パソコン音楽クラブ「FINE LINE」インタビュー|未知なる存在を己の中に受け入れて、コントロール不能の新境地ポップアルバムが完成 (3/3)

1stアルバムを聴き直して「なんじゃこりゃ?」って思ったんです

──そして「Terminal」ではパソコン音楽クラブのお二人がボーカルを担当しています。

西山 これはやむなくこうなってしまったというか、ホントにヤバかったんですよ。さっき話した通り、一度作ったアルバムの曲を5曲ボツにしたので、めっちゃ焦って。締め切りも近付いてて、インストの曲は自分たちががんばれば作れるけど、歌モノだと今からボーカリストにオファーしても間に合わない。でも絶対に歌モノが必要な展開だと思ってて、どうしようかなって。

──あ、そういうことだったんですか(笑)。

西山 別に歌いたかったわけじゃないですよ(笑)。でもまあ、自分たちで歌うべき内容の歌詞だし、結果オーライだったなと思ってます。

──歌声とてもよかったですよ。フラットで熱のない感じが曲に合っていて。

西山 「どこまで2人の声を1つにできるか」というチャレンジを徹底的にやったんです。自分の声がガッと前に出てきたらキモいから(笑)、2人で歌うなら完全に1人の声に聞こえるような処理をしてみようって。

残念ながら宇宙人の顔が大きすぎてサングラスが入らず。

残念ながら宇宙人の顔が大きすぎてサングラスが入らず。

──ライブのときはどうするんですか?

西山 ああ、考えてなかったけど、歌うでしょうね……。

柴田 そうなると思います(笑)。

西山 小説家とかがよく言う「登場人物が作者の意志と関係なく勝手に動き出す」みたいな話、音楽にもあるんだなと思いました(笑)。いや、それをやるかやらないかのジャッジは自分がしてるんですけどね。「いくらコントロールしようとがんばってもできず、自分たちで作った音楽に振り回される」というのは楽しかったです。

柴田 こんな振り回され方は初めてでしたね(笑)。

西山 このアルバムを作っている途中に、Okadadaさんに勧められた「映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~」っていう対談本を読んでいたんですが、その中で「映画の面白いところはコントロールできない部分にある」という旨の話をしていたんですね。どういうことかというと、映画は1人では作ることができないので、監督が意図していなかったことが起こりやすいという。例えばホラーだと、たまたま映り込んだスタッフの影が「何か怖いものが映ってる」って言われたりするじゃないですか。あと、お金を出しているスポンサーの都合で監督が入れたくないものを入れさせられることがあるけど、客観的に見るとそれで逆によくなることもあるよね、とか。それを読んで僕は勇気をもらったんですよ。僕らはずっと「自分たちの作品は自分たちで完璧にコントロールしないといけない」って思い込んでいたので。

──そうやって今回アルバムを1枚作り上げてみて、手応えはありましたか?

西山 柴田さんは手応えある?

柴田 DTMのやり方はもちろん、もっと根本的な制作手法からして今までと違ったから、新鮮だったし、初期衝動のような勢いが出せたし、それは手応えかな……?

西山 少なくとも「音楽的にいい作品が作れた」というのとは別の手応えはありますね。制作のプロセスとしてやってみたかったことは全部できたので。

柴田 前に1stアルバム「DREAM WALK」を自分たちで聴き直して「なんじゃこりゃ?」って思ったんですよね。

──何がですか?

柴田 まとまっているように聞こえるけど質感が似てるだけで、全曲を通してなんだか錯綜している感じがして。それで「これをもう1回やりたいね」って話してたんです。

──あ、ネガティブな感想ではないんですね。

西山 僕らはもともと“チャンポンの音楽”を作っていたんです。それぞれが作ってきたものを無理やり混ぜて、誰がどれを作ったのかわからない状態にして、全体がなんとなく同じような方向に向いているように聴かせるという。僕らが言っていた“部活感”ってそういう意味もあったし。でも2人で活動を続けてるうちに、徐々にテクスチャーや方向性が一点を向くようになってきたので、昔の感じをもう1回やりたくなったんですよ。

柴田 1stアルバムは発売当時、聴いてくれた人の感想がみんな違って、ポップミュージックとして聴いてくれる人もいれば、エレクトロニカとか、ヴェイパーウェイヴと捉える人もいたので、今回も人によって印象がけっこうバラけるんじゃないかなと思います。

左から柴田、宇宙人、西山。

左から柴田、宇宙人、西山。

“既存の音楽の構成要素にはない何か”のパラメータがあるアルバム

──サブスクが主流の今はアルバム単位で聴かれることが少なくなってきていると言われますが、過去の作品を振り返ってみても、パソコン音楽クラブは毎回固有のテーマを決めてアルバムを作ることにこだわっているように見えます。

西山 アルバムのフォーマットで聴くことを大事にしたいとは思ってますね。今回は特に、これまで以上に全体の流れとか曲と曲の接続を意識していて、「1枚で意味のあるものにしたい」という気持ちが強かったです。でも同時に「これをアルバム単位で聴く人はほとんどいないのかもしれない」という達観した気持ちもあって、1曲だけ抜き出してプレイリストに入れてもらっても大丈夫な曲にすることも意識してはいるんですけど。

──たぶん20代のアーティストでこんなにアルバムへのこだわりが強い人、あんまりいないんじゃないかなという気が。

西山 CDも、売れる時代じゃないのにめっちゃこだわってますしね。でも作りたくなっちゃうんですよ、原価と戦いながら(笑)。僕らの中では“いい曲”を作ることよりも、“いい時間”とか“いいムード”みたいな、もうちょっと範囲の広いものを作ることに興味があるのかもしれない。

