斉藤和義「PINEAPPLE」インタビュー|デビュー30周年の節目に届ける“和義印”のニューアルバム

今年デビュー30周年を迎える斉藤和義が、節目を飾るニューアルバム「PINEAPPLE」をリリースした。

本作には、オタフクソース創業100周年記念ソング「100年サンシャイン」、「マルちゃん 赤いきつね緑のたぬき」のCMソング「Over the Season」のストリングスアレンジバージョンといった既発曲やタイアップ曲のほか、藤原さくらをフィーチャーした全編英語詞の「Pineapple(I'm always on your side)feat. 藤原さくら」、俳優の大森南朋がコーラスで参加した「BUN BUN DAN DAN」など全13曲を収録。斉藤が“1人多重録音”スタイルで作った曲も、旧知の仲であるバンドメンバーとともにレコーディングした曲も楽しめるバラエティに富んだ1枚だ。

シングル「僕の見たビートルズはTVの中」でデビューしてから早30年。“今の斉藤和義”をこれでもかと詰め込んだ「PINEAPPLE」はどのように作られたのか。斉藤にじっくり語ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之撮影 / 吉場正和
ヘアメイク / 市川摩衣子スタイリスト / 佐々木健一

あれも自分、これも自分

──味わい深いジャケットですね。パイナップルの手前にいる招き猫は斉藤さんのお手製ですか?

ええ。何年か前、古い招き猫にハマッて。いろいろ集めてたんです。そのうち、自分でもできるかなと思って作ってみたのがこれ。粘土で成形してオーブンで焼いて。油性マジックで顔を描いた。でも完成後にクリアスプレーを塗ったら、溶けてにじんじゃって。

──それでこの、なんとも言えない表情に。

ははは。そうなんですよ。面白いので、去年の弾き語りツアーでは曲の合間でスクリーンに映したりしてました。その時期、並行してこのアルバムも作っていたので。「パイナップルだけもなんだから、猫も入れとくか」と(笑)。毎度のごとく、深い意味はないんですけどね。

斉藤和義「PINEAPPLE」通常盤、アナログ盤ジャケット。

斉藤和義「PINEAPPLE」通常盤、アナログ盤ジャケット。

──「PINEAPPLE」は「55 STONES」から約2年ぶりのアルバムですが、制作にあたって何か方向性のようなものはありましたか?

サウンドやアレンジ面で言うと、アコースティックギターがしっかり聞こえるアルバムにしたいというのはあったかな。弾き語りツアーの合間に曲を録っていたので、自然とそうなった部分もありますし。その時期、ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ: Get Back」をよく観てまして。俺はやっぱり、ああいう音数の少ない、ベーシックな4ピースロックが好きなんだなと。あと、なぜか「Beatles for Sale」もよく聴いてたんですよね。

──1964年にリリースされたビートルズの4枚目のアルバムですね。

あのアルバムもエレキギターが少なめで。特に前半、(ボブ・)ディランの影響もあったのか、フォークロックっぽい楽曲が多いでしょう。改めて、いいなあ、なんて思ったりして。聴感上の狙いでいうと、「Beatles for Sale」のイメージもぼんやりあった気がします。

──全13曲のうち新曲は7曲。残りはさまざまなタイアップ楽曲です。新曲は基本的に斉藤さんの1人多重録音で、詞もサウンドも生々しい。パーソナルな肉声、日々の感情がストレートに出ている印象がありました。

ああ、なるほど。うん。

──一方、オーダーがあって書かれた既発曲はどこか前向きな感じがしますし、アンサンブルも開放的で明るい。今回もこの2種類の案配が絶妙だなと。

かもしれませんね。タイアップの場合、やっぱり気を使うというか。さすがに感情ダダ漏れの暗い曲は出しにくいので(笑)。それが入ることで、アルバムとしてバランスが取れてる面はあると思います。同時にタイアップって、一時のものでもあるじゃないですか。例えば入り口がCMでも、その後ずっと歌っていくのは自分だし。そもそも思ってないことは書けないってわかっているので。最終的に出てきた楽曲は、もともとは僕の中にあった何かなんですよ。なので、書き下ろしの新曲とそこまで分けて考えてないというか。あれも自分、これも自分みたいな感じですかね。

斉藤和義
パイナップル

加賀まりこを思い浮かべつつ

──オーダーに応じて書く作業、斉藤さんは嫌いじゃないですか?

