“キャッチー”は暴力的
──「風来」が実際にドラマの主題歌として流れているのを聴いていかがでしたか?
崎山 どのタイミングで流れるのかまったく知らなかったので、「あ、ここで流れるのか」という驚きがありました。
水野 自分の曲が使われるドラマの第1話を観るのってすごく緊張しますよね(笑)。「どの場面で流れるんだ……?」とずっと待ってるという。すごく重要なシーンで流れたり、反対に「あっ、ここで流れるんだ」というのもあったりして(笑)。
崎山 そうですね。あとは、初めて僕の曲を聴いてくれた方や僕のことを知らなかった方も反応してくださっているので、いろんな方に聴いていただけてすごくうれしいです。僕自身、映画やドラマのテーマ曲を好きになることが多いんですけど、やっぱり作品を観たうえで曲を聴くと思い入れが深くなりますし。「風来」も「顔だけ先生」と一緒に聴いていただけて、作品の一部を担えたようでうれしいです。
水野 崎山さんはTwitterでドラマのことをちゃんとつぶやいてるのが偉いですよね。ドラマをしっかり観ていて、ちゃんと愛情を持って作品に向き合っているのがすごくいいなと思って。
崎山 僕も言葉数が少ないときがあるので、ちゃんと伝わっているか不安なときもあります(笑)。
水野 いやいや、ちゃんと伝わってますよ。すごく純粋にドラマを楽しんでらっしゃるんだろうなって。「俺は何をスレてしまったんだろう」と思いますもん(笑)。そう、僕宛にもたくさん反応をいただきましたよ。「すごくいい曲でした。うちの崎山がありがとうございます」と言われることがあって、家庭教師になった気分(笑)。「うちの息子がお世話になりました」みたいな。ファンの皆さんもなぜか先輩のように接してくださるので、すごく恐れ多いんですけど、たくさん反応をいただけるのはありがたいです。中には「この部分は崎山さんが作って、この部分は水野が作ったんだろう」という分析をしている人もいて。まあそれについてはあえて明かさないでおこうと思っているけれど(笑)、でもそういうふうに楽しめるのもコラボ曲ならではの醍醐味ですよね。
──崎山さんのファンの期待を背負うことに関しては、プレッシャーを感じていましたか?
水野 それはもうめちゃくちゃ感じましたよ。「僕と一緒にやることで変なイメージが付いちゃうんじゃないか」という不安もありましたし。HIROBAのときは、最果さんが書かれた歌詞の世界観に、独特の空気感を持った崎山さんの歌声が合うと思ってお願いしたんですけど、反対に崎山さんから作曲のお話をいただいたら、自分のどういう部分を出せばいいのか、全然わからなくて(笑)。おそらく僕の作る曲のキャッチーな部分や普遍性を求めてお声がけいただいたとは思うんですけど、“キャッチー”ってある意味暴力的なものでもあると思うので、今まで崎山さんが大切にしてきた繊細な部分を台無しにしてしまう可能性もあるわけですよ。
崎山 いやいや。
水野 例えば色で言うと、崎山さんの表現は一見普通の赤色に見えても、よく見ると朱色が混ざっていたり、いろんなグラデーションがあると思うんです。でもキャッチーな曲を作るためには、そこに原色の赤をバーッとかけてしまわないといけない場合がある。それによって崎山さんの大切にしてきたものを消してしまうのはよくないなと思って。でも、結果的にそんなことは杞憂だったのかなと思います。僕がいくらキャッチーな曲を作っても、崎山さんの声や言葉があれば、崎山さんの色が自然と出てくるんですよね。だからそういう意味では、意外とお互いに直球を投げ合いながらぶつかることができたのかなと思います。
音楽好きじゃない人にも聴いてほしい
──崎山さんは、今水野さんがおっしゃったようなキャッチーな音楽について、リスナーや作り手としてとしてどのように捉えているんですか?
崎山 キャッチーな曲は世の中にたくさんあると思うんですけど、その中でも水野さんが作る曲は好きですし、いろんな方に愛されているのが本当にすごいなと思います。以前いきものがかりさんのライブに行かせていただいたときに、お客さんの層の広さがとても印象的で。あそこまで老若男女の方がいらっしゃるライブは今まで観たことがなかったので驚きました。
水野 ありがたいことですよね、本当に。崎山さんは、これから幅広い層の方に聴いてもらいたいという思いもあるんですか?
崎山 音楽好きじゃない人にも聴いてほしいとは思っています。僕の音楽をきっかけに、いろんな音楽を聴いてくれるようになってくれたらうれしいなと。あとは僕と歳の離れたおじいさまとかにも聴いてほしいです。
水野 崎山さんは、音楽好きとそうでない人のどちらにも開けているのがすごいですよね。ミュージシャンズミュージシャンみたいなタイプが好きな方に愛される音楽と、大衆に愛される音楽の中間地点をキープできているというか。
崎山 ただ20代のリスナーが意外と少ないんですよ。そこは自分でも課題だと思っているところで。自分と同世代の方かもっと上の世代の方が多くて、自分より少し上の層がぽっかり抜けちゃってるんですよね。なので、そういう人に聴いてもらえるような曲も書いていかないといけないなと思ってます。
水野 19歳でよくそこまで考えるわ……。
崎山 でも、いざ曲を作るとなるとそういうことは全然考えられなくなっちゃうんです。作品作りに没頭して周りが見えなくなっちゃうので(笑)。
「打倒、下北沢!」
──水野さんは先ほど崎山さんのことを「音楽好きと大衆のどちらにも愛される中間にいる」と評されましたけど、ご自身はいきものがかりを始めるときから大衆に向けたキャッチーな音楽に振り切ると決めていたんですか?
