オルタナティブなラップミュージックから受けた影響
──「Pale Pink」と「水栓」は、崎山さんが1人で打ち込みで作られたんですか?
はい。DTMだけで作りました。ミックスはIllicit Tsuboiさんが担当してくださったんですけど、ほぼリミックスなんじゃないかというくらい生まれ変わっていてうれしかったです。
──歌詞には2曲とも脚韻が多用されています。
おっしゃる通り、「Pale Pink」も「水栓」も、歌詞を書くときは韻をかなり意識しました。ここ最近、ヒップホップ系の音楽を聴く機会がものすごく増えたので、その影響は強かったと思います。Dos Monosさんとのコラボもありましたし、リスナーとしてもタイラー・ザ・クリエイターやジェイペグマフィアなど、オルタナティブなラップミュージックを体現している人たちが大好きで。ABEMAさんの「ラップスタア誕生」も毎週楽しみにしていましたし、そういういろんな影響が出ている2曲だと思います。
──歌詞やサウンドを含め、この2曲が今回のアルバムで群を抜いて内省的な印象を受けました。それはやっぱり1人で打ち込みで作ることで、より深く自分と向き合わざるを得なかったからなのでしょうか。
そうだと思います。サウンドや全体的なプロダクションは先ほど挙げたようなヒップホップ系のミュージシャンを参照している面もあるんですけど、歌詞に関しては自分の中で培われたものが表出したような形になっていると思います。この2曲に関しては「こういう歌詞を書こう」というようなことは一切考えなかったですね。ここ2、3年とかではなく、もっと長い時間をかけて自分の中で形成された思想のようなものが、言葉になって表れていると思います。
自分と宇宙は切り離せない
──10曲目は「通り雨、うつつのナラカ」です。「ナラカ」というのは、“奈落”の語源でもある、“地獄”や“地下世界”を意味するサンスクリット語ですか?
そうです。実はこの曲はあるドラマから影響を受けて作った曲で、そのドラマのあるストーリーのタイトルが「地獄」なんですけど、最悪な状況のときに雨が降ってきて……というシーンがあるんですよ。そういうことって、現実でもよくあるじゃないですか。通り雨に降られて全身がびしょ濡れになって、しかもまた日が差してきて。体を乾かしてくれるぐらいならいいけど、やけに湿度が高くて気持ち悪い、みたいな。そういう、何もかもがうまくいかない状況に対して、鬱屈とした感情を抱えつつ「この野郎」と思っているという。
──以前インタビューで崎山さんは「虚無感の向こう側にある希望を描きたい」とおっしゃっていましたけど、この曲にはその姿勢がとても象徴的に表れている気がします。歌詞もそうですし、マイナーキーの不穏な入りから始まって、サビで一気に開放的になるという構成にも、それを感じました。
そういう思いは常にありますね。この曲も、主人公は日の光にすらイライラしているんだけど、客観的に見たら“光”というのは希望の象徴でもあるわけで。地獄みたいな現実の中に、一筋の光という希望が差しているようなイメージです。
──この曲含め、崎山さんの曲には「太陽」や「宇宙」というモチーフがよく出てきますよね。そういう“大いなるもの”と“自分”の対比は、崎山さんの中でずっとテーマとしてあるのでしょうか。
太陽は自分の小ささを象徴するものとしてよく登場させるんですけど、宇宙はそれとは少し違うかもしれないです。なんというか、純粋に面白いと思っているというか。
──もっとシンプルに、好奇心の対象という感じ?
そうかもしれないです。小さい頃から、宇宙とか時間とか、壮大なものに惹かれるんですよ。有名な医学者の方が「人体を研究することで宇宙を理解することができるんじゃないか」と言っているんですけど、そういうのがすごく興味深くて。やっぱり自分と宇宙は切り離せないものだし、自分の中にも宇宙があると思うんです。だから自分について歌うことは、宇宙について歌うことでもあると思うし。そういうことを考えていると、自然と歌詞の中にも出てくるんだと思います。
自分がやる必要のない音楽
──以前のインタビューで、「自分の表現の根幹には虚無がある」というお話がありましたが、そこは今回のアルバムでも変わっていないと思いますか?
