ひとりでに完成したような不思議で特別な曲「時間旅行少女」
──「時間旅行(Prelude)」はそもそも「時間旅行少女」の世界観から派生したものなんですよね。宮崎さんは詞先とのことでしたが、「時間旅行少女」の世界観は何をきっかけに生まれたものですか?
宮崎 ギターを弾いているときに“時間旅行少女”という言葉だけがふと降ってきたんですよ。そこから「クジラ夜の街には『夜間飛行少年』という曲があるけど、“時間旅行少女”というフレーズにはどういう意味があるんだろう?」と自分の中で探り始めるんですけど、今回の場合、その意味にはなかなかたどり着けず……僕の意思とは関係のないところで、ひとりでに曲が完成したような感覚があるんですよね。もちろん僕が自分の意思で書いた歌詞だし、伝えたいこともはっきりしているんですけど、レコーディングを終えた今でも、自分の内から出てきたものだと信じられずにいます。だからこの曲はすごく不思議で特別。底知れない魅力を感じていますね。
──日記を開いて過去の自分に出会うことを時間旅行に見立てているのが素敵だと感じました。私たちの身近にあるものも、見方を変えればファンタジーの入り口になるんだなと思わせられるというか。
宮崎 現実世界にも符合する言葉をあえて残すことは意識しています。自分の意見を歌わず、頭の中に広がっている世界観をお見せすることが多い分、どこかで誰かの感情とリンクするような詞世界にしたいなと思っていて。
──自分の意見を歌わないというポリシーがあるんですか?
宮崎 絶対に歌わないと決めているわけではないんですけど、僕の作る曲の主人公は泥棒に恋をした少女や空を飛べる少年、魔法使いなど、自分ではない誰かばかりで、自然とそうなっていくんですよね。「踊ろう命ある限り」が初めて自分のことを歌った曲でした。どうしてそうなるのかを考えると……クジラ夜の街の世界観は1つの視点からでは描き切れないという気持ちがあるから、頭の中にいくつもの人格を作って、そこからいろいろと連想しながら物語を描くということを無意識にやっているんですかね? スタジオセッションで曲を作るようにしているのもそうですが、「1人では限界がある」という考えはあるかもしれないです。
──3人は「時間旅行少女」のデモを聴いてどう思いましたか?
秦 「めちゃくちゃロックだな!」と思いました。そこから「僕にできるロックの表現って何かな?」と考えていったんですけど、僕は手をめちゃくちゃ速く動かせるので、とにかく手数を増やして、16分音符を多めにぶち込もうと思いました。今の日本のバンドシーンのドラムは打ち込みが普及しているのもあってどんどんシンプルになっていっているから、流行の真逆を行くようなアプローチですよね。なぜシンプルになっていくのかというと、歌を引き立たせたいからだと思うんですけど、とはいえ、シンプルにすれば必ず歌が引き立つのかというと、そうじゃないと思うんですよ。「ドラムが派手でカッコよくても、歌は引き立つでしょ」と僕は思っているし、僕はその可能性を追求することに面白さを感じているので、今の自分が思う最適解をこの曲で表現できてよかったです。
山本 僕は最初に聴いたときにさわやかな曲だなと思いました。なので、ギターはつるっと聴けるような感じにしようと思ったものの、歌詞を聴いているうちに「本当に流れるようなギターでいいのか?」と思い直して。最終的に複雑なアルペジオをところどころ混ぜて、あえて聴く人の意識に引っかかるようなフレージングにすることで、より集中して曲を聴いてもらえるんじゃないかという結論になりました。だけど力強く歌うようなサビではオケに馴染む和音を弾いたりしていて、コントラストをつけながら工夫していますね。
佐伯 2人が自由にやっている分、ベースはひたすらシンプルにするのが一番カッコいいんじゃないかと思いました。シンプルだけど印象に残りやすい音にしたくて、レコーディングでは音作りにもこだわりましたね。
──誰かが一歩出たら誰かが一歩引くという具合に、自然とバランスをとっているのがバンドらしいですね。そして秦さんも山本さんもそうですが、このバンドの場合、「歌を聴いてもらうためにはどうしたらいいか」と考えていったときに、必ずしも「自分が一歩引く」というアプローチには至らないのが面白いなと。