水野 それはもうデビューする前から決めてましたね。「自分たちが生きていける場所はそこだけだ」と思ってました。あと僕らは、ちょうど音楽を好きになり始める思春期の頃が、CDバブルの真っ只中で。J-POPをシャワーのように浴びて育ったので、そういう音楽が3人とも好きだったんですよ。もともと音楽好きのコミュニティに入れるようなタイプではなかったから、逆にそういう人たちに反骨心を持っていて。「打倒、下北沢!」みたいな(笑)。今思うと「若かったな」と思いますけど、上京してからしばらくはあえて下北沢に住んでましたし。「ぜってえ負けねえ!」と思いながら(笑)。でも今は、音楽的に質の高いものを作り続けたうえで、ちゃんとメジャーシーンに出てこれる人たちがたくさんいるので、本当にすごいなと思いますよ。崎山さんもそうですし、King Gnuや折坂悠太さん、中村佳穂さんとか。だから今の音楽シーンはすごくいい環境になっているなと思います。
崎山 中村さんや折坂さん、あとコラボさせていただいた長谷川さんとか、いつも「頭の中どないなっとんやろうな」って思いながら聴いてます(笑)。
水野 「どないなっとんやろうな」って思うよね(笑)。でもちゃんとヒットするからすごいんだよなあ。崎山さんは「キャッチーなものに寄せすぎたくない」という思いもあるんですか?
崎山 「寄せすぎたくない」とは思ってないですけど、アルバムの中に何曲かは、聴いた人が「は?」と思うような曲を入れたいと思ってます。「なんでこんな曲作ったの?」と思われるような、アンダーグラウンドなこともやっていきたい。
水野 崎山さんはソロで活動しているからこそ、そういう自由な表現を形にできるというのはあるかもしれないですね。
崎山 それはあるかもしれないです。自分が行きたい方向に自由に行くことができるし、いろんな方とコラボさせていただいて、そのたび刺激をもらってます。だからこそ方向が定まらないで、とっ散らかっちゃうこともあるんですけど(笑)。
水野 でも自分がそのときそのときで選んだことが、ちゃんと形になっていくのはすごくいいことだと思いますよ。グループだとやっぱりそうはいかないので。1人ひとり成長のスピードや周りからの刺激の受け方が全然違うから、足並みがそろわない時期がどうしても出てくるんですよね。崎山さんの場合は1人でちゃんと自己表現できているから、そこはすごくまぶしく見えるかもしれない。これからもいろんな音楽への創作意欲を保ち続けてほしいです。
崎山 音楽を聴くたびにいろんな刺激を受けるので、やりたいことはまだまだたくさんありますね。まだ成長過程だと思ってます。
──お二人のライブでの共演やコラボの第2弾を待ち望んでるファンもたくさんいそうですね。
崎山 それこそHIROBAに参加させていただいたのも貴重な体験だったので、また何かでご一緒できたらうれしいですね。
水野 いろんなパターンがありますからね。今回みたいに2人で向き合って制作するパターンもあれば、HIROBAのようにいろんな人を巻き込んで作った場にゲストボーカルとして来てもらうパターンもあるし。僕ら2人で作った場所に誰かに参加してもらうのも面白そうですね。
崎山 すごく面白そうです。
水野 2人では出せないものを持っているミュージシャンはたくさんいると思うから、もっと仲間を引き入れて曲を作ったらまた全然違うものができそう。こういうことを考えてると、どんどん想像が膨らんで楽しいですね。
プロフィール
崎山蒼志(サキヤマソウシ)
2002年生まれ、静岡県浜松市出身のシンガーソングライター。2018年7月に初のシングル「夏至 / 五月雨」を発表し、同年12月に1stアルバム「いつかみた国」をリリースした。翌2019年10月には、君島大空、諭吉佳作/men、長谷川白紙とのコラボ曲などを収録した2ndアルバム「並む踊り」を発表。2021年1月にアルバム「find fuse in youth」でメジャーデビューを果たす。同年9月にアニメ「僕のヒーローアカデミア」5期第2クールのエンディングテーマやリーガルリリーとのコラボ曲を収めたシングル「嘘じゃない」、10月に水野良樹(いきものがかり)との共作でドラマ「顔だけ先生」の主題歌「風来」を発表した。
水野良樹(ミズノヨシキ)
1982年12月生まれ、神奈川県出身。いきものがかりのリーダー。1999年2月に小・中・高校と同じ学校に通っていた山下穂尊といきものがかりを結成し、同年11月に吉岡聖恵を迎え3人編成で活動を開始する。2006年にシングル「SAKURA」でメジャーデビュー。ギタリスト兼ソングライターとして、「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」「ブルーバード」といったヒット曲を多数生み出す。2019年より、さまざまなアーティストやクリエイターとコラボするソロプロジェクト・HIROBAを展開している。