OGRE YOU ASSHOLEの新作EP「家の外 e.p.」の12inchアナログおよびCDの一般販売が、9月6日にスタートした。
「家の外 e.p.」は、オウガが今年3月に東京と大阪で開催したワンマンライブ「OGRE YOU ASSHOLE LIVE 2023 TOKYO/OSAKA」の会場で先行販売され、6月に各サブスクリプションサービスでの配信がスタート。これまでにも増して大幅に電子楽器を取り入れたサウンド、ミニマルかつ不気味なポップさを湛える実験的な内容がすでに話題となっている。
音楽ナタリーでは、圧倒的なパフォーマンスで好評を得ている近年のライブのモードが濃密に反映された本作の制作背景について、12月に東京と大阪で年末恒例の単独公演の開催を控えるオウガから出戸学(Vo, G)と勝浦隆嗣(Dr)に話を聞いた。
取材・本文 / 柴崎祐二撮影 / kokoro
ライブを通してミュージシャンである自覚を得ていた
──前作「新しい人」のリリースが2019年9月。その後半年を経て世界はコロナ禍に突入していったわけですが、皆さんはどんなふうに過ごしていたんですか?
出戸学(Vo, G) ライブもないので人に会う機会が完全になくなって、基本的にずっと家にいました。けど、都会住まいじゃないので普段からあまり人に会う生活をしていなかったこともあって、抑圧されているという意識はそこまでなかったですね。
勝浦隆嗣(Dr) リモートでバンドの練習をやったりもしたよね。みんなで回線をつないで。
出戸 そうそう。リモートセッション専用のソフトを試してみたんですけど、全然面白くなくてすぐ飽きちゃいました(笑)。
──ライブができないことにフラストレーションを感じたりは?
出戸 フラストレーションというより、ライブをしないことによって自分のアイデンティティがなくなっていくような感覚がありました。ライブで人前に立つことによって「自分はミュージシャンである」という意識を得ていたんだなと気付いたというか。ライブがないと、「なんとなく宅録をしているおじさん」というぼんやりしたアイデンティティしかなくなっていくんです……(笑)。
──コロナ禍になんらかの作品を出そうとは思わなかったんですか?
出戸 実は今回のEPには入っていない、ゆるめの歌モノっぽい曲のデモがいくつかあったんです。けれど、結局ボツにしてしまいました。僕らはいつも東京のスタジオでレコーディングしているので、コロナの最中ではそれが難しかったんです。そうこうしているうちに自分たちの中でも曲の旬が過ぎてしまって。
電子音を大幅に導入したオウガの最新モード
──いつ頃からEPの制作を始めたんですか?
出戸 去年の夏から家でデモを作り始めて、12月からレコーディングに取りかかりました。
──本作を聴いてサウンドのモードがまたガラッと変化したように感じました。聞くところによると、去年の「FUJI ROCK FESTIVAL」でのライブが起点になっているそうですね。
出戸 はい。深夜のRED MARQUEEに出演したんですけど、あの環境とお客さんなら何をやっても面白がってくれるだろうという信頼もあって(笑)、電子音を大幅に導入した長尺演奏をやったんです。ここ最近のライブも、あの日のRED MARQUEEほどではないにせよ、基本は同様のセットを引き継いだものですね。
──私も今年3月の単独公演を拝見してレポートを書かせてもらいましたが(編集部注:Qeticに2023年4月に掲載されたライブレポート「『何かがおかしい』──OGRE YOU ASSHOLE、2023年3月18日東京ワンマンライブの違和感を言語化する」)、正直その変貌ぶりに驚きました。これまでもシンセサイザーを導入してはいたけど、あそこまでアンサンブルの中核的な存在として扱うことはなかったですよね。
勝浦 コロナ禍に出戸くんがそのあたりの機材を大量に買ったのが一番のきっかけですね。僕も昔から機材をいじるのは好きだったんですけど、あるときにほとんど処分しちゃったんです。けど、出戸くんに触発されたのもあって、コロナ禍で一気に機材熱が再燃して(笑)。僕らが集めているのは、モジュラーシンセサイザーだったり、ほとんどがアナログの電子楽器なんです。“電子的だけど有機的な音”がすごく好きなんですよね。生楽器と一緒に使うことにちゃんと意味がある音を目指したくて。
出戸 デジタルの音は自然な揺らぎがなくて、ちょっと整理されすぎている気がするんです。
──サウンド的にも1970年代のジャーマンエレクトロとか、ああいったものが連想されます。