自分は虚無感を感じやすい人間なので、自分の内側にある寂しさのようなものを音楽に昇華している面はあると思います。ただ、以前よりその割合は少なくなったかもしれないです。
──このアルバムを通して聴いたときに、いい意味で全体的に柔らかくなったという印象を受けたんですよね。「find fuse in youth」ほど、怒りや焦燥感が中心になっていないというか。
確かに今回のアルバムは、そこまで怒ってないですよね。わかりやすく怒っているのは「Helix」くらい。そういう意味でもやっぱりこの曲は、「find fuse in youth」の延長線上にある気がします。
──「Helix」には、それこそ「渦巻く虚無の苦味 痛み」という歌詞もありますもんね。
自分の中の変化として、メジャーデビューしたことで「ありがたいことをさせてもらっているな」という前向きな気持ちが強くなったというのはあると思います。あと、怒ってる曲って、自分にはあまり似合わないんじゃないかと思うようになったんですよね。僕みたいな人間が怒りをあらわにしていると怖いんじゃないかと思って(笑)。
──なるほど(笑)。すごく俯瞰で自分を見ているんですね。
どうしても俯瞰で見ちゃうんですよ。あと、いろんな音楽を聴いているときによく思うんです。「この曲自体は大好きだけど、自分はこういう音楽をやらなくてもいいかな」って。ものすごいアンガーを全面に出している曲も好きなんですけど、そういうものを表現している人はすでにいるので、自分がやる必要はないのかなと思っちゃうんです。自分自身、そういう人の音楽を聴くことで怒りが消化されてしまうんですよね。莫大なアンガーに、自分の小さなアンガーが嚙み砕かれるような感覚というか。
──自分の中にも怒りはあるけど、ほかの人の作品を聴くことでその怒りが消えると。
Death GripsとかSwansとか、「何にそんなに怒ってるの?」と思いますもん(笑)。えげつないことをずっと言っているので。そういう方たちの曲を聴いていると、自分では到底敵わないなと思うんです。だから、自分には別の表現の仕方が合っているんじゃないかなって。
──まもなく20代に突入しますし、これからも表現の仕方が変わっていくかもしれないですね。最後に、今後挑戦していきたいことや目標を聞かせてください。
チャレンジしたいのは、先ほども言ったように「統一感のある作品を作ること」ですかね。例えば宇多田ヒカルさんなんかは、「One Last Kiss」も「PINK BLOOD」も全然違うタイアップが付いているけど、音の質感が似ているし、少し聴いただけで「宇多田ヒカルさんの曲だな」とわかる。最近だと、折坂悠太さんなんかもそうですよね。そういう作品ごとの統一感を、次のアルバムに向けて意識したいです。とか言いつつ、次もまたカオスな作品ができるかもしれないですけど(笑)。でもそれもまた自分らしさなのかなと思います。
公演情報
崎山蒼志 TOUR 2022「Face To Time Case」
- 2022年2月5日(土)大阪府 BIGCAT
- 2022年2月6日(日)愛知県 THE BOTTOM LINE
- 2022年2月12日(土)東京都 Spotify O-EAST
プロフィール
崎山蒼志(サキヤマソウシ)
2002年生まれ、静岡県浜松市出身のシンガーソングライター。2018年7月に初のシングル「夏至 / 五月雨」を発表し、同年12月に1stアルバム「いつかみた国」をリリースした。翌2019年10月には、君島大空、諭吉佳作/men、長谷川白紙とのコラボ曲などを収録した2ndアルバム「並む踊り」を発表。2021年1月にアルバム「find fuse in youth」でメジャーデビューを果たす。同年9月にアニメ「僕のヒーローアカデミア」5期第2クールのエンディングテーマやリーガルリリーとのコラボ曲を収めたシングル「嘘じゃない」、10月に水野良樹(いきものがかり)との共作でドラマ「顔だけ先生」の主題歌「風来」を発表。翌2022年2月にアルバム「Face To Time Case」をリリースした。