音楽原作のキャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」初の映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」が2月21日に公開された。
「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」は日本初の“インタラクティブ映画”となっており、スクリーン上で繰り広げられるバトルの勝敗を決めるのは、劇場内の観客投票。劇中ではイケブクロ・ディビジョン“Buster Bros!!!”、ヨコハマ・ディビジョン“MAD TRIGGER CREW”、シブヤ・ディビジョン“Fling Posse”、シンジュク・ディビジョン“麻天狼”、オオサカ・ディビジョン“どついたれ本舗”、ナゴヤ・ディビジョン“Bad Ass Temple”という6ディビジョン、そして「ヒプマイ」の世界の支配階級である、女性で構成されたチュウオウ・ディビジョン“言の葉党”が“最後のディビジョン・ラップバトル”を繰り広げる。
音楽ナタリーでは映画の公開を記念して、今年8年目を迎える「ヒプマイ」プロジェクトの歩みや映画に使用されている楽曲を、ヒップホップシーンに造詣が深く「ヒプマイ」シリーズもプロジェクト初期から追っているライター高木“JET”晋一郎によるテキストで紹介する。
文 / 高木“JET”晋一郎
ラップの広範化と「ヒプマイ」
2017年9月に始動した音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」。各3人ずつで構成されたイケブクロ・ディビジョン“Buster Bros!!!”、ヨコハマ・ディビジョン“MAD TRIGGER CREW”、シブヤ・ディビジョン“Fling Posse”、シンジュク・ディビジョン“麻天狼”、オオサカ・ディビジョン”、“どついたれ本舗”、ナゴヤ・ディビジョン“Bad Ass Temple”という6ディビジョンが、人の精神に干渉する特殊なマイク“ヒプノシスマイク”を使用し、領土を獲得するために争っている。さらにこの世界の支配階級である、女性で構成されたチュウオウ・ディビジョン“言の葉党”の3人も戦いに参加し、ラップでバトルを繰り広げるという、壮大なストーリーが描かれている。
……というこのプロジェクトの骨子は、もはや説明不要だろう。楽曲とドラマトラックからなる音源のリリースから始まったこのプロジェクトは、大阪城ホールや幕張メッセなどでのライブイベント、媒体を横断したコミカライズ、ゲームアプリ化、「ヒプステ」として人気を博す舞台「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage」、現在までに2シーズン放送されたアニメ「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Anima」など、さまざまなメディアミックスを通して、サブカルチャーシーンのメインストリームを走るコンテンツとしてその存在感を確立している。
毎月のようにラップアーティスト、ヒップホップアクトが武道館やアリーナでライブを展開し、BAD HOPやCreepy Nutsのように単独で東京ドーム公演を行うアーティストも登場。いわゆるJ-POPの中でもアートフォームとしてのラップがミックスされた楽曲は、近年はまったく珍しくない。その意味でも、音楽文化、ユースカルチャーの中の一角をラップが占めるようになった現在。しかし、これは私見ではあるが、2012年にスタートしたテレビ番組内のコーナー「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」、2015年にスタートしたテレビ番組「フリースタイルダンジョン」によって、フリースタイルやMCバトルのブームは起きていたが、「ヒプマイ」が始まった2017年は、冒頭で書いたような「ラップでバトルをすること」に対しては、まだ注釈が必要とされる場合が少なくなかったし、ラップやヒップホップへの一般的な認知度が高まってきた時期ではあったが、まだ“チェケラッチョ”的な視線や、飛び道具的な消費があったことは否めない。しかし一方で、BAD HOP「Ocean View feat. YZERR, Yellow Pato, Bark & T-Pablow」、Creepy Nuts「助演男優賞」、Awich「Remember feat. YOUNG JUJU」、tofubeats「LONELY NIGHTS feat. YOUNG JUJU」、SUSHIBOYS「軽自動車」、Jin Dogg「アホばっか feat. Young Yujiro & WillyWonka」、JP THE WAVY「Cho Wavy De Gomenne Remix feat. SALU」などがこの年注目を浴び、ラップへの認識が「クールなもの」として広がった時期でもあった。