柴田 サブスクはたくさんの曲をすぐに聴けて便利だし自分も使ってるんですけど、自分が好きなアーティストはその人自身の固有のタイム感を明確に持っている気がして、僕らもそうありたいという気持ちがあるんですよね。例えばベックとか。

西山 僕たちはベックの「Midnite Vultures」というアルバムが大好きで、今回のアルバムでああいうノリを出してみたいなと思ってたんですけど、The Hair Kidに聴いてもらったら「『Midnite Vultures』みたいなアルバムだね」って言われたんですよ(笑)。うれしかったですね。「そんなことあるんだ!」って。

宇宙人の能力によって指先から不思議な光を放つ西山。

宇宙人の能力によって指先から不思議な光を放つ西山。

宇宙人の能力によって指先から不思議な光を放つ柴田。

宇宙人の能力によって指先から不思議な光を放つ柴田。

──ああ、「Midnite Vultures」感はわかります。

西山 効果音とかいろんな音が鳴っててゴチャゴチャしてるんだけど、トータルで見るとまとまって感じるんですよね。1枚の中にいろんなジャンルが混ざってるし、あれはアルバムとして聴いて楽しい作品だと思います。

柴田 1枚の皿にいろんな料理が盛られてる感じ(笑)。最近そういうアルバムって身近で少ないなと思って。あくまでも自分の観測範囲ではの話ですが。

──未来のことはわからないので、ひと周りしてそういう「アルバムで聴くことを前提とした作品」が流行る時代になる可能性もゼロではないですけどね。それこそ、パソコン音楽クラブの活動に触発されてそういうアルバムを作るアーティストが現れるかもしれませんし。

西山 いや、どうだろう(笑)。やっぱりCDはいつか終わるんじゃないですかね。僕はCDの時代が長く続くことを期待してないし、アルバムの制作も「いつまでやれるんだろうな」って気持ちですよ。でも、やれるだけやりたいんですよね。

2人の友情が奇跡を起こす。

2人の友情が奇跡を起こす。

──さっき話に出たLAUSBUBもそうですけど、パソコン音楽クラブに憧れて音楽を始めた下の世代が、これからどんどん世に出てくると思うんです。後続に影響を与える立場になってきたというか。

柴田 Maltine Recordsのイベントに出たら中堅みたいな扱いになってて「怖!」って我に返りました(笑)。自分のことまだ22歳くらいだと思ってたのに、いつの間にか28歳になってて「マジかよ」って。

西山 LAUSBUBにしろMaltine Recordsの若いトラックメイカーにしろ、曲として革新性があるし、サウンドデザインに次の時代を感じさせる人が多いんですよ。だから新しい音楽は僕たちじゃなくてそういう世代が引っ張っていくんだろうなという気がするし、「じゃあそういう中で、自分たちの存在意義って何かな?」って考えちゃうんです。で、それはもしかしたら「1曲だけでは表現できない世界観」「アルバムを聴くという体験」だったりするのかもしれないなって。

柴田 作り終えてから何回もこのアルバムを聴いてるんですけど、「新しい!」みたいなことではない別のよさがあるなと感じたんです。このアルバムには“既存の音楽の構成要素にはあまりない何か”のパラメータがあるような気がして。いい内容になったと我ながら思うし、作ってよかったです。

左から柴田、西山。

左から柴田、西山。

公演情報

パソコン音楽クラブ アルバムリリースパーティー「FINE LINE」(クラブツアー)

  • 2023年6月2日(金)京都府 METRO(ナイト)
  • 2023年6月9日(金)北海道 Sound Lab mole(ナイト)
  • 2023年6月16日(金)静岡県 Freakyshow(ナイト)
  • 2023年6月23日(金)愛知県 CLUB JB'S(ナイト)
  • 2023年6月25日(日)広島県 音楽食堂ondo(デイ)

パソコン音楽クラブ アルバムリリースパーティー2023「FINE LINE」~Green Boy Festival~(LIVE SET)

2023年6月30日(金)大阪府 心斎橋SUNHALL
OPEN 17:30 / START 18:30
<ゲスト>
in the blue shirt / 髙橋芽以(LAUSBUB) / 林青空 / The Hair kid(Milk Talk)


2023年7月8日(土)東京都 WWW X
OPEN 17:30 / START 18:30
<ゲスト>
髙橋芽以(LAUSBUB) / MICO(GIRLS FIGHT CLUB、ex.SHE IS SUMMER) / 林青空

プロフィール

パソコン音楽クラブ(パソコンオンガククラブ)

柴田と西山によって2015年に関西で結成されたユニット。Roland・SCシリーズやヤマハ・MUシリーズなどの1990年代のハードウェア音源モジュールを用いたサウンドを特徴とする。2018年6月にリリースした初の全国流通盤となるフルアルバム「DREAM WALK」が話題を集め、2019年9月発売の2ndアルバム「Night Flow」は「第12回CDショップ大賞2020」で入賞。アニメ「ポケットモンスター」のエンディングテーマを制作するなど、外部アーティストへの楽曲提供やリミックスでも個性を発揮している。2021年10月には3rdアルバム「See-Voice」を発表。2022年には「KICK&GO(feat. 林青空)」「SIGN(feat. 藤井隆)」といったポップチューンを配信シングルとしてリリースし、2023年よりクラブトラックアレンジの音源をまとめたEP「DEPOT」シリーズの配信も開始した。2023年5月にアルバム「FINE LINE」を発売。同作のリリースパーティとして6月に5都市でクラブツアーを行い、6月30日に大阪・心斎橋SUNHALL、7月8日に東京・WWW Xでライブを開催する。