あんまり続くとしんどいけどね(笑)。でも、名指しでお仕事をいただけるのはやっぱりありがたいし、何かのお題があることで、自分では思いつかない曲が出てくることも多い。それがクライアントの意図とハマればよりうれしいですし、なおかつ斉藤和義のレパートリーとして末永く歌える曲にしたいなとも思う。なので、僕は決して嫌いじゃないです。実際、ガチガチの縛りみたいなものは少なくて。けっこう好きに書かせてもらってますし。

──なるほど。細かい事前指定はそんなに多くない。

うん。「明るい感じで」とか「ちょっとアップテンポで」とか、その程度はありますけどね。例えばアルバムの最後に入っている「俺たちのサーカス」で言うと、まず車に乗って出かけるアニメーションの絵コンテが先に届いて。いわばそれがお題だったんです。で、この絵コンテの人たちはいったいどこに行くのかなと妄想しているうち、ふとサーカスの風景が浮かんできて。そこから一気に膨らんでいきました。

──これはENEOSのサービスステーションで使える決済ツール「EneKey」のキャンペーンソングですよね。歌詞の1行目にある「洗車したての車」という部分に、そのイメージがすべて集約されていて。プロの仕事だなと思いました。4曲目の「底無しビューティー」はいかがですか? こちらは雪印のヨーグルトドリンクのCMソングで、それこそ初期ビートルズを思わせる甘酸っぱい旋律と、跳ねるようなリズムにワクワクします。

これも絵コンテ先行だったかな。いろんな業界で働く女性たちを描いた内容で。彼女たちを後押しするナンバー、というオーダーでした。ちょうどその時期、たまたまネットで加賀まりこさんのインタビューを読んだのね。もう80代にも手が届く年齢なのに、とにかくカッコよくて。「人の目なんて気にしても仕方がない」みたいなことをビシバシおっしゃっていた。こういう女性って素敵だなあ、と憧れて。加賀さんの姿も思い浮かべつつ書いたのを覚えています。

斉藤和義
斉藤和義

バンドメンバーの手を入れることで風通しよく

──モータウン風のベースラインが心躍る10曲目「100年サンシャイン」は、オタフク100周年記念のWebムービーに提供されました。変な話、こういう場合はお好み焼きのことを考えながら書くんですか?

いやいや(笑)。でもこれは、オタフクさんの熱がすごかったんですよ。会社の歴史が書かれた本とか社員さんのアンケートのコピーなんかがドバッと送られてきまして。それを眺めているうち、100年続くって素直にすごいなと。そのイメージから生まれてきた曲ですね。いわゆるモータウンっぽいリズムは「歩いて帰ろう」でもやっているので、多少ヒネリを加えることも考えたんですけど、変にいじるとノレなくなっちゃうんですよ。心がウキウキするパターンとして完成されている。なので、この曲は多重録音じゃなく、ベースのヒロくん(山口寛雄)とドラムスの朝倉(真司)くんにスタジオに来てもらって。あえてバンドメンバーの手を入れることで、演奏の風通しをよくしてみました。

──長く多重録音で曲を作ってきたことで、自分1人でできることの見極めがより早く、正確になった部分もあるのでは?

それはあったと思います。特に高度なテクニックがいらない場合は、浮かんだときにパッと録っちゃえるほうがよかったりもするし。もちろん逆に、手練れのミュージシャンに任せることで演奏に広がりが出るケースもある。その判断はすぐつくようになってきました。今は自分の楽器をひと通り置いてある作業場がありまして。パソコンを立ち上げ、録音ボタンを押せばレコーディングできる状態に常時してあるんですよ。実際、空いた時間にふらっと行って、なんとなくギター弾いたりドラムを叩いたりしているうちに曲ができるパターンも増えてきた。以前は作業場で録ったデモをもとに、スタジオで再度レコーディングをしていましたが、最近はエンジニアさんにちゃんとマイクもセッティングしてもらって。かなり自分好みの音で録れるので。

斉藤和義

──アルバムに入れられる水準になってきたと。

うん。あるいは作業場で録音したデータをスタジオに送って、ミキシングだけそっちでやるとか。もちろんミュージシャンが1つの場所に集まって、「本番、回ります!」という従来のやり方も、緊張感があって好きなんですけどね。1人でなんとなく録った、思い切り力の抜けた演奏を使いたいケースもある。例えば「底無しビューティー」のベースやドラムなどは、作業場で録った自分の演奏をまんま使っていますし。その自由度が上がったのは、大きい気がするな。