クジラ夜の街が5月10日にメジャーデビューEP「春めく私小説」をリリースした。
同じ高校の同期生で軽音楽部出身の宮崎一晴(Vo, G)、山本薫(G)、佐伯隼也(B)、秦愛翔(Dr)によって2017年に結成されたバンド・クジラ夜の街。2022年12月に行ったワンマンライブ(参照:2022年12月開催「夜景大捜査“夢を叶えるワンマンツアー”」東京・WWW X公演)でメジャーデビューを発表してから半年を経て、ついに世に放たれたのが「春めく私小説」だ。
本作には“メジャープレデビュー曲”として先行配信された「踊ろう命ある限り」「ハナガサクラゲ」に加え、「夜間飛行少年」と対になる新曲「時間旅行少女」や、彼らのライブでは名物となっている曲間の“つなぎ”となる立ち位置の曲「時間旅行(Prelude)」「浮遊(Interlude)」など、まさに6つの短編を並べたかのような個性的な楽曲が収められている。
音楽ナタリー2度目の登場となる今回は、メンバー4人にメジャーデビューを発表した当時のライブの心境や、この半年で感じた自分たちの成長、「春めく私小説」の制作背景、楽曲に込めた思いなどをじっくりと語ってもらった。
取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 佐々木康太
メジャー発表ライブはウイニングランのような気持ち
──発表から約半年、いよいよメジャーデビューですね。デビューEP「春めく私小説」の初回限定盤のDVDにはメジャーを発表した公演の模様が収録されますが、当時はどんな気持ちでライブしていましたか?
宮崎一晴(Vo, G) まず、感染症が流行っている中で、誰1人欠けることなく無事ライブの日を迎えられたのは運がよかったなと。
秦愛翔(Dr) メジャーデビュー決定というお知らせをファンの方々に直接届けることができて、しかもみんながものすごいテンションで喜んでくれて、本当にうれしかったです。
佐伯隼也(B) ライブ中はずっとワクワクしていましたね。
宮崎 実はメジャーデビューが決まったのがライブの1カ月前だったんですよ。とにかくスケジュールが詰まっている中で、いろいろな物事に追われながら当日を迎えたので、始まった瞬間から「駆け抜けたぞ!」という感覚があって。しかも僕たちのことを好きなお客さんしかいないワンマンライブだから、ウイニングランのような気持ちでした。
山本薫(G) ただ、難易度の高いライブだったので大変でした。曲間をつなぎながら演奏し続ける場面が多く、集中力を保ち続けなくてはいけないというプレッシャーがあって。
宮崎 曲数も多かったし、ウイニングランなのにいつ倒れるかわからない感じだったよね(笑)。全部で26曲やったんですけど、僕たちにとって節目となるライブだったので、ここでチャレンジしないと昔の曲や過去の自分に対して失礼だなと思ったんですよ。一切の妥協がないセットリストにすることがライブをするうえで自分たちに課した条件だったし、あのセトリは必然でした。
──アンコールでは、宮崎さんがメンバーへ向けて手紙を読む場面がありました。
山本 あれは本当にびっくりしました。
秦 僕らは本当に何も知らなかったので、「何が始まるんだろう?」と思って。
宮崎 ああいうのはサプライズじゃないと意味がないからね。
──佐伯さんは思わず泣いていましたね。
佐伯 そうでしたっけ?(笑)
宮崎 とぼけてる(笑)。僕、人生で初めて手紙を書いたんですよ。メンバーに対する気持ちをちゃんと言葉にしておきたいなと思ったので。手紙を渡すのなんて正直楽屋でもできることだけど、きっとファンの皆さんはメンバー同士の関係性も知りたいじゃないですか。僕らの関係性もひっくるめて、クジラ夜の街というバンドを楽しんでもらえていたらうれしいです。
──メジャーデビュー発表直後には、インディーズでのラストアルバム「夢を叶える旅」の収録曲「超新星」を披露しました。まるであの瞬間に書かれた曲みたいに、ぴったりとハマっていましたね。
宮崎 さっきも言ったようにメジャーデビューが決まったのはライブの1カ月前で、つまり「夢を叶える旅」を作り終えてからだったんですけど、もしもこのライブでメジャーデビューを発表できるとしたら、発表直後にやる曲は絶対に「超新星」だろうと昨年の夏頃からイメージしていました。「さあ計画を立てよう」という歌詞もありますけど、まさに“計画”が実現した瞬間でしたね。「超新星」は、うまくいかないことも多かったクジラ夜の街の今までを表した曲なんですよ。
──高校時代からオーディションやコンクールで好成績を収めていた皆さんが、「うまくいかないことも多かった」と感じていたとは意外でした。
宮崎 正直、高校時代は順風満帆だったんですよ。だけど高校を卒業した2020年春に感染症が流行し、ライブができないご時世になり……。そんな中で僕らと同い年のリュックと添い寝ごはんや、初ライブで一緒だった南無阿部陀仏のミュージックビデオが100万回再生を突破したんですよね。そのあとにもNEEとかCody・Lee(李)とか、同じ規模で活動していたようなバンドがどんどん躍進していきました。ほかのバンドは有名になって忙しくなっていく一方、僕らはずっとスタジオで曲を作っている。こうも簡単に抜かれてしまうのかと現実を突き付けられましたし、僕らはメラメラと対抗意識を燃やしていました。そういう意味でこの4バンドの存在はすごく大きいですね。「夜間飛行少年」(2020年3月リリースの初の全国流通盤「星に願いを込めて」収録曲)では若い勢いに任せて「僕は空を飛ぶ」と歌っていますが、「超新星」では「飛べない」と断言しているんですよ。鬱屈とした日々を送っていた当時の心境が歌詞にも表れているんですけど、だからこそメジャーデビュー発表とともにこの曲を演奏できたことにドラマを感じますし、少しはあの4バンドに追いつけたんじゃないかなと今は思えています。
自分たちが何者なのか、はっきりわかった
──今は「少しは追いつけたのかな」と思えているのはなぜでしょうね。何か大切なことに気付いたタイミングがあったんでしょうか?