「ヒプマイ」のラップに対しての本気度と信頼感
その流れと軌を一にするように、ラップというアートフォームをいわゆる“ネタ扱い”ではなく、真正面から向き合ったのが「ヒプマイ」だった。やはり驚かされたのは、2017年にリリースされたBuster Bros!!!、MAD TRIGGER CREW、Fling Posse、麻天狼による「Division CD」シリーズ4作品だ。確か、「ラップを題材にしたキャラクターコンテンツが始まり、これが面白い」という話がSNSで話題になり、筆者もそれをきっかけに日本で広がり始めたサブスクサービスで聴いたのが「ヒプマイ」とのファーストコンタクトだったが、特にプロジェクトの皮切りとなったBuster Bros!!!「ヒプノシスマイク -Buster Bros!!! Generation-」の収録曲「俺が一郎」での、山田一郎(Buster Bros!!!)を演じる木村昴のラップのうまさには驚いた。滑舌とラップフロウのコントロールはもちろんだが、DJ MASTERKEY “GOLDEN MIC feat.ZEEBRA”(がオリジナルだが、おそらくZeebra「TOKYO'S FINEST」収録の「GOLDEN MIC[REMIX] feat.KASHI DA HANDSOME,AI,童子-T,般若」)からの引用である「これが伝説のヒプノシスMIC」というフレーズや、随所に見られるラップ的なワード使いなど、しっかりとナレッジと愛情に基づいた構成は、単なるカルチャーの借用とは異なる感触があった。そのときはこの曲の作詞家である好良瓶太郎が木村昴の作家名義であることを存じ上げていなかったし、彼がラッパーとしての活動経験があることや、マンガ誌「週刊ヤングジャンプ」でラップについて語り下ろす連載「日本語RAPの魅力を語り尽くし!木村昴のHIP HOP HOORAY」を始めるほど熱烈なヒップホップフリークだったことは知らなかったのだが、ラップへの情熱は十二分に楽曲から伝わってきていた。なお、後の2019年3月に木村昴はラッパーの掌幻とともにヒップホップユニット・掌幻と昴を結成している。
そして制作陣にサイプレス上野やUZI、GADOROといった、普段は楽曲提供を行っていないラッパーが参加していることにも驚いた。サ上はももいろクローバーZやNegicco、lyrical schoolなどへの提供はあったが、男性によるラップ曲はおそらく初で、GADOROは当時1stアルバム「四畳半」をリリースしたばかりの新進気鋭のラッパー。UZIは大ベテランであるが楽曲提供というイメージがまったくない。そういったアーティストの起用に、「ヒプマイ」のラップに対しての本気度と、“制作陣がラップをわかっている”という信頼感が感じられた。
その流れは、各キャラクターのソロ曲が中心だった「Division CD」シリーズから、各ディビジョンのユニット曲と、ディビジョンが楽曲中で対峙するバトル曲が収録された、2018年リリースの「Battle CD」シリーズにEGOやKEN THE 390、peko(梅田サイファー)が加わることで継続。中でも大ベテランのラッパ我リヤが登場し、作詞と編曲を担当した麻天狼「Shinjuku Style~笑わすな~」は、“ラッパ我リヤ節”としか言えない仕上がりに。そんな個性丸出しのリリックを声優 / キャラクターが繰り出し、それがいわゆるヒップホップリスナー、日本語ラップリスナー外にも受容される展開には衝撃を受けた。余談だが、2018年に東京・Zepp DiverCity(TOKYO)で行われた「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- 3rd LIVEオダイバ《韻踏闘技大會》」で、我リヤがサイリウムに照らされるという光景には「完全にどうかしてる!」と思わずひとりごちてしまった。
そういった音楽 / ヒップホップ / ラップシーンの中で現役で戦っているメンツが顔をそろえていたこともこのプロジェクトの大きな特徴であり、作品のリアリティを担保する材料になっていただろう。そして2018年リリースの「Final Battle CD」には山嵐、リミックスには三浦康嗣(□□□)、hara(HyperJuice)に加え、DJ KENTAROとDJ BAKUが参加。ヒップホップの4エレメントの1つであるDJにも焦点を当てていることにも感心させられた。