出戸 その影響はやっぱり大きいと思います。1970年代後半のKraftwerkの音とか……。
勝浦 個人的には、1960年代初頭から1970年前後の電子音楽、例えばモートン・サボトニックとか、「サンフランシスコ・テープ・ミュージック・センター」(編集部注:1962年にアメリカ・サンフランシスコで設立された施設。電子音楽のスタジオおよびコンサート会場として運営された)周辺の前衛的な作品がとても好きでよく聴いていました。
──そういう時代の電子音楽のプリミティブな音色と、ジャーマンロック的な反復感を感じさせつつも、近年のクラブミュージック的な感覚はそこまで色濃くないというのも今作の特徴だと思います。
勝浦 純粋なクラブミュージックというのはあんまり聴かないんですよね。性格的に自分でもできないし、下手に手を出しても火傷してしまう(笑)。
勝浦隆嗣のドラムと電子音楽の関係性
──一方でタイトル曲「家の外」では、アーサー・ラッセル的なディスコパンク要素を感じたりもしました。
勝浦 それはたぶん、馬渕(啓 / G)くんが持ち込んだ要素だと思います。彼はアーサー・ラッセルが好きですから。でも実際、機械が作り出す反復に体感的な喜びを感じるというのは演奏中も大いにありますね。
出戸 勝浦さんのドラムと電子音楽の関係性は本当に面白いと思います。ドラムなしでただ電子音が鳴っているだけだと当然スクエアに聴こえるんだけど、そこに勝浦さんの肉体的なドラミングが合わさることで、全体が有機的な音になるんですよ。
──ライブ演奏はもちろん、録音物である今回のEPでもそれは強く感じました。
出戸 ただシーケンサーを走らせているだけだと、最初の20秒くらいを聴いただけで「あ、これはこの先何も変わらないな」と感じるけど、ドラムが入ってくると途端に揺れとダイナミクスが出てくる。
──機械と人間のドラミングの融合というと、偉大な先例としてYMOが思いつきますが、何か影響は受けていますか?
勝浦 うーん……幼稚園の頃、エレクトーンの発表会で「ライディーン」を聴いて大好きになりましたけど(笑)、その後はまったく聴いてこなかったですね。
──オウガとYMOの違いを乱暴に言えば、オルタナティブロックバンドであるかどうか、ですよね。きっと。
出戸 あー、はい。
──オルタナティブロックって、なんだかんだ言いつつも、最終的には人間の肉体とそれによるアンサンブルが基軸にある存在だと思うんです。そういう点で、昨今のオウガの作品やライブはどんどん機械に接近していっているわけで、自ら矛盾を推し進めていると言えるかもしれない……。
出戸 確かに(笑)。けど、勝浦さんのプレイを近くで見ていると、やっぱり肉体性が半端ないんですよね。なんなら4人だけでやっているときより、シンセサイザーも加えて演奏しているときのほうが肉体的なんですよ。
──なんなんでしょう。「ドラム演奏で機械を制圧する」という感じなんですかね?
勝浦 むしろ「機械のようになりたい」というのが近いかもしれない(笑)。
出戸 その一方で、Kraftwerkみたいなロボット的な身体性に寄っていくというのとも違って、むしろ野性化しているんですよね。
──“人間性”のようなものを超えていきたいという感じなんでしょうか。“野生”と“機械”は、人間の肉体性の限界を超えうるという点では、むしろ近しい概念ですらあり得る?
勝浦 どうだろう……例えば、集団で演奏する民族音楽に近いのかもしれない。個人じゃなくて、集団で没我的に演奏しているうちに“人間”という枠組みが溶けていくというか。ああいう状態も、ある意味では“機械的”と言いうると思うんです。人間として頭を使っていない状態というか……。
──今後、例えば高度な音楽生成AIを楽曲制作に使ってみようという気はないんですか?
出戸 まだ一度もそういうソフトは使ったことないし、今のところ使うつもりはないですね。自分たちの聴きたい、やってみたい音楽を出力させるとして、どういうプロンプトを打ち込めばいいのか、まずそこがわからないというのもあって。それと、これはすごく実務的な問題なんですが、OGRE YOU ASSHOLEの「ASSHOLE」という単語が倫理規定みたいなのに引っかかっちゃうんです。試しにChat GPTに「OGRE YOU ASSHOLEっぽい新曲のタイトルは?」とか打ち込んでも、エラーが出ちゃって(笑)。
勝浦 バンド名がそもそものネックになっているという(笑)。
次のページ »
“待つ”というモチーフとは?