかと思わせるフシがある。多くのクリエイターが彼女の歌声を耳にした瞬間に創造意欲をかき立てられ、「この声にこんなメロディを歌わせたい」「こんな言葉を発してもらいたい」という衝動に抗えなくなり、その結果ついうっかり彼女のために名曲を生み出してしまう──そんな循環構造を想像させてやまないのである。

シユイは今、“歌ってみた”カルチャーの出身ということもあり、主にボカロPをはじめとしたネットミュージック界隈のクリエイターたちから絶大な支持を集めている。そもそも彼女の名前が世に広まり始めたきっかけが、2021年にクリエイター向けプラットフォーム「MECRE」にて行われたjon-YAKITORYのフィーチャリングボーカル募集企画で「ONI」のボーカリストに選ばれたことだった。その出来事を端緒に、一二三や柊マグネタイト、R Sound Designといった著名なボカロPたちが相次いで彼女にオリジナル楽曲を提供し始める。そして2022年11月リリースのメジャーデビュー曲「君よ 気高くあれ」は、シユイ本人が「人生で初めてハマったアーティスト」と公言するsupercellのryoが作詞、作曲、サウンドプロデュースを担当した。

さらに、このほどリリースされた1stフルアルバム「be noble」には、DECO*27や40mP、ツミキ、Chinozoなどそうそうたる顔ぶれのネットミュージック系クリエイターたちが参加。アルバムをひと通り聴いてもらえれば即座にわかる通り、その楽曲群にはことごとく作家陣の遠慮というものがまるで感じられず、おしなべて“やりすぎ”な楽曲ばかりがずらりと並んでいるのである。いかに彼女の歌声がクリエイター心を刺激してそのリミッターを外させているかが理解できるはずだ。

タガの外れた楽曲群

ラストナンバーにしてアルバムタイトルの由来ともなったデビュー曲「君よ 気高くあれ」を筆頭に、既発曲の“やりすぎ”具合に関してはもはや言うまでもないが、アルバムのために書き下ろされた6曲の新曲群も負けず劣らずのタガの外れ具合である。王道ボカロ系アッパーチューン「バームクーヘン」や和風四つ打ちエレクトロ「べらべら」などは歌詞世界からしていい意味で常軌を逸しており、まるで「歌えるもんなら歌ってみろ」とでも言わんばかり。浮遊感のあるピアノバラード「in」も決して油断のならない1曲で、パッと聴いたときの“柔らかく穏やかでドリーミーな歌”という印象とは裏腹な、レンジの広い技巧的なメロディラインに圧倒される。

洒脱なエレクトロスウィングポップ曲「麗春花」にしても、高難度の歌メロのみならずヒップホップ要素を取り入れた攻撃的なサウンドメイキングも含めてクリエイティブの歯止めがまったく効いておらず、ほのかにジャジーな風味のダンスロックナンバー「BOOOM!!」などはもはや「バンドの演奏を聴かせたい曲ですよね?」と感じてしまうほどにバンドオリエンテッドなサウンドと、極端なまでにアジテーティブに突き抜けたリリックが痛快な楽曲に仕上がっている。

また、これらの楽曲群とは正反対のベクトルに振り切れているのが「ひとちがい」だ。メロディラインの複雑さやサウンドの鋭敏さを追求するのではなく、素朴さやナチュラルさにフォーカスした極めてパーソナルな手触りの1曲。メロディラインや和声なども実にシンプルかつヒューマンなテイストにまとめられ、これまでのシユイのレパートリーにはまったくなかった指向の楽曲構造と言ってもいいだろう。いわば前例がないわけで、これもまたシユイの計り知れないポテンシャルを信じたからこそ可能なチャレンジだったはずだ。

相反する魅力が矛盾なく同居する歌声

では、具体的にシユイのどういう部分がどのようにクリエイターたちから評価されているのだろうか。興味深いのは、“歌声が多彩であること”を高く評価する声もあれば、一見それとは正反対にも思える“歌声に一貫性があること”に価値を見いだす声も同じくらい上がっているところである。

アルバム「be noble」のリリースに際し、これまでシユイに楽曲を提供してきたクリエイターらから祝福のコメントが多数寄せられた。それらを読むと、例えば歌声の多彩さについてはryoが「まるで七色のような歌声を持っている方だなと思いました」と述べており、同じようにツミキ(「GLOW」を提供)は「まるでパレットを全部使ったような様々なタッチの歌」、エイハブ(「ゾンビ」を提供)は「ポップ、ロック、エレクトロ、ジャズ、バラード。多彩な収録曲を一つの作品に纏め上げられるのは、シユイさんの歌の幅ゆえ」と評している。

一方、歌声の一貫性については栗山夕璃(「麗春花」「あんたがたどこさ」を提供)が「歌詞もアレンジも幅がありながらシユイさんの歌声で世界がすべて統一されている」、一二三(「ドーベルマン」を提供)も「作風がまったく異なる作曲家が集まって提供しているにもかかわらず、しっかりと“シユイさんの曲”になっている」、雪乃イト(「時計のエスコート」を提供)は「歌声ひとつでシユイ色にまとめあげ世界観まで構築されている」とコメントしている。このように、一見相反するようにも思える両極端な特性が矛盾なく同居してしまうのがシユイというシンガーなのだ。それはつまり、楽曲のムードや世界観に即して声色や発声法を千変万化させる技術力と、「どの曲を聴いても圧倒的にシユイの歌でしかない」と感じさせてしまうだけの確固たるシグネチャーボイスを同時に有しているということを表している。

ライブアーティストとしてのシユイ

また、シユイは近年ライブアーティストとしても非凡な才を発揮し始めている。ネット上での歌い手活動をルーツに持つ身であるがゆえに生身でのライブ表現には縁遠かったはずの彼女であるが、過去2回行われたワンマンライブではそれをまるで感じさせない堂々たる勇姿をオーディエンスに示してみせた。音源から受ける“力強い歌声を持つテクニカルなシンガー”という印象はそのままに、ライブならではのラフな歌表現をも楽しみ、観客に楽しませてしまう術をすでに彼女は心得ているようであった。

また、明るく朗らかな人間性が垣間見えるMCでの達者なトークもシユイのライブにおける大きな魅力の1つ。ファンとの距離感も近く、親しい友人に対するようなフランクさでオーディエンスと楽しそうに言葉を交わす彼女の姿は一見の価値がある。ちなみにシユイは週に1度のペースでツイキャスにてラジオ配信を行っており、ファンとの良好な関係性はそこで育まれた部分も少なくないのだろう。さらに、そこでの1人語りが話術を鍛えることにつながった可能性も考えられる。

ライブという場に不慣れなアーティストは、得てして最初の頃は観客を恐れてしまいがちなもの。彼らを味方だと判断できるまでに時間を要するケースも少なくないが、シユイはそのハードルを1stワンマンの時点ですでに超えていた。この事実は、彼女のライブアーティストとしての高い素質を端的に証明していたと見ていいだろう。

それを考えると、ワンマンライブのシリーズタイトルとして「シユイさんといっしょ」の名が冠されているのは実に象徴的だ。今年10月には自身3度目となるワンマンライブ「LAWSON presents シユイ 3rd Live 『シユイさんといっしょ #03』」の開催が決定しているので、読者諸氏におかれてはぜひシユイさんといっしょに幸福なライブ空間を作り上げていただきたいところである。

2024年5月31日更新