「地元」を丁寧に扱っている
麻天狼優勝記念CD「The Champion」表題曲には、ラップにZeebra、トラックに理貴を起用。説明不要のヒップホップの大立物であるZeebraと、KOHH(現:千葉雄喜)をブレイクへと導いた「Junji Takada」や、ANARCHY、AK-69などを手がける気鋭のトラックメイカー理貴のタッグは、「ヒプマイ」リスナーはもちろん、ヒップホップリスナーからも注目を浴びた。また同年リリースの「ヒプマイ」の1stフルアルバム「Enter the Hypnosis Microphone」にはポチョムキン(餓鬼レンジャー)や、岩間俊樹と大林亮三(SANABAGUN.)が参加。なお、のちにリリースされる作品にはYOSHI(餓鬼レンジャー)や高岩遼(SANABAGUN.)も参加している。
「ヒプマイ」に特徴的なのは“フッド”、簡単に言えば“地元”という概念を丁寧に扱っていることだろう。各ディビジョンが立脚する街は架空ではあるが、当然ながら「イケブクロ」は「池袋」、「ヨコハマ」は「横浜」を想起させる。その流れとつながるように、各ディビジョンにはそのイメージ源となる都市を代表するアーティストを招いているのも重要なポイントだ。特にその動きは、どついたれ本舗とBad Ass Templeが参戦し、6ディビジョン体制になってからより明確になる。Creepy Nutsが手がけたどついたれ本舗「あゝオオサカdreamin'night」では、大阪府堺市出身のR-指定が関西弁でリリックを手がけ、同ディビジョンの白膠木簓によるソロ曲「Tragic Transistor」には大阪を代表する韻踏合組合からHIDADDYが、さらにコテッとした関西弁の歌詞を提供。また「Tragic Transistor」はトラックを大阪出身のALI-KICKが手がけ、「吉本新喜劇」のオープニング曲である「Somebody Stole My Gal」をイメージした旋律が内包され、関西とお笑いを押し出した楽曲となった。以降も「笑オオサカ!~What a OSAKA!」にはトータス松本(ウルフルズ)とSHINGO☆西成、「なにわ☆パラダイ酒」には梅田サイファー(梅田サイファーのメンツはほかの曲にも個別で参加している)、「毎度!生きたろかい!~OSAKA Big Up~」には大西ユカリと銀シャリが参加。このようにどついたれ本舗の楽曲には大阪を地場とするアーティストが数多く参加し、「大阪≠オオサカ」ではあるが、モチーフとなった場所へのリスペクトを形にしている。
同様に、Bad Ass Temple「Bad Ass Temple Funky Sounds」にはnobodyknows+、同ディビジョンの「Young Gun of The Sun」などにはSEAMO、04 Limited Sazabysという名古屋にゆかりのあるアーティストを起用。MAD TRIGGER CREW「HUNTING CHARM」にはICE BAHN、「Backbone」にはサ上と、横浜に縁を持つアーティストとして参加し、“フッド”というヒップホップならではの価値観を丁寧に取り扱っている。
前述のZeebraやUZIのように、普段は楽曲提供をしないラッパーの起用も、特にヒップホップリスナーには驚きを持って迎えられた。碧棺左馬刻(MAD TRIGGER CREW)「Gangsta's Paradise」のRAU DEF、神宮寺寂雷(麻天狼)「君あり故に我あり」の韻シスト、「威風颯爽」の Micro(Def Tech)、毒島メイソン理鶯(MAD TRIGGER CREW)「NO WAR」のMC TYSON、伊弉冉一二三(麻天狼)「始まりのラストソング」のThe Sopranos(RIMAZI & CITY-ACE)とAK-69、どついたれ本舗「縁 -ENISHI-」のCHEHON・NATURAL WEAPON、観音坂独歩(麻天狼)「BLACK OR WHITE」のDOTAMA、そして天谷奴零(どついたれ本舗)「The World Is Yours」のSEEDAや、Fling Posse「キズアトがキズナとなる」のKREVA、Division All Stars「SUMMIT OF DIVISIONS」のスチャダラパーと、挙げていけばキリがないのだが、数々のサプライズ的なラッパーの起用と、活動場所を横断した人選も「ヒプマイ」の特徴と言える。
ここで興味深いのは、特にDiggy-MO'が手がけた波羅夷空却(Bad Ass Temple)「そうぎゃらんBAM」に顕著だが、“提供元のラッパーのスタイルを変えない”ことだ。ラッパーそれぞれのクセや特徴を吸収し、キャラクターのラップとして落とし込む。そしてそれを可能にする声優陣の表現力とボーカルスキルは、プロフェッショナルならではのすごみを感じる。
