オタクとしての私の曲
──3曲目は既発のシングル曲「彩 -color-」ですが、これはアルバムの中ではどういう感情を担う楽曲として置かれているのでしょうか。
基本的にはシングルとして作っていたときの意味合いと変わらないんですけど、周りの人への感謝とか、ファミリー的な意味での温かい愛情ですね。
──次の「魔法」は堀江晶太(PENGUIN RESEARCH)さんの作編曲で、シングルになってもおかしくないキャッチーでソリッドなロックですね。冒頭のエコーがかかっていない声の生々しさは、ジャケットのビジュアルイメージにも近い感じがします。
そうですね。生身な感じ。これは「ヒーロー」「憧れ」「超えられない壁」というイメージを投げたんですけど、テーマとしてはあとで「オタク」というものを足しました(笑)。昔大好きで熱中した作品、それに関わっていた声優さんやスタッフさんに向けるオタク的な憧れの気持ちを、このサウンドになら込められるなって。声優のお仕事をする前から憧れていた大先輩とご一緒する機会もあるんですけど、いつも「敵わないなあ」と思うし、いつか追い付きたいけど「いつまでも上にいてくれることがうれしい」と心のどこかで思っていたりして。これはオタクとしての私の曲です。自分としては、そのテーマを足したことで深みが増したというか(笑)、意味合いがより強くなりました。
──ラブソングのようにも受け取れるけど、ポジティブなメッセージソングのようでもある。
私のヒーローへの愛を歌った曲です。
──5曲目の「グッバイ」は「This Kiss」ともまた違うハウス路線で、ほのかにオリエンタルな雰囲気が漂う、切なさも感じる曲です。
テーマとしては「卒業」や「別れ」で考えたんですけど、どちらかと言うと前向きな曲にしたくて。一歩先に進んだという意味での「昨日の自分との別れ」とか「自分からの卒業」というイメージですね。歌の中では恋人と別れているけれど、別れたことによって今までと違う道を歩んでいくんだぞという前向きな姿勢、ある意味すがすがしい気持ちでいるような。最初はもっと別れに寄った歌詞だったんですけど、「後ろを向いていたくはないんです」とお話しして、少しだけ変えてもらったんです。
感情をさらけ出した3曲
──アルバム冒頭からここまで、形は違えど根幹にはどれもポジティブなマインドが流れてるんですよね。なので1曲目から順に聴いて「沼倉さんは今そういうモードにいるのかな」と感じたんですが、次の「Don't back」から少し様子が変わってくるというか、ちょっと攻撃的なダンスサウンドで。
これは「情熱」「闘志」「負けず嫌い」がテーマですね。大人ですから、あまりムキになって感情を出すようなことはないですけど、なんだかんだで誰しもなれるなら一番になりたいんじゃないかな?という歌を作りたくて。さっきテーマから想像していなかった曲が上がってくることもあったと言いましたけど、この曲は意外だなと思ったうちの1つです。このテーマだとゴリゴリのロックが来るかなと思っていたけど、静かに燃えている感じというか。イメージとは違ったものの「これはいいかもしれない」と思って、そのまま作っていきました。
──狙い通りの想定外が。
はい。とがった感じはあるけれど、風を感じるというか(笑)。凍えるようなものではなく、熱を感じる風が吹いている。私の枠の中では作れなかった曲なので、けっこう気に入っていますね。
──このムードがうまく既発曲の「Desires」にもつながっている感じがあるんですよね。あらかじめ想定していたかのように。
そうなんですよね。「Desires」はそのまま「欲望」がテーマで、あれが欲しいとかあれが食べたいとか、日々隠すことのできない感情を表現した曲で。実はこの曲を作ったとき、「あっ、作っちゃった……」と思ったんですね。
──作っちゃった?
