折坂悠太「朝顔」インタビュー|あらゆる隔たりを越えて、鳴り響く願いの歌

折坂悠太が3月10日にミニアルバム「朝顔」をリリースした。

表題曲「朝顔」は2019年8月に配信リリースされた、折坂が初めてドラマ主題歌として制作した楽曲。これまでの折坂の作品とは異なるアプローチが用いられ、より幅広い層からのポピュラリティを獲得した、彼にとって転機となった1曲だ。ミニアルバムにはこの「朝顔」を中心に据えながら、沖縄民謡「安里屋ユンタ」のカバーやインスト曲「のこされた者のワルツ」、同ドラマの挿入歌「鶫(つぐみ)」など、さまざまなタイプの楽曲が収録されている。

本作の発売を記念して、音楽ナタリーでは折坂にインタビュー。ミニアルバム「朝顔」の話を中心に、昨年発表されたbutajiとのコラボ曲「トーチ」や、アートワークも話題となった「Wadachi2020」についての話も交えつつ、楽曲制作の背景や創作活動に対する姿勢について語ってもらった。

取材・文 / 石井佑来 撮影 / 清水純一

ドラマ主題歌と普段の活動の橋渡し

──今回発売のミニアルバムには、2019年8月に配信リリースされた楽曲「朝顔」が表題曲として収録されます。約1年半越しにこの楽曲をCD化することになった経緯はどういったものだったのでしょうか。

折坂悠太

「朝顔」はドラマ「監察医 朝顔」の主題歌ということもあって、今まで自分が活動していたフィールドとは違うところでも聴かれていたんですけど、思っていた以上に今でもCDで音楽を聴く人が多いみたいで。「CDはないのか!」ってすごい言われたんですよ(笑)。そのことがずっと頭に残っていて。それで今回「監察医 朝顔」の2クール目の放送に合わせて、CDという形で出すことにしました。

──シングルではなくミニアルバムという形を選んだのはなぜでしょう。

「朝顔」はドラマのために書いた曲だということもあって、自分のレパートリーの中で浮いている存在という気がしていて。なので、「朝顔」の周りを埋めていくような感覚で、対句みたいな曲を作りたかったんです。そのためにはミニアルバムという形が一番適しているのかなと。

──確かに「朝顔」を初めて聴いたときは、今までの折坂さんの楽曲の延長線上にありながらも、また別のギアが入った楽曲だなというのを感じました。Aメロ、Bメロ、サビがハッキリした構成や、サビの大胆な転調、ストリングスの使い方といった部分が、それまでの折坂さんの楽曲とまた違う印象で新鮮だったのですが、そのあたりを改めて振り返っていかがですか?

やっぱりドラマの主題歌なので、サビのようなものはマストだと思っていて。ジャズでもブルースでも、どんな音楽でもそうだと思うんですけど、いわゆるJ-POPにも型みたいなものがあるんですよね。Aメロ、Bメロ、サビという構成は、俳句でいうところの五七五みたいなものだと思うので。なおかつそこにストリングスを加えると、よりJ-POPらしくなる。この曲に関しては、今まで自分がやってきたことを押し通すのではなくて、そういうJ-POP的なマナーにのっとったうえで、自分の個性を打ち出せたら理想的だなと思っていたんです。

──そういう意味で言うと、曲の最後の展開は折坂さんの色がものすごく濃く出ていますよね。

そうですね。結局ドラマには使われなかったですけど(笑)。最後の部分は、自分の個性を担保する意味合いもあったのかなと思います。自分が活動を始めてまだ間もない頃に、GONTITIの三上さん(ゴンザレス三上)のラジオに出していただいたことがあって。そのときに、「これからいろんな要望がたくさん来るだろうし、大変だと思うけど、その中に自分の個性のようなものを入れ込む術を模索してください」というメッセージをいただいたんですよ。それが心の奥底にずっと残っていて。J-POP的な作品を作るにしても、今まで自分がやってきたことを薄めてしまうのではなくて、自分の強烈なクセみたいなものを入れ込まないとダメだなと思って、最後の展開を作りました。

