斉藤和義×小泉今日子|1966年組はこの時代に何を思うのか?第一線を走り続ける2人の自負

ここからどう生きようか

斉藤 小泉さんは去年はどんな感じでした? そっちの分野も相当大変だったでしょ。

小泉今日子

小泉 そうですね。私は2018年に長く所属していた事務所から独立して。「明後日」という自分の会社で、映画とかお芝居のプロデュースを始めたんですね。会社と言っても、私も含めて社員は3人だけなんだけど(笑)。それでも、さあこれからがんばっていこうという矢先にコロナになって。斉藤さんと同じで、予定していた公演はほとんど中止になりました。

斉藤 ああ、やっぱりそうだったんだ。

小泉 ただね、これも斉藤さんと似ているかもしれないんだけど、自粛期間があったからこその発見というのも確実にあって。例えば去年10月、下北沢の本多劇場で約3週間の舞台を打つ予定だったんですね。結局、コロナの影響で無期限延期を決めたんですけど、劇場のスケジュールはもう押さえてるので、そのままだと大赤字になっちゃう。しかも公演を流すと、役者もスタッフさんも表現の場を奪われたうえに、収入もなくなってしまうでしょう。

斉藤 そうなんですよね。音楽業界もまったく同じ。

小泉 だったら、今回の自主公演は延期せざるを得なかったけど、この場所を使って安全なフェスみたいなことができないかなと思って。

斉藤 へええ。なるほど。

小泉 それでいろんな劇団の知り合いや昔からの友人にも協力してもらって。しっかり感染対策もしてお客さんの人数も絞ったうえで、「asatte FORCE」と銘打って3週間、毎日違う演目をかけたんですね。お芝居あり、朗読劇あり。あとは、高木完ちゃんやスチャダラパーの3人、TOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシくんなんかに声をかけて、座ったまま楽しむ「こころ踊らナイト」というDJイベントを企画したり。うちは社員が3人だけだから、死にそうでしたけど(笑)。普段は思い付かないようなことをいっぱい試せた……試さざるを得なかったという実感は、すっごくあります。

斉藤 偶然かもしれないけど、そういうところは似てますね。

小泉 あと、もう少し根本的なところで言うと、ちょっと立ち止まって現実を見つめるきっかけにもなったのかな。私たちの世代って、日本が上向きだった時代に育ってるじゃないですか。子供時代に手塚治虫さんのマンガを読んで、青春時代にはバブルも経験して。未来は絶対よくなる、希望に満ちたものなんだって無条件に思い込んじゃってるところがあった。でも今回みたいな事態が起きると、やっぱり否応なく突き付けられるでしょう。自分たちが生きている社会の矛盾とか不公正さ、うまく機能しなくなってる部分について。

小泉今日子

斉藤 ああ、それもすごくわかる。

小泉 逆に言うと、今までそういった現実に目を向けてこなかった。ちゃんと社会にコミットしてなかったんじゃないかって反省もすごくあって。じゃあ、ここからどう生きようかって。今55歳だから、あと5年くらいは何か私なりの方法で社会に役立つことができたらいいな、とかね(笑)。そういう気持ちもけっこう芽生えた気がします。

斉藤 うん。コロナ禍に直面したせいで、なんとなくぼんやり生きてきちゃった自分に気付かされた部分は、俺もありましたね。たぶんそういう人って少なくないと思うんだけど、今の日本って、国際的に見てもけっこうヤバい位置まで落ちちゃってるんだなって。ここ最近の政府の動きとかを見ててもね。

小泉 そうだね。ある意味、もう先進国じゃなくなりつつある。悲しいけど、そういう皮膚感覚は、自分の中にもあります。

斉藤 まあ、何がなんでも経済大国でいなきゃいけないのかっていうと、それも違う気はするんだけどね。でも俺も含めて、日本人がそういうシビアな現実を見ないように避けてきた側面ってあるじゃないですか。たぶんそれもあって、自粛期間中はけっこう日本の歴史にも興味が出てきた。ちょっとは自分の頭で考えなきゃなと思ったとき、右でも左でもない、本当に真っ当な知識が欲しくなったんですよね。正解なんて、どこにもないのかもしれないけれど。

便秘が治ったような爽快感

小泉 斉藤さんがガレージでギターを手作りしながら、そうやって自問自答をしてる感じも、今回の「55 STONES」から伝わってくる気がしました。特に最後から2曲目の「2020 DIARY」って曲。すごく正直っていうか、そのとき感じたことが本当にストレートに歌われていて。けっこうヘビーな曲調ではあるけど、聴いていてスカッとしたんですよね。

斉藤和義 斉藤和義

斉藤 あの曲は去年の秋に書いたのかな。4月とか5月あたりって、やっぱり歌を作ろうって気持ちになれなかったのね。ツアーはどんどん中止になるし、再開のメドも全然立たないし。かといって、すぐに切り替えて配信でライブをやろうって気にもなれなくて。何を歌えばいいのかさっぱりわからないまま、モヤモヤしてた時期がけっこう続いたんです。それが11月くらいになって、ちょこちょこ書き溜めていたメモとか断片的なイメージが、いきなりバーッとまとまって。一気に書き上げた感じでした。

小泉 機が熟するのに、それだけの時間が必要だったのかな。

斉藤 そうかもね。数カ月分の便秘がある日突然治った、みたいな。

小泉 あははは(笑)。確かにね。ワイドショーへの苛立ちだったり、あと「真面目な顔で誇らしげに マスクを二枚配る人」という歌詞だったりね。自分が思ってることを言ってくれたってうれしさがあって。聴いてるこっちまで便秘が治ったような爽快感がありました。

斉藤 もちろん、あの詞がすべてとは思ってないんです。人によっていろんな見方、考え方があるだろうし。どこまでいっても歌は歌ですから。でもまあ、日記という形だったら、それもありなのかなと。何が正解だとか、そういうことじゃなくて。あくまでも、2020年の個人的な記憶としてね。

小泉 うん。それもすごくわかる。でも聴き手からすると、誰かがそうやって考えたことや感じたことを作品にしてくれることで救われる部分ってあると思うのね。「2020 DIARY」って曲は、別に斉藤さんの考えを押し付けてるわけじゃなくて。どっちかというと、ある日、ある場所で、1人の男がこんなことを考えましたってニュアンスじゃないですか。

斉藤 うん。まさに。

小泉 途中で半沢直樹の話が出てきたり、斉藤さんらしいユーモアも入ってて思わず笑っちゃったんですけど(笑)。そういうパーソナルな曲がかえって受け手の力になったりする。改めて、表現って面白いなって思いました。あと私は、ラストの「ぐるぐる」も希望があって大好き。

斉藤 今回「2020 DIARY」が書けて、便秘がすっきりしたあとは、なんとなく曲作りも楽しくなって。弾くコードも自然と明るくなったんですかね(笑)。「ぐるぐる」はアルバムの最後にちょっと軽めの曲があるといいなと思って。自分の中ではいい意味で、わりあいサクッと書いた曲です。

小泉 それもなんかいいですね。