パソコン音楽クラブ|90年代ハードウェア音源モジュールの、新たな歴史が始まる。

Roland・SCシリーズやヤマハ・MUシリーズなど、かつてDTMユーザーの間で一時代を築き上げながらも今やほとんど見かけることがなくなった1990年代のハードウェア音源モジュール。このローテクな機材に光を当てて、郷愁を誘う懐かしいサウンドで現代的なトラックを作り出すのがパソコン音楽クラブだ。

2018年にテレビドラマ「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」の劇伴制作に参加したことで知名度を上げた彼らは、同年6月に1stアルバム「DREAM WALK」を発表。この作品はさまざまなタイプの音楽ファンから熱烈な支持を獲得し、初の全国流通盤だったにも関わらず多くの人々が彼らの楽曲を同年の年間ベストに挙げるに至った。

そんなパソコン音楽クラブが、多くの期待と注目を集める中で9月4日に2ndアルバム「Night Flow」をリリースした。音楽ナタリーではメンバーの柴田と西山にインタビューを行い、このコンセプチュアルなグループの誕生の経緯から今後の展望まで、たっぷりと話を聞いた。

取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 草場雄介

「一緒に曲を作るユニット」じゃないんですよ

──1stアルバムはとても大きな評判になりましたが、ライブなどでのお客さんの反応はこの1年で変わりましたか?

柴田 以前までは、自分たちが演奏する場所がないからクラブで演奏していたんですけど、この1年でガチのクラブイベントに出ることが増えて。そこで得るものはけっこうありました。現場で実際にダンスミュージックを聴いて「こういうものなんだ」って理解が進んで、今回のアルバムに反映されたところがありますし。

西山 自分たちの音楽が一部の機材好き以外に聴いてもらえるとは思ってなかったし、そもそもライブをするっていうイメージがあんまりなかったんです。でもクラブっていろんなジャンルを受け入れる懐の深さがあるので、その懐に潜り込ませてもらってライブができるようになって。そうやってクラブに間借りしながら、間近でクラブミュージックを体験したり教えてもらったりできたので、低音やビートの感じはけっこう影響を受けましたね。だから前の作品と今回の作品では、低音部分にすごい差が出てるんですよ。

──というか、クラブミュージックだとは思っていなかったんですね。

柴田 当初はそうですね。今もそんな、めっちゃクラブミュージックってわけではないと思ってます。

西山 そういう音楽をカッコいいと感じてて、影響は間違いなくあると思うんですけど、そこにアイデンティティがあるわけではないです。

──であれば、音楽的には何から影響を受けていると思いますか?

柴田 僕はもともと親の影響で小さい頃からYMOを聴いてて、そこから電気グルーヴとかを聴くようになったのが原体験で。

西山 2人共、デイブ・エンジェルとかの90年代テクノは好きですね。それと同時にニューエイジの要素を持ったもの、例えば佐藤博さんのようなポップスだったり、吉村弘さんのようなアンビエントだったりからの影響は大きいです。だから僕たちの曲は歌モノでも、パッドやシンセサイザーの空気感は環境音楽っぽいんですよ。最近、Visible Cloaksが「今ニューエイジをやったらこんな感じ」という音楽をやっていて、そこは僕らと共通しているところがある気がします。

左から西山、柴田。

──パソコン音楽クラブって、「最近じゃ誰も使ってない古い機材で曲を作ってます」というだけの単なる出落ちじゃないんですよね。トラックメイキングのセンスだったり、ソングライティングのクオリティだったり、リスナーから支持をされているのはむしろそういう部分で。その土壌になるような音楽経験って、2人はパソコン音楽クラブ以前にあったんですか?

柴田 自分は3、4歳くらいの頃にピアノを習い始めたんですが、あんまり練習しなかったから、先生に「YMOが好きならこっちのほうがいいんじゃないか」って言われてエレクトーンを弾いてました。まあ、それもあんまり弾けないままリタイアしたんですけど(笑)。でもシンセサイザーが好きで、小5のクリスマスに親にねだってKORGの「electribe」を買ってもらったんです。その結果いつのまにかこうなった、って感じですね(笑)。

西山 僕はもともとギターをずっとやってて、打ち込みに関しては柴田くんに教えてもらったんです。どっちかというと今剛さんとか、フュージョンライクな技巧派ギタリストが好きだった時代が長くて、自分でもそういうギターを練習してました。今やってる音楽にはまったくギター入ってないんですけど(笑)。

──ギターのテクニックは反映されてないですね(笑)。

西山 むしろギターを弾かないことにしてるんです。音源モジュールという、ものすごく強い個性を持った機材の音だけで曲を作ることに魅力を感じているので。あと、かつてテクニック重視だったことの反動みたいな部分もちょっとあります。まあ、ギターを弾いてたときに音楽理論とかについてひと通り基礎的なことを勉強できたし、今それを踏まえたうえで打ち込みをやれているので、以前練習してたことは無駄ではないかなと(笑)。

──そもそもパソコン音楽クラブはどういう経緯で結成されたグループなんですか?

