OGRE YOU ASSHOLE特集|新作EP「家の外」で描く、“待つ対象の不在”と“宙吊り的な感覚” (2/2)

“待つ”というモチーフとは?

──EP収録曲のタイトルや歌詞には、「待ち時間」「まだ来ない」「ただすわって まだ待った」「放置されたまま 長い間ここで 待ち続けている」など“待つ”というモチーフが頻出しますが、これはずばり、誰が何を待っているんでしょうか?

出戸 それが自分でもよくわからないんです。「よくわからないまま待ち続けている状態」そのものを歌っているというか。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

──待っている対象が、いいことなのか悪いことなのかもよくわからない?

出戸 そうですね。勝浦さんにこの“待つ”というモチーフの話をしたときに面白い話をしてくれたんですよ。

勝浦 なんだっけ?

出戸 不条理劇の類型の話。

勝浦 ああ、そうだったね。以前、平田オリザさん演出の演劇を観に行ったとき、終演後の質疑応答で、ある観客が「今日の舞台はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を下敷きにしているんですか?」と質問していて、それに対して平田さんが「不条理劇の類型というのは限られていて、1つはサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』の“待つ”型、もう1つはフランツ・カフカ『変身』の“変身”型がある」と言っていて、なるほどなと思ったんです。

出戸 その話を勝浦さんから聞いたときにはすでにEPの歌詞はできていたけど、自分も“待つ”というモチーフを、特定の何かを想像させるとか、何かが現れる状態を期待しているのとは無関係に、ある種の心の形として捉えていたんだなと腑に落ちたんです。

──「ゴドーを待ちながら」は、最終的にゴドーが具体的にどんな人物なのかもわからないし、結局は来ないんですよね。

出戸 そうそう。

勝浦 SFミステリーの映画でも、宇宙人がまだ出てこない、存在を匂わせている段階が一番怖くて、いざ宇宙人が姿を現すとしょぼくて途端にがっかりするのはよくありますよね(笑)。つまり、実際に待っている対象が来てしまうと、すべてが着地してしまう。

──“待つ”という心の在り方の宙吊り感こそが、物語を醸成するということ?

出戸 そうかもしれないです。誰しも普遍的にその“宙吊り的な感覚”を恐れたり、それに惹かれたりすることってあると思うんです。自分でもなぜそうなのかわからないけど、作ってるときに“待つ”という感覚に惹かれていった。柴崎さんが書いてくれたライブレポートの中にあった「シンギュラリティの到来を待つ人間」という読みは、確かになと自分でも納得したけど、歌詞を書いているときには何も考えていないというのが正直なところで(笑)。「家の外」の歌詞に出てくる“中身が樹脂でできているフェイクの犬”も、何かの暗喩のつもりではないんですよね。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。
左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

出戸学が紡ぐ、“着地しない”歌詞世界

──出戸さんの書く歌詞は抽象的な分、ある種の精神分析的な読みを誘発する力が備わっていると思うんです。

勝浦 ああ、確かに。自由連想法的な……。出戸くんの歌詞を見ていると、「意識に邪魔されていない」というか、それがすごくいいなと思う。意識的に論理に基づいて書いちゃうと、ある地点に言葉が着地してしまうじゃないですか。そういう言葉の連ね方をするのなら、そもそも音楽とは別の形でもいいのであって。出戸くんも昔は“着地させない”ための方法として、意味の通らないデタラメ言葉を使っていたと思うんだけど、ここ数年、言葉自体は既存の語句なのに、並べたときにどこかモヤっとしているという手法が確立されてきている感じがしますね。

出戸 歌詞を書いていると、突然パッとハマる言葉があるんですよね。前後の文と意味的に整合するとかそういうことじゃなくて、ああだこうだやっているうちに、不思議と「あ、これだ」という言葉が見つかる。そういうときは、「前の歌詞のよくない部分がこれでようやく直った」と思うんだけど、具体的に何が直ったのかは、自分でもよくわかっていないんですよね。

──待つ対象の非明示という話や、特定の意味を背負わない言葉のモチーフという話は、アルフレッド・ヒッチコックが提唱した“マクガフィン”の概念を思わせるものがありますね。映画の中で登場人物たちが何か非常に重要らしいある事物(マクガフィン)を巡って争ったり必死になっているんだけど、あくまでプロットを駆動させる便宜上の存在であって、それ自体が具体的にどんなものであるかは謎に包まれている。もっと言えば観客にとってもそれが具体的になんであるのかは本質的な問題でない、という。

勝浦 あー、それは面白いですね。その話で思い出したけど、以前、クエイ兄弟(ブラザーズ・クエイ)の「ストリート・オブ・クロコダイル」というストップモーションのアニメ作品を観たんです。はっきり言ってなんだかよくわからない作品なんだけど、音声解説付きで観てみると、作り手である本人たちもいったい何を目的に作品が進行しているかよくわかっていなくて。あくまで「このショットがいい」とか「この構図がやりたかった」みたいな話をしていたんです。それを観て、「ああ、こちらもわからないまま観ていいんだ」と思ったんですよ。たぶんそれと一緒で、オウガの曲もわからないまま聴いていいし、そういう感覚が初めから内在している気がしますね。

出戸学(Vo, G)

出戸学(Vo, G)

勝浦隆嗣(Dr)

勝浦隆嗣(Dr)

この世とあの世の中間にあるような音を

──これは私が昔から感じていたことなのですが、オウガの曲と歌詞って、なにがしかの映像なり風景を喚起させる力がすごく豊かだと思うんです。出戸さんは具体的に何かの風景を思い描きながら歌詞を書くことはありますか?

