シユイの素顔を紐解く本人インタビュー、ボカロPコメント、解説コラム (2/5)

「君よ 気高くあれ」でドッカーン!みたいな

──そしてこのたび、1stフルアルバム「be noble」が完成しました。制作にあたって、ご自身で「こういうアルバムにしたい」という青写真は何かありましたか?

それなんですけど、このアルバムはけっこう自分の周りがいろいろとバタバタしている中で制作が始まったんですね。1stワンマンライブ(2023年11月5日に東京・新宿ReNYで行われた「LAWSON presents シユイ 1st Live『シユイさんといっしょ #01』」)の準備とか、自分にとって新しいことに向き合っているタイミングでアルバムに向けて動き始めなきゃいけなくて。だから曲に関してはクリエイターにすべてお任せさせてもらって、私は歌にひたすら集中しました。

──なるほど。

あと、ボーカルレコーディング以降の工程でも今までにないくらい深く関わらせてもらいました。ミックスチェックにも立ち会いましたし、曲順も全部私が決めたんですよ。

──あ、そうなんですね。曲順はどんなふうに考えて並べたんですか?

まず1曲目を「ハピネス オブ ザ デッド」で始めるというのはもう絶対だと思って最初から決めてたんですけど、そこから勢いよく行って、10曲目の「in」で一旦空気を変えてからラストの「君よ 気高くあれ」でドッカーン!みたいな。アルバムタイトル通り「君よ 気高くあれ」があってこそのアルバムだよ、というのがこの並びで伝わるんじゃないかなと思ってます。

──個人的には、2曲目に「ひとちがい」を持ってくるあたりが攻めた曲順だなと感じました。

攻めてますかね? 私の中では自然に「2曲目かなあ」という感じだったんですけど。

──ミディアムテンポのフォーキーなポップスで、いわゆる“半径の狭い”歌ですよね。従来のシユイさんはどちらかというと「お前らわかってんのか!」と広く訴えかけるイメージでしたけど……。

うんうん、いつもはそうですよね。「お前らわかってんのか」、いい言葉だ(笑)。確かに「ひとちがい」という曲はアニメやゲームなどの世界観ではなく自分自身のことを歌うという、私にとっては新しいチャレンジでした。私がこの歌詞のような体験をしたことがあるという話がレーベルを通じて40mPさんに伝わっていたらしくて、そのエピソードをもとに書いてくださったんです。

──歌の世界にはすんなり入れましたか?

これ、簡単そうに聞こえるんですけど歌うのがとても難しくて。そんなにテンポも速くないし、言葉数が詰まってるわけでもないんですけど、謎に苦戦したんですよね……。

──40mPさんはある意味ボカロっぽくない、ナチュラルなメロディを書かれる方ですよね。それに対してシユイさんはいわゆるボカロ曲然とした、音符が詰まっていて音程上下の激しいメロディが得意な人だから……。

だから難しかったのか! そうです、それです。

──普通は逆なんですけどね。

いつもはもっと「この部分はこういう技法を駆使してこう歌おう」みたいなことを細かく意識して歌ってるんですけど、「ひとちがい」ではそういうテクニックがまったく使えないんですよ。小手先の技術ではごまかしが利かないというか。これまではわりと“聴き手が求める、歌い手としてあるべき姿”というのを追求してやってきたんですけど、そういうのがまったく入れられない曲なんですよね。だからもう、まっすぐに自分の声だけで勝負するしかないみたいな感じ。

──まさに、そこにグッと来る曲だと感じました。それも含めてアルバムの中ではかなり特殊な1曲なので、これを序盤に置くのは攻めてるなあと思ったんです。

なるほどー。私はこの並びしかないと確信してますけどね。

みんなで作った感じがする

──それで言うと5曲目の「BOOOM!!」なんかは、それこそ「お前らわかってんのか」系の筆頭みたいな曲ですよね。

うんうん、確かに確かに。「ひとちがい」と違ってどこをどう歌ったらいいのかが瞬時にイメージできたので、めちゃめちゃレコーディングがやりやすかったです。私はこれ、けっこう王子様っぽい曲だと思っていて……別に歌詞がそうってわけじゃないんですけど、王道な感じで主人公感があるなあと。オラオラ行かせていただきました。

──3曲目の「麗春花」にしても、2曲目でびっくりした人が安心できる立ち位置の曲かなと。

私にとっては「麗春花」はむしろ“びっくり曲”だったんですよ。以前「あんたがたどこさ」という曲を書いてもらったときもそうだったんですけど、それまで栗山(夕璃)さんにはないイメージの曲だったし、「こんなオシャな感じの曲をシユイに歌わせるんですか?」っていう驚きもあって。

──第三者的にはまったく意外ではないですけどね。

そうなんだ。あと、この曲ではこれまでに出したことのない声を使っていて。ちょっと説明が難しいんですけど、「パッと見は全部同じ青なんだけど、実は微妙に違う青を何色も使ってる」みたいなイメージなんです。そんな細かい声の出し方を今までしたことなかったんで、そういう意味でも“知らない自分を発見できた曲”って感じですね。

