日食なつこ×住野よる|鬱屈とした2人 “もう一人の私”との対話

装ってます、日食なつこを

住野 実は僕、今年の夏くらいまで、気持ちが荒れに荒れていたんです。「君の膵臓をたべたい」の映画が公開された頃なんですけど、映画化のお話がデビュー1年目に来て、今思うと「もっとこういうふうに対応すればよかった」」と思うことがいっぱいあって、それがどんどん世に出ていって、すごく荒んでました。担当さんたちに対しても横柄な態度になってて、「怖い」とか「もう自分たちの声は届かないんだと思った」とか言われた時期があって。だから今、自分の心を入れ替える努力をしているんです。

日食 でもそれは、自分の作品を守るためにいろいろやった結果、そうなってしまったんですよね?

住野 そうなんですよね……守り方がわからないんです。作家・住野よるとの折り合いがなかなかつけられなくて荒れ倒してました。もう消したと思うけど、Twitterに出版業界への文句を書いたりして(笑)。

日食 あははは! 住野先生のTwitter、面白いですよね。すごく明るいキャラで、今日お会いするまでそういう方なんだと思ってました(笑)。

住野よるの“本体”。

住野 Twitterは気兼ねなく住野よるとして活動できる場所なので、なんていうか、かわいい新人作家を装ってます(笑)。

日食 それ、すごくわかります。私も装ってます、日食なつこを。キリッと見えるように、絵文字は極力使わないとか。

住野 そうだったんですか。先日ライブを観たら、お客さんに対する二人称が「お前ら」だったので、怖い方なのかなと思ってました(笑)。

日食 本当はそんな波風を立てるような人間じゃないんですよ! でも曲から伝わるイメージがあると思うので、お客さんに求められる姿になろうと思って、「お前ら今日は来てくれてありがとう!」とか言って。

住野 そこでお客さんも「フーッ!!」って盛り上がるんですよね。

日食 「お前ら、そこで盛り上がるんじゃないよ!」って感じですよ(笑)。あれは日食なつことお客さんとの一種の遊びなんです。住野さんのTwitterもある意味、そういうことですよね。キラキラした物語を書く作家さんの姿がみんなの中にあって、Twitterという場ではその人と直接コミュニケーションが取れる。今日実際に住野先生とお会いして、住野先生も個人の姿と作家としての姿は変えてるんだなって思いました。

お前らさえどいてくれたら私は世界に入り込めるのに

住野 ところで日食さん、ライブをするとき、自分のことを好きな人たちに観られている状況ってどんな気持ちになるんですか?

日食 えーっ(笑)。なんて言うか……すごく不安になりますね。集まってくれた人に対して思いを返せるのか、満足させられなかったら一斉に嫌われるんじゃないかっていう不安もあるので、すごくギリギリです。私は「誰だお前」と思ってるお客さんを前にしているほうがやりやすい。だからいわゆるホームになるようなライブハウスも作らないようにしています。

住野 カッコいいなあ。

日食 実は一番怖いのが、ワンマンツアーなんです。目の前の人たちが私を好きっていう状況は、いまだに怖い。でも、その人たちに好かれたまま最高潮に持っていけたときの喜びは格別なので、相反する感情が渦巻いてる感じなんですけど。

住野 僕はライブハウスによく行くんですけど、そこで徒党を組んでウェイウェイしてる人たちが未だに嫌いなんですよ。

日食 あはははは!! いいですね、そのセリフ最高です(笑)。

住野 だからどうしても、ライブハウスにたった1人で来て涙を流したり、拳をグッと握りしめて帰っていく子たちのために本を書きたいなって思うんです。ウェイウェイしてる人たちが嫌いな性格は、たぶんもう一生治らないので(笑)。

日食 治ってほしくないです(笑)。住野先生の小説からは、目の前に広がる世界の前で邪魔をする者たちへの怒りを感じます。「お前らさえどいてくれたら私は世界に入り込めるのに」っていう怒りを。

住野 そう、そうなんです!