山本 確かにそうですね。引いたほうがいいと思ったらもちろん引くんですけど、歌を立たせたいと思ったときは、ボーカルと同じメロディをギターでも弾いて、そのフレーズを強く印象付けるようなアプローチをすることが多いです。
秦 シンプルなものは形がはっきりしているイメージがあるんですよ。例えば8分音符を刻み続けるプレイスタイルには“8ビート”という名前がついていて、伝統的なプレイスタイルとしてすでに広まっているし。そういうものとクジラ夜の街のファンタジックな世界観って調和しづらい。僕的にはキラキラした世界の上に鉄球がバーンと降ってきて、全部壊しちゃうようなイメージがあるんですよね。
山本 なるほどね。この曲のギターは歌に対してアプローチしているだけでなく、ドラムとも個性をぶつけ合っているので、細かく聴いていくと面白いんじゃないかと。ほかのパートとの関連性にも注目して聴いてもらえたら僕らとしてもうれしいです。
薫のギターは第2の歌
──「BOOGIE MAN RADIO」はベースがかなり攻めていますね。
佐伯 この曲は「俺が主役だ!」という勢いで作っていきました。
宮崎 ベースソロとギターソロが1分半近くある曲なんて今どき珍しいですよね。僕からは「ギターとベースのケンカが見てみたい」と伝えたんですが、王道の丸サ進行(椎名林檎の「丸の内サディスティック」で使われているコード進行)で、しかもそこから一切コードが動かないので、メンバーの底力でもってバリエーションを出してほしいなという意図があって。
佐伯 王道な感じにはしたくなかったので、「このあと、こうはならないだろう」という展開を作っていって。ルートも弾いたし、ハイフレットもウォーキングベースもスラップもやったし、自分が持っているものをほとんどすべて出しました。レコーディングはすごく楽しかったですね。
──野暮な質問かもしれませんが、そもそも「BOOGIE MAN RADIO」ってなんですか?
宮崎 小さい頃、必殺技みたいな感じで「ファイヤーサンダーなんとか!」って叫んだりしたじゃないですか。僕の中ではあれと同列で、語感重視の言葉ですね。そこから「きっと夜更かしのヒーローだろうな」「いったいどんなやつだろう?」というふうに人物像を描いていきました。僕には「クジラ夜の街のサウンドを聴いて、お客さんが楽しんでくれたらいい」という気持ちがあるので、それなら歌詞に意味のない曲があってもいいんじゃないかとずっと思っていたんですよ。そういう曲を作るには、インパクトのあるフレーズと情景が浮かび上がるような詞世界が必要だということでずっと思い悩んでいたんですけど、今回形にできたので満足しています。曲を作っているというよりかは、マンガを描いたりゲームを作ったりしているような感覚でしたね。
山本 この曲を作るために最初にスタジオで合わせたとき、みんな音がデカかったから歌詞が断片的にしか聞こえなかったんですよ。だから歌詞からイメージするというよりかは、自分がカッコいいと思うフレーズをとにかく詰め込んでいき、コラージュ感覚で作りました。音色も遊んだ分、エフェクターの踏み替えもかなりあり、ライブでは足元が忙しいです(笑)。あと、ギターソロがめっちゃデカいですよね。宮崎がミックスチェックのときに「ギター、限界まで上げてください」と要望を出していたんですけど、僕はその隣で「そんなに上げるんだ?」と思ってました(笑)。
宮崎 ギターはずっと出ていてほしいんだよね。クジラ夜の街における薫のギターは第2の歌のようなものだから、薫が一歩下がるような曲は今後も作らないかな。
秦 あははは。ドラムに関しては、この曲はけっこう悩んだんですよ。ギターとベースがケンカしているとは言え、ドラムをただシンプルにするのはクジラ夜の街の世界観にも、この曲の世界観にもそぐわないなと思って。考えた結果、疾走感のあるボカロ曲を参考にすることにしました。ああいう曲のドラムはだいたいバスドラが四つ打ちで、スネアが必ず裏拍に存在していて、ゴーストノートもないんですよ。それが疾走感を生む秘訣なのかなと思ったので、自分のプレイに落とし込んでみました。フレーズは打ち込みっぽいけど音作りは生っぽいのがポイントですね。
昔の自分たちにも届くようなライブができたら
──6月には全国6都市を回る「クジラ夜の街ワンマンツアー“6歳”」が開催されます。特に楽しみな場所はありますか?
