澤野弘之|美学を貫いた15年間の軌跡

ライブをやっていなかったら考えられなかった曲

──今回のベスト盤の収録曲はどれも澤野さんにとって重要な曲だと思います。そのうえで、特に思い入れの強い曲を強いて挙げるならば?

劇伴のボーカル楽曲を集めたDISC 1だと、1曲目に持ってきた「Inferno」ですかね。この曲は去年、劇場アニメ「プロメア」のメインテーマとして作った曲で、作中でもいい形でフィーチャーしてもらえて。そのあとにやったライブでもお客さんからの熱量を感じることができたんです。だからこの「Inferno」をBenjaminとmpiという2人のボーカリストの力を借りて作れたということは大きいですし、改めて「プロメア」という作品に携われて本当に幸せに感じています。今後の自分のライブにおいてもすごく重要な曲になるんじゃないかなと思います。

──その「プロメア」で澤野さんのことを知ったという人がこのアルバムを聴くと……。

「Inferno」をきっかけに僕に興味を持ってくださった方が、ほかの曲も楽しんでもらえたらうれしいですね。

──では、[nZk]プロジェクトのベスト盤であるDISC 2から1曲選ぶなら?

「REMEMBER」(2019年3月発売のアルバム「R∃/MEMBER」収録曲)ですかね。

──それまで[nZk]のボーカリストを務めてこられたmizuki(UNIDOTS)さん、Yosh(Survive Said The Prophet)さん、Gemieさん、Tielleさん、naNamiさんが一堂に会したアンセム的なナンバーですね。

やっぱり[nZk]としてライブをやり始めたことが自分に与えた影響って、すごく大きくて。その後の曲作りへのモチベーションにもつながっているし、[nZk]の曲であっても劇伴の曲であっても、どこかでライブのことを考えながら作っているところがあるんです。その意味では、「REMEMBER」はライブをやっていなかったら考えられなかった曲というか。[nZk]のライブには複数のボーカリストに出てもらうんですけど、基本的にその人がボーカルを担当した曲をソロで歌ってもらうんです。でも、せっかくみんないるんだから、みんなで一緒に歌えて、なおかつお客さんもシンガロングできる楽曲が1つでもあったらいいなという思いがあって。それがやっと、去年リリースした「R∃/MEMBER」というアルバムの中でできたんです。

──なるほど。

今後のライブでも、必ずしも音源と同じメンバーじゃなくても、そのライブに参加してくれたボーカリストみんなで歌える曲になったらいいなと。実は、もともとDISC 2はシングル表題曲のみで構成する予定だったんですけど、唯一「REMEMBER」だけがアルバム曲なんですよ。今言ったような思い入れがあるからどうしても入れたくて。

──ちなみに、「A/Z」(2014年9月発売の1stシングル「A/Z|aLIEz」収録曲)だけ、1枚目のボーカルベストにも収録されていたんですよね。

そうなんです(笑)。それは単純にシングルベストにしたかったから、1枚目と収録曲が被るけど入れないわけにはいかないなって。もちろん「A/Z」にも思い入れはありますよ。やっぱり[nZk]の始まりの曲という意味で、歌詞にもプロジェクトをスタートするうえでの不安とか期待とかいろんなことが表れていますし。

澤野弘之

主題歌をやったからって、サントラで手を抜くなよ

──[nZk]プロジェクトがスタートして以降、劇伴のボーカル楽曲の作り方は変わりました? あるいは両者の相互作用などはありますか?

ああ……ありますね。例えば劇伴と主題歌を一緒に担当した場合、[nZk]がなかったときはサントラという枠組みの中でボーカル楽曲のアプローチを考えていたと思うんです。でも[nZk]として主題歌を、澤野弘之として劇伴を担当するとなると、[nZk]で作った主題歌に対して、どういうボーカル楽曲を劇中歌として作るかみたいな考え方をするので。あるいはその逆のパターンもあるので、相互に影響していると思いますね。まあ、劇中歌として書いた曲を主題歌にしてもよかったかなと、あとになって思うこともたまにあるんですけど(笑)。

──ははは(笑)。

あと、主題歌となるとシングルを切ったりするじゃないですか。だから[nZk]としてタイアップ曲を作るという意識のもとで作っているんですけど、それをやっている分サントラにおけるボーカル楽曲には、[nZk]でアルバム曲を作るような感覚で取りかかれるというか。要は、劇中の効果を上げられるのであれば、そのとき音楽的に面白いと思ったことをやれたらいいのではないかと。そういう意味で今回のベスト盤は、もし[nZk]のシングルコレクションのDISC 2だけだったら、たぶん僕の中では消化不良になっていたと思うんですよね。でも、主に劇伴のボーカル曲を集めたDISC 1があることで、シングル曲だけで伝わらなかったであろうサウンドが補完されているというか。だから15周年のタイミングで、こうして2枚組のベスト盤を出せたことは僕にとってすごく大きなことなんですよね。

──今のお話しぶりからすると、澤野さんの中で主題歌と劇中歌の優劣ってないですよね?

ないですね。自分ではそれが完全にできているかわからないですけど、[nZk]プロジェクトが始まったときに「[nZk]で主題歌をやったからって、サントラで手を抜くなよ」と自分に言い聞かせてたんですよ。聴く人によっては「主題歌よりも劇中歌のほうが面白いじゃん」と思うような曲をサントラで作っていたいという意識でやっていたので。これからもそうあり続けなきゃいけないし、どれも自分にとって大事な楽曲として誇れるようなものを作っていきたいですね。

──この2枚を聴けばそこに優劣がないというのはわかるのですが、あえて聞いてみました。

ははは(笑)。皆さんにもそう思ってもらえたら幸いです。