「Desires」にいろんなことが詰まりすぎちゃっていて、全体で自分を表現するつもりのアルバムのバランスが崩れちゃうんじゃないかなって。でも結果的にはアルバムの中でいい味を出してくれる役に収まった気がします。
──さらに8曲目の「夜と遠心力」まで、サウンド面でも感情面でもうまくつながっているように感じました。マイナーコードでヒリついた感情的な楽曲が並ぶゾーンというか。
だんだんさらけ出しているような流れになったかなと思います。「夜と遠心力」が一番の難産だったかな。「孤独」と「憎しみ」がテーマなんですけど、最初はちょっとおしゃれな曲が上がってきたんです。自分としてはアルバムの中でも一番ドロドロしたところを表現したいテーマなので、「もっと剥き出しな、なりふりかまわない感じがいいんです」とお話しして、作り直してもらいました。もっと感情が不安定な感じがあったほうがいいかなと思って、ノイズをちょっとうるさめに入れてもらったり。
──今回のアルバムにはこの曲のノイズをはじめ、「This Kiss」の車の走行音や次の「まどろみ」の雨音など、何カ所か環境音のようなものが入っていますよね。
「夜と遠心力」以外は私からのアイデアではないんですよ。作家さんやプロデューサーの中にもそれぞれ考えるシチュエーションがあって、それに合わせたアイデアだと思うんですけど。
──あと「夜と遠心力」は歌詞の字面も迫力がありますね。アルバム前半と同じ人だとは思えないほどで、1人の心の中を表現したアルバムだと考えたら、ずいぶん起伏に富んだ人だなと。
あはは(笑)。この曲はテーマがテーマなので、中途半端なものだと聴き手も困惑するだろうなと思ったんです。やるなら突き抜けないと、と思ってこだわらせていただきました。おかげで今までにないアプローチができたかなと思います。
本当に何も考えていない、ありのままの私
──そして9曲目「まどろみ」は沼倉さんの声とアコースティックギターがノンエコーの生々しい音で鳴る、すごく新鮮な曲でした。中盤から一転して深いエコーがかかり、雨音やコーラスなどが加わって、最後はまた生々しい音に着地するという。
流れとしては、手前の3曲ですべて出し切ったあと、もう何も考えずに寝るだけみたいな(笑)。テーマはタイトルそのまま「まどろみ」で、サウンド的には前からやりたいと思っていたものなんです。楽器の数も少なくて、声もあまり張らずにさらっと歌うような、肩の力を抜いた歌が歌いたくて。これがジャケットのイメージに一番近いかもしれないですね。本当に何も考えていない、ありのままの状態の私。アコースティックギターの音色が私は大好きなので、すごく気に入っています。
──この穏やかな流れは次の「SWAY」まで続きます。こちらは丁寧に作り込まれた直球のラブソングという印象で。
テーマは「日常」で、本当にありふれたことを幸せに思う気持ちや、当たり前に持っているけど実は大切なもの。そういう幸福感を歌っています。シチュエーションとしては、大切な人と手をつないで帰るだけなんですけど、そういう何気ない感じが入れられたらいいなと思って作りました。
──優しい曲なんだけど、ずっしりとした重みも感じるんですよね。
メロは優しくてアンニュイなんですけど、アレンジは少し強い前向きなイメージでお願いしていて、そのへんのバランスが絶妙なのかなと思います。歌詞は最初に上がってきたものより少し幸せ感を増すように変えてもらいました。
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愛しちゃったんだから行くしかない
- 沼倉愛美「アイ」
- 2019年2月20日発売 / FlyingDog
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初回限定盤 [CD+Blu-ray]
3780円 / VTZL-155 -
通常盤 [CD]
3240円 / VTCL-60482
- CD収録曲
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- Benvenuti[作詞:沼倉愛美 / 作曲:白戸佑輔 / 編曲:前口渉]
- This Kiss[作詞 : MCTC / 作曲・編曲:TAKU INOUE]
- 彩 -color-[作詞:沼倉愛美 / 作曲:WEST GROUND / 編曲:ZAI-ON]
- 魔法 [作詞:ZAI-ON / 作曲・編曲:堀江晶太]
- グッバイ[作詞:小久保祐希 / 作曲:小久保祐希、Kohei Yokono / 編曲:Kohei Yokono]
- Don't back [作詞:松原さらり / 作曲:内藤英雅 / 編曲:中野領太]
- Desires[作詞・作曲:ZAI-ON / 編曲:WEST GROUND]
- 夜と遠心力 [作詞:國土佳音 / 作曲・編曲:小山寿]
- まどろみ[作詞:Giz'Mo(Jam9) / 作曲:ArmySlick、Giz'Mo(Jam9) / 編曲:ArmySlick]
- SWAY[作詞:Haggy Rock / 作曲:原田アツシ]
- アイ[作詞:沼倉愛美 / 作曲:高橋亮人 / 編曲:WEST GROUND、高橋亮人]
- 初回限定盤付属Blu-ray収録内容
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- 「彩 -color-」Music Video
- 「Desires」Music Video
- 「アイ」Music Video
- 「アイ」Making Movie
- 沼倉愛美(ヌマクラマナミ)
- 神奈川県生まれの声優 / アーティスト。アニメ「THE IDOLM@STER」で我那覇響、アニメ「蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-」でタカオを演じ注目を浴びる。2016年11月に、シングル「叫べ」でアーティストデビューを果たし、2017年2月に2ndシングル「Climber's High!」、6月に1stアルバム「My LIVE」をリリース。同年8月には初のワンマンツアー「沼倉愛美 1st LIVE TOUR 『My LIVE』」を成功に収めた。2019年2月に2ndアルバム「アイ」を発表。4月に東名阪3都市および台湾・台北を回る2ndツアー「アイ」を行う。