秦 僕は福岡が楽しみです。僕のお父さんの故郷なので、小さい頃によく行ってたんですよ。バンドマンとしてワンマンライブをしに帰れるのがうれしいですね。
山本 僕は広島ですかね。広島にはマルヤっていう楽器屋さんがあるんですけど、店員のおばちゃんがめっちゃかわいいんですよ。去年行ったらすごくレアなエフェクターがあって、「これ売ってるんですか?」と聞いたら「売ってないのよ」と言われて、「じゃあなんで置いてるんだろう?」と思いました(笑)。すごく好きなお店なので、またおばちゃんに会いに行きたいですね。
佐伯 僕も広島が楽しみです。広島にはおばあちゃんやいとこが住んでいるので、観に来てもらえるのがうれしいですね。
宮崎 僕は大阪かな。Music Club JANUS公演が6月9日にあるんですけど、4年前の6月9日に大阪でライブをして、「全国高等学校 軽音フェスティバル」 という大会で日本一になったんですよ。あの頃もやっていたバンドがまだ続いていて、しかもメジャーデビュー後初のツアーという門出のタイミングだなんて、過去の自分たちが知ったらきっと喜ぶだろうな。ちょうど4年ぶりに大阪でライブできるよう、スケジュールを組んでくださったスタッフにまず感謝をしながら、この日にワンマンライブができるということの意味を深く受け止めて、集まった人はもちろん、昔の自分たちにも届くようなライブができたらと思っています。
ツアー情報
クジラ夜の街ワンマンツアー“6歳”
- 2023年6月3日(土)広島県 Live space Reed
- 2023年6月8日(木)愛知県 CLUB UPSET
- 2023年6月9日(金)大阪府 Music Club JANUS
- 2023年6月11日(日)福岡県 LIVE HOUSE OP's
- 2023年6月16日(金)宮城県 仙台MACANA
- 2023年6月21日(水)東京都 LIQUIDROOM
プロフィール
クジラ夜の街(クジラヨルノマチ)
同じ高校の同期生だった宮崎一晴(Vo, G)、山本薫(G)、佐伯隼也(B)、秦愛翔(Dr)の4人によって2017年6月に結成されたバンド。音楽コンテスト「Tokyo Music Rise 2019 Spring」や高校軽音楽部の全国大会で優勝した実力を持つ。その後もロッキング・オン主催「RO JACK」オーディションで優勝し「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019」に出演。直後に「出れんの!?サマソニ!? 2019」オーディションを勝ち抜き「SUMMER SONIC 2019」にも出演するなど、耳の早い音楽ファンの間で話題となる。近年は「ファンタジーを創るバンド」をキャッチコピーに掲げ、絵本や童話のような世界観を追求した楽曲やライブ演出を打ち出している。2022年12月に“メジャープレデビュー曲”第1弾「踊ろう命ある限り」、2023年3月に第2弾「ハナガサクラゲ」を配信リリース。5月にメジャーデビューEP「春めく私小説」を発表した。
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