望海風斗「笑顔の場所」インタビュー|1stアルバムで歌う、リスナーの人生に寄り添う音楽 (2/3)

そうそうたるアーティストのカバー曲、その選曲理由は?

──アルバムに収録された10曲のうち7曲はカバーです。この選曲はどのように決めていったんですか?

選曲に関しては武部さん、スタッフの皆さんと相談しながら決めさせていただきました。もちろん素晴らしい曲ばかりだし、どの曲にも原曲のアーティストの方の個性がすごく出ているので、それを歌うのはかなり難しい部分もあって。ただ、どの曲にも余白があるんですよ。聴いている人はその余白の中でいろいろな想像をしたり、それぞれの感情を思い起こしたりすることができる。そういうところは私も意識していました。

望海風斗

──なるほど。「明日晴れるかな」(オリジナル:桑田佳祐)はどんなアプローチで歌われたんですか?

「明日晴れるかな」はアルバム制作の後半に選曲した曲なんです。私が選ぶとちょっと重めの曲が増えがちなので、軽やかな曲も入れたいなと思って。この曲は明るくて晴れやかな雰囲気なんですが、リスナーの人生に寄り添ってくれるし、ハッとするようなことも歌われていて。実際に歌ったときも、すごくパワーのある楽曲なんだなと感じました。

──「人生の扉」(オリジナル:竹内まりや)も人々の人生を肯定するような楽曲ですね。

武部さんが「竹内まりやさんの曲が合うんじゃないか」とおっしゃってくださって。改めてまりやさんの楽曲をいろいろと聴かせてもらったのですが、特に「人生の扉」がすごく刺さったんです。いろいろな年代の方に向けて、「これからの人生、こんなに素敵なことが待っている」と伝えているし、「その一瞬一瞬を忘れないでおきたい」ということもすごく感じられて。この曲を聴くと「未来は怖くないな」と思えるし、自分で歌うときもそこは大切な部分でしたね。

マイナスな経験も無駄にならない

──「始まりのバラード」はアンジェラさんの楽曲のカバーです。ピアノと歌だけのシンプルなアレンジですね。

この曲は以前コンサートで歌わせてもらったことがあって、そのときはショーアップしたアレンジだったんです。アルバムに収録するにあたっては、もっと個人的な雰囲気で歌いたかったし、武部さんにも「だったらピアノと歌だけでやってみよう」とご提案いただきました。お互いが見えるところで一緒に録音させてもらったんですが、武部さんのピアノがすごくドラマティックで、私の感情が起きやすいように弾いてくださって。すごくぜいたくな時間でしたね。

望海風斗

──鬼束ちひろさんの「月光」は、望海さんのコンサートで披露されたことがあるそうですね。

そうなんです。まだ緊急事態宣言が出されるような時期のコンサートだったんですけれど、その頃はくすぶった思いがすごくあって。そのマイナスな気持ちをなかったことにするのではく、それも含めて肯定してくれるような感覚が「月光」にはあったんです。あえて暗くするわけではないですが、自分の負の部分を認めたうえで前に進むことで、それがパワーにつながるんじゃないかなと。

──「負の部分を認めたうえで前に進む」という感覚は、普段から感じていることなんですか?

そうですね。私の仕事は、マイナスな経験も無駄にならないんですよ。そのときはきつくても、「この感情は何かの作品で絶対に役に立つはず」と思うので。もちろん「この負のループから早く抜け出したい」という気持ちもあるけど、「いつか役に立つから、忘れないでおこう」とシフトチェンジしてますね。

目の前に落ち込んでいる人がいたら、どんなふうに歌うだろう?

──「田園」(オリジナル:玉置浩二)も、望海さんご自身の舞台の思い出とつながっている曲だとか。

はい。私が宝塚を退団したときの最後の公演(「f f f -フォルティッシッシモ-」 / 2021年上演)でベートーヴェンを演じたのですが、その前年がベートーヴェンの生誕250周年イヤーだったんです。玉置さんは年末の「紅白歌合戦」でベートーヴェンの「田園」の旋律を組み込んで、ご自身の「田園」を歌っていて。もともと玉置さんの「田園」は好きだったんですけど、オーケストラをバックに歌っている姿を見て、「音楽は普遍だな」「芸術ってすごい」とすごく感動して、涙が止まらなくなったんです。私自身もパワーをもらって自分の舞台に臨めたし、奮い立たせてくれた曲でもあるんですよね。

望海風斗

──それだけ思い入れのある曲をレコーディングするのはどうでしたか?

