パソコン音楽クラブ「FINE LINE」インタビュー|未知なる存在を己の中に受け入れて、コントロール不能の新境地ポップアルバムが完成

1stアルバム「DREAM WALK」では古い記憶やイメージ、2ndアルバム「Night Flow」では夜から朝に至る時間の流れ、3rdアルバム「See-Voice」では海の声、とこれまで毎回1つのコンセプトを設定しながらフルアルバムを作ってきたパソコン音楽クラブ。新作をリリースするたびに徐々に己の内側と向き合うような内省的な方向に突き進んできた彼らだったが、4枚目となるアルバム「FINE LINE」でテーマにしたのは「宇宙人のいる生活」だった。えっ、宇宙人……?

ハードウェア機材を駆使したこの時代には珍しいサウンドメイキングに加え、これまでも良質なポップミュージックとしての一面を評価されることが多かったパソコン音楽クラブだったが、今回のアルバムではどことなくシリアスな面があった過去の3作とはガラッとテイストを変え、全力でポップさを追求。かつ、アルバム1枚を通してジュブナイルSF映画のようなストーリーを描くという、これまでにない手法にチャレンジしている。

ここにきて方向性を一変させた理由はなんなのか? アルバム「FINE LINE」ができるまでの経緯を柴田と西山に聞いた。

取材・文 / 橋本尚平撮影 / 竹中圭樹

ブレイクビーツを解禁したわけ

──音楽ナタリーで以前インタビューさせていただいたときに、自分たちの活動について「音楽ユニットというより部活みたいな感じ」と説明していましたよね(参考:パソコン音楽クラブ「Night Flow」インタビュー)。あれからもう3年以上が経って、パソコン音楽クラブを取り巻く状況はかなり変わったんじゃないかと思いますが、今でもまだその部活という感覚は続いていますか?

西山 そう、“部活みたいな感じ”じゃなくなった瞬間が来たんですよ。どこかのタイミングで“仕事”に切り替わったというか。だから“部活感”を取り戻したいという気持ちで作ったのが今回のアルバムで。僕らは今までフルアルバムを3枚作ってるんですけど、出すたびにどんどん内省的になっていて、3作目の「See-Voice」でついに1人きりの孤独な世界に飛び込んでしまった。でもこの年齢で、それ以上そっちの方向に進んでいくのはまだ早いよなと思って(笑)、部活っぽい感覚で音楽をやれるようなアルバムをまた作ることにしたんです。

左から柴田、西山。

左から柴田、西山。

──「See-Voice」で徹底的に自分たちの内側に潜り込んだので、その反動で対極のようなアルバムを作ったということ?

柴田 ですね。「See-Voice」を作ったのは活動6年目で、僕は大阪から上京してしばらく経った時期でもあって、今一度自分たちを見つめ直そうというというタイミングだったんです。その結果、孤独な反面すごく美しい場所に着地することができたので、「次に作る作品では、どこか別のところに向かうべきだな」という気持ちになって。

──そこまでの流れに区切りをつけたわけですね。

西山 意図してたわけじゃないんですが、1stから3rdまでが結果的に3部作のようになったので。ここまで一貫して風景描写的なイメージでアルバムを作ってきたけど、その流れは一旦終止符を打っていいかなと思ったんです。

──確かに今回のアルバムは、これまでのどこかセンチメンタルな作風とはガラッと変わりましたね。ちょっと古臭い言い方ですけど、「おもちゃ箱をひっくり返したようなポップアルバム」みたいな。

柴田 これまでは、やりたいテーマがあるときは同時に時代感を設定して過去の音楽から引用的な手法を用いてイメージを補完することが多かったんですけど、今回は1曲の中でいろんな音楽をコラージュするように並べて、強制的にあらゆる音楽を遭遇させるという作り方をしたので、「おもちゃ箱をひっくり返した」と感じる理由はそれもあるのかなと思いますね。

──制作の手法に関しても新しいことをしているんですか?

西山 一番大きな変化はブレイクビーツをかなり使っていることですね。今までなんとなくハードシンセ縛りでやってきたけど、「そろそろいいかな」と思って、「See-Voice」のときから少し試し始めて、今回は全面的に入れています。相変わらずハードシンセが好きだし、もちろんそれもめっちゃ使ってはいるんですけどね。

左から柴田、西山。

左から柴田、西山。

──それによってサウンドの印象はだいぶ変わりましたよね。なぜ今回その縛りを解禁することにしたんでしょうか?