──Twitterなどでも「初めてフルで聴いたけど後半こんな展開なんだ」という意見をたまに見かけます。

折坂悠太

そうなんですよ(笑)。後半の展開については、意見が分かれているのが面白くて。以前から僕の曲を聴いてくれている人は「折坂さんらしくて安心しました」と言ってくれるんですけど、初めて僕の曲を聴いた人からは「この部分いる?」と言われることもあります(笑)。そういうのは単純に面白いですね。みんながなんとなく「いい曲だな」と思うより、そういう“事件”みたいなものがあるほうが面白い。

──「監察医 朝顔」ではシーズン1に続きシーズン2でも主題歌として使用されていて、シーズン2は2クールにわたって放送されています。ここまで長期的に、主題歌としてお茶の間に流れ続けているのはどのような感覚ですか?

すごいことだと思うし、とてもうれしいんですけど、それにしてはまだまだ認知されてないなというのは正直なところありますね。この曲を入り口に僕の音楽に興味を持ってくれても、普段僕がやっている音楽を好きになってくれるかというと必ずしもそうではないので。「折坂悠太はこういう音楽をしている人」というのがわかりづらいんでしょうね。

──「朝顔」に加えて新曲「鶫(つぐみ)」も挿入歌としてオンエアされ始めたので、この曲が加わることでまた反響が増える可能性もありますよね。

そうですね。「鶫」もそうですけど、今回のアルバムは「朝顔」と普段自分がやろうとしていることの橋渡し的な存在になってほしいと思って作ったので、なんとかその2つが結び付いてくれるといいなと思います。

クセの強い人たちと作りたかった

──今回のミニアルバムは、全体的に今までになくストリングスが前面に出ていますよね。このあたりのアレンジの変化については、どういった背景があったのでしょうか。

2018年に「平成」というアルバムを出したときから、ストリングスを入れるときは波多野敦子さんにお願いすると決めていて、「朝顔」を作るときもお願いしたんですよ。そのときに初めてがっつりストリングスを基軸としたものを作って、いろんなアプローチを試したんですよね。そのときの手応えが残っていて、弦楽の質感みたいなものでいろんな表現ができないかとずっと考えていたんです。それがようやく実現したのが今回のアルバムですね。なので、このアルバムについては波多野さんと一緒に作り上げた作品だという意識がけっこう強いです。

──アレンジで言うと2曲目の「針の穴」に関しては、あだち麗三郎さんの手数の多いドラミングもとても印象的です。あだちさんは以前のろしレコード(折坂悠太、松井文、夜久一からなる音楽ユニット)で出したアルバムにも参加されていました。

のろしレコードのときもそうなんですけど、あだちさんとは音に対する感覚が合うんです。あだちさんはバッチリ決まったリズムで演奏するというタイプではなくて、揺れがあるんですけど、その揺れが僕の歌にすごく合っている。このアルバムも決まりきったリズムじゃなくて、そういう揺れの中から何かをつかむような作品にしたいなという思いがあって。今はボーカロイドや打ち込みの音楽が流行っていますけど、あれはリズムやピッチをそろえるのが気持ちいい音楽だと思うんです。それはそれでカッコいいし生演奏でそんなことができたら面白いんですけど、僕はそんな歌い方は絶対にできないので(笑)。それだったらいっそ逆の方向に振り切って、揺らぎの強い作品にしたほうが面白いんじゃないかと思ったんです。そこにはあだちさんの力が必要だったので、今回もお誘いしました。

──今作は波多野さんやあだちさんを含めた周りのミュージシャンと一緒に、ある意味バンドのように作り上げた作品だという感覚が強いんでしょうか。

その感覚は強いですね。今回参加してくれた人たち、みんな変な経歴をたどっているんですよ(笑)。波多野さんはもともとハードコアにすごく入れ込んでいた人だったりして。そこに対して、僕の中で信用みたいなものがすごくあるんです。今回のアルバムはドラマの曲が2曲入っているので、今まで自分の音楽を聴いてきた人と全然違う層の人が聴いてくれるかもしれないという希望があるんですけど、かといってそういう人たちが求めるものに寄せすぎるのではなくて、自分が信頼するクセの強い人たちと作りたかったんです。