出戸 「家の外」は明確なイメージがありました。小学生の頃、友達の家の前で待たされていて、ふと庭に目をやると樹脂でできた犬の置物があって、芝生も人工で……なんだろうこの不思議な風景は?みたいな(笑)。

勝浦 知らない間に身の回りを人工物で取り囲まれていたっていう、ディストピアSF的な不気味さもありますね(笑)。

──その“不気味さ”もEPの重要なモチーフになっているように感じます。

勝浦 確かに。個人的に、ここ最近の理想として「この世とあの世の中間にあるような音を出したい」という思いがあるんです。それはもしかしたら言語的なイメージにも通じているのかも。確信めいた言葉や“待つ”対象が明示されているわけではないけど、ぽっかりと開いているその穴に“こちら側”と“あちら側”の谷間が覗くというか。もちろん、実際にやろうとするとすごく難しいから、あくまで理想なんですけどね。

──いわゆるスピリチュアルなものにも興味があったりするんでしょうか?

出戸 うーん、本屋のスピリチュアル系の棚に置いてあるようなのは全然興味ないけど……音楽的なスピリチュアル体験には興味ありますね。それこそ以前、勝浦さんが“波”を体験したと話していて。

勝浦 ああ、リー・ペリーのライブのときの話ね。ライブを観ていたら、ステージのほうから明らかな“波”がやってきて、全身でそれを感じるっていう体験をしたんです。グルーヴというのはなんとなく概念としてわかった気になっていたけど、リー・ペリーのライブを観て「これが本当のグルーヴというものなんだろうな」と初めて体で理解できた。比喩ではなく、本当に“波”そのものがやってきて、心と体の中間みたいな領域をぐっと揺らされる感覚でした。今思えば、一種の催眠にかかっている状態なんですよね。催眠術と言うと馬鹿にする人もいるけど、その催眠にかかっている人からすると、そこで起きているのは紛れもない事実なんですよ。昔の人が魔法を信じていたっていうのも、そういうことだと思うし、魔法を信じている人にとってそれは実際の体感として存在するものだったわけで。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

──プラシーボや「予言の自己成就」といったような現象も、魔法の一種と考えられるかもしれないですよね。

勝浦 そう。だけど、それらの用語も結局は現代の人間が外側からそう名指しているだけであって、個別な経験としての神秘体験というのは紛れもなく“実在”するんですよね。どんなに科学が発展して客観的な著述能力が上がろうと、そのことは変わらない。

──リー・ペリーのライブで体感したような音を、オウガでも出してみたい?

勝浦 それはもう、本当に理想ですけどね。

──オウガの圧倒的なライブを体験したことがある人なら、その“波”の感覚は理解できるかもしれません。

勝浦 いやー、どうなんでしょう。

──皆さんのライブ観ていると、終盤へ向けてどんどん盛り上がっていって、徐々に恍惚的な領域に入っていく感覚を覚えるんですが、ステージで演奏している当人としてはどういう状態になっているんですか?

出戸 あんまり何も考えてない気がするな。

勝浦 そうだね。逆にいろいろなことを考えてしまっているときは、ライブがうまくいっていないんだと思う。うまくいっているときは、お祭りとかでトランス状態になっているのに近いのかな。

出戸 なんだろう……最近読んだ郡司ペギオ幸夫さんの「やってくる」という本で語られている体験にも近いのかもしれない。

勝浦 あー、それこそ郡司ペギオ幸夫さんはリー・ペリーの“波”のような体験を数々している方で、それを文章にしているんですよね。下宿先で寝ていたら、オペラの音が聞こえてきた……みたいな。もちろんドラッグ体験記ではないし、瞑想や精神疾患を通じて体験したことがつづられているわけでもない。彼は理論を経て何かに着地するような考え方は人工的で、自らを委ねて外部から“やってくる”ものを知るという在り方を“天然知能”と言っているんです。これは、めちゃくちゃいい本ですよ。僕は書いてあることの2割も理解できてないけど、すごいことが書いてあることは伝わってくるから読んでいて面白いです。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

左から勝浦隆嗣(Dr)、出戸学(Vo, G)。

ライブ情報

OGRE YOU ASSHOLE LIVE 2023 TOKYO/OSAKA

  • 2023年12月1日(金)大阪府 Shangri-La
  • 2023年12月16日(土)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

OGRE YOU ASSHOLE(オウガユーアスホール)

出戸学(Vo, G)、馬渕啓(G)、勝浦隆嗣(Dr)、清水隆史(B)の4名からなる、メロウなサイケデリアで多くのフォロワーを生むライブバンド。2000年代のUSインディーとシンクロしたギターサウンドを経て、石原洋のプロデュースのもとサイケデリックロックやクラウトロックなどの要素を取り入れた「homely」「100年後」「ペーパークラフト」のコンセプチュアルな三部作で評価を決定づける。2010年には全米、カナダ18カ所を回るアメリカツアーに招聘される。2016年には初のセルフプロデュースに取り組んだアルバム「ハンドルを放す前に」を発表し、バンド独自の表現を広げることに成功した。2018年には東京・日比谷野外大音楽堂でワンマンライブ「OGRE YOU ASSHOLE at 日比谷野外大音楽堂 - QUADRAPHONIC SOUND LIVE -」を開催し、2019年には最新アルバム「新しい人」、2020年には「朝」のリミックスバージョンを2曲収録した「朝(alternate version) / (悪魔の沼 remix)」を発表した。2023年3月には東京と大阪で開催されたワンマンライブ「OGRE YOU ASSHOLE LIVE 2023 TOKYO/OSAKA」の会場で新作EP「家の外 e.p.」のCDを先行販売。「家の外 e.p.」は6月に配信リリースされ、9月に12inchアナログおよびCDで一般発売された。