西山 理由は大きく2つあって、1つはさっき話したように、「See-Voice」の次に何をやるか考えたときに「これまでとは切り替えてみよう」という話になったこと。もう1つは、例えばポケモンの曲だったり、そういうクライアントワークをいっぱいやらせてもらえるようになったことです。自分たちの中ではコアな部分は一貫しているし、聴いてくれる人も「この2人が作った曲だってわかる」と言ってくれるんですが、パソコン音楽クラブのアルバムの曲とクライアントワークでは、やっているジャンルはけっこう違っていて。だからそれらを一旦まとめてみるというか、これまで自分たちのアルバムでやってきた音楽性に、外仕事で培ったノウハウや感覚を持ち帰ってみようというのがスタートだったんです。でもこれがめっちゃ難しくて(笑)。

柴田 あと「ライブの要素」も入れましたしね。ブレイクビーツは今までもライブでは使ってたんですよ。でもアルバムではそこまでダンサブルなアプローチはしてこなかったから。

西山 そうですね。今までやってきた自分たちの「アルバム」「クライアントワーク」「ライブ」を3つ改めて比べると、けっこう異質なものに感じられて。それらが共存するアルバムはどんなものになるだろうと考えて、「宇宙人のいる生活」というコンセプトを思いついたんです。めっちゃ異質な存在と普通に共存している状態。考えたら僕たち自身も、もともと宅録の人間だったのに、クラブミュージックの懐の深さからそっちのシーンに混ぜてもらって、異質な存在のままそこで活動するようになった人なので。違うカルチャーが混在してるのが自分たちらしさだと思うし、だからそれを宇宙人というメタファーで表現してみようと思ったんです。

左から柴田、西山。

左から柴田、西山。

初対面の人に屋形船で言われた言葉

──今までのアルバムは、それぞれ異なるテーマがあるものの、基本的には「日常の中から非日常を見出す」という点で共通していて、どれも自分たちの体験や記憶などをもとに作られていたので、最初に「宇宙人」というある種ファンタジー的なテーマを聞いたときは意外だったんです。でもこのテーマもある意味、自分たちに身近なトピックだったということですね。

西山 そうですね。あと体験という意味ではもう1つあるんです。自分はコロナ禍の最中に「きっとこのあと世の中が劇的にいい感じになって、みんなでコロナ収束祝賀会とかをバーンとやるんだろう」みたいに期待してたんですよ。でも実際はコロナが収束してきても、特に代わり映えのない閉塞感のある生活は終わらないままで。音楽についても「今はこれがマスターピース」というのが生まれづらい時代ですし、2人とも何を目指せばいいのか正解が見えなくなってたんですよね。そんなときに知り合いから「隅田川の屋形船で誕生日会をやるから来てください」って誘われたんです。誕生日会を屋形船でやるなんて感覚が僕にはマジでなかったんだけど……。

柴田 そんなアッパーな感覚はね(笑)。

西山 でもお世話になっている人たちだったので行ってみたら、意外と面白かったんです。柴田くんはそこで初めて会った人と2人きりで外で川を眺めながら腰かけてたら、その人から「恋しましょうよ」みたいなことを言われたらしくて。

柴田 「恋するしかないっしょ」ね(笑)。

西山 それを聞いたときに、なんかめっちゃ食らっちゃって(笑)。「自分とはいる世界が全然違うな」と思うのと同時に、ポジティブに「めっちゃいいな」と思ったんですよ。そしてだんだん「自分たちは殻に閉じこもってたかもしれないな。もしかしたら音楽的にもどんどんそういう感じになってるんじゃないか」という気持ちになって。

左から柴田、西山。

左から柴田、西山。

──その人も、何の気なく言った自分の言葉がこのアルバムの制作につながったとは思わないでしょうね(笑)。

西山 そういうこともあって、今回のアルバムにはかなり意識して他人の感覚を入れるようにしたんですよ。今までは全部コントロールしたい気持ちが強くて、できるだけ2人以外の意見を入れたくなかったんだけど、それに限界を感じたというか。だから思い切って外からの刺激をもらおうと、アートディレクションをとんだ林蘭さんにお願いして。作ってもらったものに対して「それは違います」みたいなことは一切言わずに、逆にそこから受けたインスピレーションを歌詞にしたりしたんです。chelmicoやThe Hair Kidとやった曲ではメロディも含めて“ほかの人が作ったもの”を取り入れてみたし。

柴田 僕ら2人とも「自分で考え抜きたい」って気持ちが強いから、「身を委ねてみよう」って発想にならなかったんだよね。でも、あの屋形船にいる時間は「もう為す術なし」って感じで、自分たちでどうこうできる状況じゃなかった。脳をパカッと開いて新しいデータをインストールされた感じ。

西山 自分をハックされてる感覚が、ポジティブに捉えられたんだよね。これ楽しいかもって。