柴田 僕たち2人と、共通の友達とで一緒に、大学生の頃に遊びでバンドを組んで、ときどきスタジオに入ってたんです。で、そのバンドはやめたんですけど、この2人はお互い宅録とかDAWとかに興味があって、毎晩Skypeでそういう話をしてたんですよ。そのときの雑談の中で「チープなシンセの音って面白いんじゃない?」「調べたら3000円とかで買えるみたいだから、買いに行ってみねーか」みたいな話になって、それぞれ1万円くらいだけ持ってソフマップの中古売り場に行って。そこで買ったシンセでそれぞれ曲を作ってみたんですけど、「せっかくだから聴かせ合おうよ」ってことでSoundCloudで共有することになって、そのときに適当に付けた名前が“パソコン音楽クラブ”だったんです。

西山 SoundCloudに登録するにはユーザー名がいるからね。だから考え方としては「一緒に曲を作るユニット」じゃないんですよ。部活みたいな感じ。

柴田 交換日記みたいなものだよね。

──クラブミュージックではないけれど、部活という意味でのクラブではあるんですね(笑)。

西山 ですね(笑)。だから当初は今みたいになるとは思っていなくて。

柴田 アルバムを作ったりライブをしたりするつもりは本当になかったです。

勝手に作って勝手に投げ合うみたいな感じだから、ぶつかりようがない

──ちなみに2人がパソコン音楽クラブの前にやっていたバンドでは、どういう音楽をやっていたんですか?

大きいのが西山、小さいのが柴田。

西山 あんまり話題にしたくないんですけど(笑)、さわやかなポップスです。シンガーソングライター然とした女の子がボーカルで、青春について歌う的な。シティポップみたいなのではなく、もっといなたい音楽です。

柴田 シティじゃなくて牧場でしたね(笑)。

西山 今作ってる曲はループミュージックがベースになっているけど、その頃やってたのはAメロ・Bメロ・サビ・Cメロみたいな構造の、オールドスクールなJ-POPで。

柴田 ラスサビで1個転調、みたいな。

──そういうオーソドックスなJ-POPバンドから始まって、特別な意識改革みたいなことを経ずに今の音楽性に進んだというのも面白いですね。

西山 確かにそうですね。

柴田 でも前のバンドは暇つぶしでやっていたことなので。

西山 自分のメインとしてそれをやりたかったというより、適当に集まったメンバーでバンドを組むことになって、流れで参加したって感じですからね。そのバンドをやってるときに思ってたんですけど、みんなで一緒に曲を作るのはけっこう難しいんだなと。それぞれいろんな意見があるから、ときにはぶつかることもあるし。今はお互い勝手に作って勝手に投げ合うみたいな感じだから、すごい自由だなって感じるんですよ。ぶつかりようがないので。

──パソコン音楽クラブに関して「バンドをやっている」という意識はないですか?

西山 ないです。

柴田 バンドではないですね。

──2人それぞれの役割みたいなものもない?

西山 何担当みたいな明確な役割はないんですよ。さすがに最近は一応2人で合作してるんですけど、デモ段階で骨組みを全部1人で作ったうえで投げ合うので。

柴田 それを受け取ったほうも「こっちのほうがいいんちゃう?」とか言うくらいだし。

──そのわりには、曲ごとにはっきりした差が出るわけでもなく、作風にすごく一貫性がありますよね。

大きいのが柴田、小さいのが西山。

柴田 それは自分たちでも不思議なんですよね。たぶん、けっこう長く暇な時間を一緒に過ごしてきたのが大きいんじゃないかな。それで同じ感覚になったというか。歌詞を書いたときに、それぞれのを見せ合ったらテーマが似てるってことがよくあるんですよ。

──歌詞にも一貫性があるので、絶対にどちらか1人だけが書いてるんだと思っていました。

西山 いや、今回はそれぞれ2曲ずつ書いてます。意見を出し合ったりもしてるので、クレジットは2人の作詞・作曲にしてますけど。

──お互いの音楽性について、ひと言で言うとどんな感じですか?

柴田 うーん……。

──傍から見ているとすごく音楽性が近い2人だと思いますが、本人たちから見たら自分との差異を感じる部分あるんだろうなと。

柴田 ありますね。でも言葉にしたことなかったな。

西山 僕も初めて考えました(笑)。

柴田 西山くんは、目標を立てたら、そこに向かってまっすぐに音とかを選べる人だなと思ってます。

西山 そうですね、確かにその傾向はあるかもしれない。僕は打ち込みに関して柴田くんから教えてもらうことが多いんですけど、いつも思うのは、柴田くんは「自分はこういう音楽が好きだからこれが作りたい」みたいなことに対して、いい意味ですごくフラットなんです。だから「あのアーティストがやってたこういうことを、自分もやってみたい」みたいなことを思ったとしても、エッセンスの入れ方が絶妙というか。それはいつも勉強になってます。自分が作ったデモを投げたときに、メロディや構造はそのまま、ビートにだけエッセンスを加えて返ってきたりするんですよ。2人でやる面白さはそこかなと思います。僕たちはバンドではないですけど、1人で作ってるとその楽しさはないんで。