宮崎 何かが明確に変わったきっかけとかはないんですよ。
秦 確かに。俺らは100万回再生突破してないし、ヒット曲を出したわけでもないんです。だけどライブを続けていく中で、お客さんが徐々に増えていって、1人ひとりの熱量がすごかったから、自分たちの成長も実感できるようになって。
山本 ひたすら曲を作り続けてライブをし続けたこと、お客さん1人ひとりの熱量を感じられたことは大きかったよね。
佐伯 あとは、「ファンタジーを創るバンド」と名乗るようになったのも大きい気がする。
宮崎 そうだね。要は「僕らも100万回再生突破した!」「だからほかのバンドに追いついた!」という話ではないんだと気付けたこと……自分たちが何者なのか、はっきりわかったことが自信につながったんだと思います。曲を作って、ヒットすることはなくともまずは知っている人を楽しませて、各地でライブをして、お客さんを射貫いて。そういうことを繰り返しながら一歩ずつ進んできたからこそ、「超新星」という曲も生まれたし、ワンマンであれだけの曲数をやれるくらい、タフなバンドになれたんだと思うんですよ。
──そうですね。
宮崎 “令和の売れ方”みたいなものとは正反対の泥臭いバンドですけど、そんなバンドが「ファンタジーを創るバンド」と名乗っているギャップが僕はけっこう好きで。少年たちの憤りや悲しみを一身に背負っているようなバンドが、ファンタジックな世界観を届けているのはなんかいいなって思いますね。
──「春めく私小説」を聴いて、クジラ夜の街は4人全員が主役になれるバンドだと改めて感じました。前回のインタビュー(参照:クジラ夜の街インタビュー)で「ハナガサクラゲ」はギターが主役だと言っていましたが、「時間旅行少女」のようにドラムがインパクト抜群のプレイをしている曲や、「BOOGIE MAN RADIO」のように長尺のベースソロがある曲もあり、そのうえでバンドや人生について歌う「踊ろう命ある限り」がラストに配置されているのが美しいですよね。
宮崎 なるほど、その見方は新鮮ですね。確かに「時間旅行少女」は秦の身から出る荒々しいドラムで勝負している曲だし、「BOOGIE MAN RADIO」は「この時代にこんなに長いベースソロをやるなんて」という意味で挑戦的な曲だし……言われてみればそういう曲順になっている気がします。僕としては「夜間飛行少年」と「夜間飛行」のように、「時間旅行少女」のプレリュードとなる「時間旅行」から始めるのは絶対だと思ったものの、今回の収録曲にはストーリーのつながりがないので、各曲を私小説のように見立てながら、短編集を作るように曲順を並べていった感じでした。
曲間のつなぎがライブの名物に
──今作には「時間旅行(Prelude)」や「浮遊(Interlude)」といった楽曲が収録されていますが、今話していただいたように、クジラ夜の街は「星に願いを込めて」の頃から前奏曲や間奏曲を制作していましたよね。
山本 「夜間飛行少年」をライブで演奏する中で曲間のつなぎとして「夜間飛行(Prelude)」が生まれたのが始まりだったんですよ。それが僕らのライブの名物みたいな感じになって、ほかの曲にも派生していきました。
宮崎 この前、高校時代からライブを観てくれているマネージャーに言われて思い出したんですが、僕らが高校2、3年生の頃には今「夜間飛行(Prelude)」と呼んでいる前奏部分をライブでやっていたみたいです。僕らの中にはこれをレコーディングしようという発想はなかったんですよ。だけどマネージャーから「これはクジラ夜の街ならではの特色だと思う」と言ってもらえたので、高3の夏休み、「星に願いを込めて」のレコーディングをしたときに前奏部分も録ろうという話になりました。
──クジラ夜の街の前奏曲、間奏曲を聴くと景色が浮かぶのですが、制作段階で4人がどのようにイメージを共有しているのか気になります。
宮崎 僕が考えた構成をもとに、みんなでセッションして作っていきます。「時間旅行(Prelude)」の場合は“風”というテーマが自分の中にありました。熱すぎず、かといって冷たすぎず、空気が確かに動いていると感じられる質感を目指したいと。こういったイメージはメンバーにいつも共有していますが、3人には自由に演奏してもらってます。「こういうフレーズがいい」と指示してしまうとそれは僕が作ったのも同然だし、やっぱりメンバーから出てきたものをぶつけ合いながら、世界がどんどん広げていくのがバンドの醍醐味だと思うので。基本的にはメンバーから上がってきたアプローチに対し、僕が修正を加えていくような流れで、指示を出す際に大事になってくるのが最初に設定した“風”というテーマなんです。
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ひとりでに完成したような不思議で特別な曲「時間旅行少女」