自分の思いを入れすぎるのもよくないなと思って、レコーディングでは1人の人間に向けて届けることを意識して歌いました。「目の前に落ち込んでいる人がいたら、どんなふうに歌うだろう?」とか、友達のことを想像してみたり。

ユーミンの言葉の力

──「翳りゆく部屋」(オリジナル:荒井由実)の歌唱については?

どう歌おうか?といろいろ考えましたね。ユーミンさんが歌っている原曲の印象も強いし、たくさんの方々がカバーされていて、それぞれに色があるので。メロディも歌詞も素敵だし、そこにはもうドラマがある。それをドラマチックに表現するというより、“ただそこにいる”という感覚で歌ってみたかった。この曲、アルバム制作の最後に録ったんですよ。1曲1曲いろんな経験をして、余計なものを削ぎ落として、曲の中にある言葉をそのまま音楽に乗せたらどうなるだろう、と考えました。

──この曲をユーミンさんのコンサートの音楽監督を務めている武部さんと一緒にレコーディングするのもすごい経験ですね。

ぜいたくですよね。安心してレコーディングに臨むことができました。ユーミンさんのライブを拝見させていただいたこともありますし、私が出演しているミュージカル「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」で歌っている「your song」の訳詞をユーミンさんが手がけてくださっていたりして。「翳りゆく部屋」もそうですが、改めてユーミンさんの言葉の力、日本語の素晴らしさを改めて実感させていただきました。

望海風斗

──そして「誕生」(オリジナル:中島みゆき)もこのアルバムの聴きどころだと思います。

以前からファンの方に「歌ってほしい」という声をいただいていた曲なんです。アルバムの制作を進めていく中で改めて聴いて、「この曲に込められた思いを皆さんに伝えたい」と思って。「生まれてくれてWelcome」という歌詞もそうですが、すべてを肯定してくれる力があるんですよね。人は本来、生まれてきただけで素晴らしいと思うんですけど、どうしてもそのことを忘れがちじゃないですか。「誕生」を聴くと自分の悩みが小さく感じるし、ぜひこの曲を通して、生まれてきただけで素晴らしいというメッセージを受け取ってほしいなと思います。

“シンガー・望海風斗”の今後は?

──アルバムの最後はピアノと歌のみで構成された「Breath (smile version)」です。

「Breath」の原曲はアンジェラさんのコーラスも入っていて、すごくぜいたくなものになっていますが、このバージョンではもっとシンプルに声を届けたいなと思ったんです。このアルバムを聴く人が最後にもう1回深呼吸して、「そうだ、自分はここにいる」ということを受け止めて、また明日へ踏み出していこうと思ってもらえたらなと。

──望海風斗してのアルバムを完成させたことで、次のビジョンだったり、今後やりたいことも見えてきたのでは?

そうですね。カバーしたい曲もいろいろありますし、自分のオリジナル曲も少しずつ増やしていけたらなって。歌を通して、そのときどきの自分の思いを残していきたいという気持ちもあります。今回は“人生に寄り添う”がテーマだったので、次回はまた別のコンセプトに挑戦できたらいいですね。

──望海さんが作詞した曲を聴きたいというファンの方も多いのではないでしょうか。

武部さんにも「作詞したら?」と言われます(笑)。私はずっと舞台でセリフを言ってきたこともあって、誰かの言葉に自分の思いを乗せるのがすごく好きなんですよ。自分自身もそのセリフに共感して、どうしたら皆さんにお伝えできるだろう?と考えるのも好きなんですが、自分の言葉を音楽に乗せるのはちょっと恥ずかしくて。挑戦してみたこともあるのですが、なかなか言葉が出てこなかった。そこはこれから勉強していきたいと思います。

望海風斗

──期待してます! 余談ですが望海さんは普段、どんな音楽を聴くことが多いんですか?

カントリーがすごく好きなんですよ。特定のアーティストというより、プレイリストでカントリーを流していることが多いです。あとはジャズも聴きますね。日本語の曲だとどうしても言葉が入ってきちゃうので、日常的に聴くのは英語の曲が多いです。今回はJ-POPのカバーが中心でしたけど、今後は英語の曲のカバーもやってみたいですね。