そして、ザ・おめでたズとDJ HASEBEによる麻天狼「シンクロ・シティ」、PESとビッケブランカが組んだ飴村乱数(Fling Posse)「One and only」、好良瓶太郎とMUROが手がけた山田一郎(Buster Bros!!!)「HIPHOPPIA」など、ラッパーとトラックメイカーの組み合わせの妙を感じさせる構成の楽曲にも着目してほしい。
また、女性によるディビジョン「言の葉党」が本格的に楽曲にも参戦したことで、Reol、Awich、MARIA、大門弥生、あっこゴリラ、LUNA、ASOBOiSM、chelmicoなど女性ラッパー / アーティストが提供した楽曲も「ヒプマイ」のディスコグラフィーにリストアップされることになり、より作品に立体感と膨らみが増していった。
ほかにも数々のラッパーが参加しているし、Dragon AshやORANGE RANGE、西寺郷太(NONA REEVES)、志磨遼平(ドレスコーズ)、そして宮田俊哉(Kis-My-Ft2)など多方面からアーティストが参加しているが、このままだと永遠に続いてしまうので、過去楽曲についての解説はこのあたりで。
8年間の集大成が1つの結晶に
そういった流れを汲み、総体的に形にしていると感じさせられるのが、2月21日に公開された「ヒプマイ」初の映画「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」だ。
本作は、劇中のバトル毎に投票タイムが設けられ、観客が自身のスマートフォンから専用のアプリを通して投票することでバトルの勝敗が決するという、劇場映画としては日本初となる観客参加型“インタラクティブ映画”。劇中の「First Stage」では、これまでにも「ヒプマイ」作品に関わってきたAmon Hayashi、NAOtheLAIZA、A.M.P. Killerが制作したBuster Bros!!! VS Bad Ass Temple「Last Man Standing」、ALI-KICKが手がけるMAD TRIGGER CREW VS どついたれ本舗「Out of Harmony」、弥之助(AFRO PARKER)が作詞、☆Taku Takahashi(m-flo)が作編曲を手がけたFling Posse VS 麻天狼の「Stick To My Mic」の3曲で、ディビジョンがバトルを展開する。
その勝者が進出する「Second Stage」だが……こちらもそのメンツの豪華さたるや! 何しろ、日本語ラップのレジェンドであるK DUB SHINE、Zeebra、DJ OASISが制作に関わったBuster Bros!!!「Three Kings」、湘南出身のグループである山嵐と湘南乃風のHAN-KUNがタッグを組んだMAD TRIGGER CREW「Choice Is Yours」、KICK THE CAN CREWのMCU、LITTLE、KREVAが作詞作曲を手がけるFling Posse「バラの束」、SALUとJIGGがタッグを組んだ麻天狼「BLESS YOU」、Creepy Nutsによるどついたれ本舗「笑門来福」、名古屋を拠点とするHOME MADE家族のBad Ass Temple「シンジルチカラ」……このメンツが作った楽曲が聴きたくないと思うリスナーがいるであろうか、という布陣である。
そしてその楽曲群を乗りこなす声優陣 / キャラクターのラップスキルも、これまでよりも確実に高まっており、非常に聴き応えのある内容に。なお、この映画は「ヒプマイ」のファイナルディビジョン・ラップバトルの舞台になるが、“最後のディビジョン・ラップバトル”の開催を記念してYouTubeでは映画に登場する3DCGのキャラクターたちがパフォーマンスを行う「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- FINAL」のミュージックビデオが公開されている。
3DCGで動き、ラップし、バトルをするキャラクターたちは、過去に行われた「ヒプマイ」の3DCGライブとなる公演「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- 3DCG LIVE “HYPED-UP”」を想起させ、その意味でも「ヒプマイ」がこれまでの8年間の集大成が1つの結晶になったのがこの映画なのだと感じさせられる。
そういったバトルが決着する「Final Stage」と、エンディングがどのような形になるのか、その目で確かめていただきたい。そして映画の先にはどんな展開が待ち、どんな驚きを与えてくれるのか、今後の展開にも期待させられる。