関取花×野村陽一郎|逆ナンから始まった相思相愛タッグ 2人が明かす音楽家としての矜持

お客さんの顔が変わる「聞こえる」

──野村さんから曲についてアドバイスを受けることはあるんですか?

関取 あります。「朝」(2018年1月リリースのシングル)のサビには最初、「♪聞こえる」のメロディがなかったんですよ。

野村陽一郎

野村 そうでした。職業作家が作詞と作曲を分業する場合はアカデミックな部分まで緻密にやるんだけど、シンガーソングライターの曲は独特で、作詞作曲が一緒になっているところに価値があると思うんです。だから基本的にあんまりああだこうだ言いたくないんだけど、「ここをこうしたらもっといいのに」と思ったときは言います。「朝」は最初、「聞こえる」ではなくて「おはよう」で始まってたので「サビの入口のメロディ、もうひと声いかない?」と言ったんですよ。

関取 そうそう。

野村 僕はいつもサビで景色が変わるようにしたいんです。例えばサビで急に光が射してくるような。「朝」で言うと1拍半、時間にして2秒近く空くと、いざサビになったときに主役がいないみたいなことになっちゃう。それはもったいないと思うんです。それで「サビが始まった瞬間にバーンとスポットが当たるようにしない?」と話して、メロディを足してもらいました。でも花ちゃんはちょっと抵抗したよね(笑)。

関取 自分の中ではメロディが鳴ってたんですよ。「朝」を作っていた当時は常にライブでやることを意識していた時期で。アルバム「君によく似た人がいる」を出したあと、バンドセットでのライブが増えたんですけど、それまで弾き語りに慣れていたからバンドがいるのに自分だけですべての隙間を埋めようとしすぎてたのかな……とも思うようになって、どうしようか迷ってたんですよね。

野村 「サビ頭に空白があるのはもったいなくない?」と話をしたとき、「そこは何か楽器が入るイメージなんです」と言ってたよね。でも僕の考えでは、楽器は脇役だからいくら補っても主役がいないのは同じなんだよね。だからそこに楽器を入れるという選択肢はまったくなかった。客観的に一番美しく花ちゃんの歌にスポットを当てる方法を考えた結果です。それが僕の役割なので。

関取 余白のある歌詞にしてたので、言うことがないなと思ったのもあります。そのくせ、サビでよりグッとこさせるために何かいいこと言わなきゃ、みたいなことも考えちゃって。入れる言葉が思いつかなかったんですよ。でも結局、自分の心の中で歌ってた言葉を単純に当てはめたらすんなりいって、ライブでも歌うときに気持ちが入るようになりました。そこまでは独白っぽいけど、あそこでお客さんに歌いかけてる気分に切り替わるんですよ。

野村 サビの「聞こえる」がないのは、今じゃ考えられないでしょ。

関取 そうなんですよ。あと、「聞こえる」を歌った瞬間にお客さんの顔が変わるのがわかります。

野村 すごくいいフレーズだもんね。「何か入れられないかな?」と言って「聞こえる」が出てきたとき、「めっちゃいいじゃん!」と思ったもん。

イントロを聴いただけでベッドにダイブしたくなっちゃう

──野村さんがプロデュースされた曲の3曲目が「春だよ」(2019年5月リリースの「逆上がりの向こうがわ」収録)ですね。僕はリード曲「太陽の君に」に匹敵するくらい素晴らしい曲だと思いました。

野村 「春だよ」は素敵ですよね。春風の中で列車が走ってる景色が見える。いつも花ちゃんのデモは歌とギターだけなので、アレンジしがいがあるし楽しいんですよ。がんばってアレンジした音源を送ると、一発で「もう何も言うことないです!」と返ってくる。例えば子供にごはんを作ったとき、ひと口めで「おいしい!」と言わせたいじゃないですか。そういう気持ちなんですよね。今のところ全曲そう言ってもらえているので、プレッシャーもあるけど、その記録を更新したいんです。

関取 あははは(笑)。

左から関取花、野村陽一郎。
左から関取花、野村陽一郎。

野村 僕ね、ホントに一発OKが好きなの。最高に気持ちいいじゃん。それを狙って試行錯誤するのも楽しいんだよね。ごはん作ってる気持ちなの。味見しながら「これ絶対うまいぞ」と確信できる感じ。アレンジもそれくらいのレベルに仕上げてからじゃないと送らないから。

関取 それこそ去年のインタビューでも話しましたけど(参照:関取花「逆上がりの向こうがわ」インタビュー)、陽一郎さんのデモを聴いたときに突っ伏して床をバンバン叩きましたもん。プロレスのレフェリーみたいに(笑)。

野村 聴いたときにホテルのベッドにダイブしたと話してたやつ?

関取 それは「逃避行」です(笑)。島根県の離島にライブ(「LOVE AMA FESTIVAL 2019」)のために行ってたときですね。「春だよ」は家でした。

──今回のミニアルバムに収録されている「逃避行」は花さんの曲には珍しくサビのメロディが低いので、歌ううえで難しさもあったのではないかと思うんですが。

野村 そう思います。サビの話を再三してますけど、そもそもアレンジでできることには限界があって、当然メロディありきなんです。その意味で言うと、「逃避行」のサビはAメロ、Bメロとテンションが変わらないからいろいろ考えましたね。そこがこの曲のよさだから、過剰に盛るのもおかしいし。

関取 しかも、私からはすごく抽象的なことをお伝えしたんです。キャンプファイヤーみたいに派手に燃える炎じゃなくて、青くゆらゆら揺れる炎だけど、実は触ると熱いみたいなイメージでアレンジしてほしい。

野村 渋谷のおしゃれなカフェで話したよね。

関取 陽一郎さんがサンシャインビューティーというお茶を飲みながら(笑)。

野村 (笑)。それを飲みながら、今、花ちゃんが話してくれた通りのオーダーをいただきました。この曲がリード曲だということも聞いてたから、再生ボタンを押した瞬間にストーリーに引き込むためのイントロを熱心に考えました。

関取 陽一郎さんの曲はイントロがいつもすごいんです。聴いただけでベッドにダイブしたくなっちゃう(笑)。

野村 そうか。いつもスマホのボイスメモで録った弾き語りのデモを送ってくれるけど、花ちゃんが作曲しているときはイントロのイメージはないのか。

関取 ないです。ミュージシャンの友達と話しててよく思うんですけど、イントロ付きで曲を作るシンガーソングライターは少ないみたいで。バンドはフレーズを弾くメンバーがいたり、最初から織り込んでたりするけど。だから毎回アレンジを聴くたびにすごい発見があります。陽一郎さんはイントロにコーラスをけっこう乗せてくださることが多くて、そこで「あ、関取花の曲だ」とわかるんですよね。最近、10代のときにお世話になった人が「朝」を聴いてくれて、何年かぶりに連絡をくれたんですよ。「イントロを聴いて、誰だ?と思って調べてみたら花ちゃんの曲だった。すごい曲だね」と。その後、一緒に飲みに行く機会があって「あのイントロはどうやって考えたんだ」と聞かれたんですけど、「あれ、私じゃないんです」と返したら、「いいところを引き出してくれる人と出会えたんだね」と言ってくれました。


2020年3月4日更新