日食 本当は世界に入っていきたいんですよね。でも、その前に立ちはだかる障害が、人よりも多い。

住野 まさにそうです。ただ……自分が間違ってる気もするんです。僕が勝手にウェイウェイやってる人を嫌ってるだけで、別に彼らから危害を加えられたわけじゃないし。彼らのことを嫌いだなんて一方的に思う自分は間違ってるんじゃないかって。

日食 でも、そう感じる自分だからこそ出てくる物語があるじゃないですか。私も日常を送る自分が0点しか取れないので、そのコンプレックスの裏返しで日食なつこを名乗ってるんですけど、そこはプラスに捉えるしかないなと思います。そう思っちゃう自分は、もう絶対変わらないから。

住野 そうですね。

独りじゃないって思える瞬間

住野 僕はライブを観ていると「この人は自分のために歌ってくれてるかもしれない」と思う瞬間がときどきあるんです。日食さんの歌もそう思われてる方がたくさんいると思うんですけど、その瞬間は独りじゃないって思える。だから自分の本を読んでくれる人にも、そんな瞬間があったらいいなと思います。

日食 私のお客さんは1人で来る方が圧倒的に多くて、ライブ前に楽屋から客席を覗くと、みんなすごく不安そうな顔をしてるんですよね。前にいるカップルが盛り上がってたりすると、すごくブルーになったりして。私も同じ性質だから、その人たちを救ってあげたいなっていう思いがあります。住野さんが読者を救いたいと思う気持ちと同じで。

住野 わかります。「よるのばけもの」を出した直後に、高校生くらいの女の子からお手紙をいただいたんですよ。そこに「私たちのことを書いてくれてありがとうございます」と書いてあって、超感動してしまって。瞬間的にでも、その子とつながったかなって思う瞬間でしたね。

日食 すごい! それはうれしいですね。ああ、本当に住野先生って小説のイメージと全然違うなあ。

住野 イメージと違ってガッカリされなかったらいいんですが……。

日食 いえ、まったく! なんていうか、“こっち側”の人なんだなって思えてうれしいです。

住野 ありがとうございます。またお仕事も一緒にできたらうれしいです。

日食なつこと住野よるの“本体”。

※記事初出時より一部表現を変更しました。

日食なつこ「鸚鵡」
2017年9月27日発売 / LD&K Records
日食なつこ「鸚鵡」

[CD]
2160円 / 281-LDKCD

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収録曲
  1. ギャングギャング
  2. レーテンシー
  3. 座礁人魚
  4. 2099年
  5. 廊下を走るな
  6. LAO
  7. ハッカシロップ

ライブ情報

時差呆け矯正ツアー
  • 2017年11月4日(土)神奈川県 Yokohama Bay Hall
  • 2017年11月15日(水)京都府 磔磔
  • 2017年11月16日(木)愛知県 THE BOTTOM LINE
  • 2017年11月24日(金)広島県 Live Juke
  • 2017年11月26日(日)香川県 SPEAK LOW
  • 2017年12月2日(土)北海道 サンピアザ劇場
  • 2017年12月3日(日)北海道 札幌くう
  • 2017年12月7日(木)宮城県 darwin
  • 2017年12月8日(金)新潟県 ジョイアミーア
  • 2017年12月17日(日)福岡県 Gate's 7
  • 2018年1月8日(月・祝)東京都 日本橋三井ホール
  • 2018年1月14日(日)大阪府 なんばHatch
  • 2018年1月20日(土)岩手県 Club Change WAVE
日食なつこ(ニッショクナツコ)
日食なつこ
1991年5月8日、岩手県花巻市生まれのピアノ弾き語りアーティスト。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始め、高校2年生の冬から地元岩手県の盛岡にて本格的なライブ活動を開始する。「ストファイHジェネ祭り09」の東北エリア代表アーティストとしてファイナルに残り、この時期にiTunesボーカルチャートで1位を獲得した。2012年から各地のロックフェスティバルに出演。2014年にはアルバム「瞼瞼」をリリースし、全国7都市を周る全国ツアーを開催する。2015年には「FUJI ROCK FESTIVAL’15」に出演した。2017年に「逆鱗マニア」をリリースし、ツアー「マニアたちの親睦会」を開催する。ツアーファイナルの様子は4月発表の自身初のライブDVD「マニアたちの親睦会-千秋楽 東京キネマ倶楽部-」に収録された。9月に2枚目となるミニアルバム「鸚鵡」をリリース。11月からはワンマンツアー「時差呆け矯正ツアー」を実施する。
住野よる(スミノヨル)
小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿していた「君の膵臓をたべたい」が注目を集め、同作で2015年にデビュー。2016年2月に2作目の小説となる「また、同じ夢を見ていた」、12月に「よるのばけもの」を発表する。なお「君の膵臓をたべたい」は浜辺美波と北村匠海(DISH//)のダブル主演で映画化され、2017年7月に全国公開された。