──6曲目の「バームクーヘン」も“ザ・歌い手曲”という感じですが。

確かに。でもこれ、歌詞の意味わかんないんですよね(笑)。この意味のわからなさが面白いというか……レコーディングのときエンジニアさんに「もっと意味ない感じで歌ってみたら?」って言われたんです。でもこれまで歌詞に意味を持たせないで歌った経験がなかったので、まずそこに苦戦しました。

──それはおそらく9曲目の「べらべら」にも通ずるお話だと思うんですけど、言葉を意味として捉えるのではなく、音として扱う作業に近いわけですよね。

そうですね。そこに気付くまでが長かったんですけど、わかっちゃえばもう最高なんです。「べらべら」のお経パートなんかはまさにそれで、すごく楽しかった。私はもともとお経を読むのが好きで、般若心経を暗唱できるんです。たぶん⌘ハイノミさんはそのことをご存じなかったと思うんですけど、たまたま奇跡的にお経のような曲が私のところに来て、唱えさせていただけて大変うれしいです。

──あとは新曲でいうと、10曲目の「in」がサウンド的にかなり異彩を放っていますね。

これも「BOOOM!!」と同じように歌詞とメロディの求めている歌い方がすぐに見えたんで、「カッサカサの声で歌おう」と最初から思っていて。だからレコーディングは苦労しなかったんですけど、私よりもミキシングエンジニアさんが大変だったと思います。ミックスチェックで聴いたとき、レコーディングのときのオケとはまったく違う音になっていたんですよ。海の中とか夢の底とかを思わせるような、浮遊感のあるファンタジーな感じになっていて。いつものMIMIさんの曲とも全然違うサウンドになっていると思いますし、エンジニアさんは「正直ちょっとやりすぎました」と言っていました(笑)。

──レコーディング時とミックス時でそこまで音が違うとなると、ボーカリストとしては「歌い直させてくれ!」とはならないものですか?

全然(笑)。だからこそみんなで作った感じがするというか。

大人を怒らせたい

──アルバムが完成して、手応えとしてはいかがですか?

今回、初めて“自分の手で作ったもの”という感覚を少し持てました。誤解を恐れずに言うと、今までの私は“スタッフさんに用意してもらったものを歌う人”だったんですよ。それが今回は……それこそさっき言った、コロナ禍で石鹸とかを作って手に持ったときと近い感覚を得られたというか。全部ではないにしても「これは自分が作り上げたものだ」と感じられる作品になった。私の手を離れて遠い存在のように感じていた“シユイという偶像”を、ちょっとずつ自分のほうにたぐり寄せ始める最初の一歩になったんじゃないかなと思ってます。

「be noble」通常盤ジャケット

「be noble」通常盤ジャケット

──シユイという偶像をそのまま偶像として育てていく楽しさもあると思いますけど、それよりはシユイと自分をイコールにする方向に舵を切っていきたい?

そのほうが今後しんどくないかもと思って。もちろん未来がどうなるかはわからないし、あとあと「別々にしとけばよかった」と思う日が来るかもしれないですけど、今は「もうちょっと隣で歩きたいな」という感じですね。そのスタート地点に立てたという意味で、このアルバムはすごく大きい、将来的に「一番の転機だった」と言えるものになるんじゃないかという予感がしています。

──もう少し近距離の話として、10月14日に東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)にて3rdワンマンライブが予定されています。これに向けてはどんなことを考えていますか?

アルバムが出て持ち曲の数もだいぶ増えましたし、ライブが今からすごく楽しみではありつつ……今年の目標としては「自分を取り戻す」というのがあって。東京という素敵な美しい街に暮らし始めたことで忘れてしまった己を、今年は取り戻したいんですよ。

──本来の自分を見失っていた感覚があるわけですか?

地元にいた頃はもっと、何も恐れずにやりたいことをやって、めちゃめちゃふざけて生きてたんです。隣の家の栗や柿を失敬したりとか……。

──昔話みたいなエピソードですね。

それが最近、大人に怒られるようなことを何もしていないことに気が付いて。怒られることを恐れて、知らず知らずのうちに自分を抑え込んでいたんです。本来の私はそんなつまらない人間ではないはずだ!と思って。もっと怒らせたい! 私は!

──(笑)。

いや、怒らせることが目的ではないですけど(笑)。己を抑え込まずに、怒られそうなアイデアとかも臆せずどんどん言っていきたいんです。早急に自分を取り戻して、毎日めちゃめちゃ楽しいことをしたい……あれ、なんの話でしたっけ?

──ライブに向けてのお話ですね。

そうですそうです。なので10月の3rdワンマンではですね、本来の自分を取り戻したシユイの姿を皆さんにお見せしてびっくりさせたいなと。ぶちかましたいなと思っております!

ライブ情報

LAWSON presents シユイ 3rd Live「シユイさんといっしょ #03」

2024年10月14日(月・祝)東京都 Zepp Shinjuku(TOKYO)

2024年5月31日更新