にしなが新曲「It's a piece of cake」を配信リリースした。
「It's a piece of cake」は、にしなが音楽仲間と夜の井の頭公園でお互いに語った悩みや、たわいのない会話がきっかけで生まれた1曲。トオミヨウのアレンジによる軽やかなバンドサウンドに、にしなの凛としたラップ調のボーカルを乗せたミドルナンバーとなっている。このインタビューでは、にしなが仲間との会話から何を感じて「It's a piece of cake」の歌詞を紡いだのか、本楽曲のキーワードになっている“1人”という言葉とどう向き合っているのかを掘り下げていく。
また音楽ナタリーでは、にしなとのコラボ企画として、この春に新生活をスタートさせる学生や社会人からの悩みを募集。「にしなの新生活お悩み相談」と題した本企画には、わずか5日間という短い期間ながら100通を超える便りが寄せられた(参照:にしなが不安抱える若者たちへアドバイス、音楽ナタリーとのコラボ企画「にしなの新生活お悩み相談」)。にしなにはそのすべてに目を通してもらいつつ、音楽ナタリー編集部がピックアップしたお悩みに、アーティストとして、同じ時代を生きる1人の若者としてアドバイスをもらった。
取材・文 / 小松香里撮影 / 小財美香子
ヘアメイク / Eriko Yamaguchiスタイリング / hao
仲間との会話、たわいもない出来事や悩みを音楽に
──新曲「It's a piece of cake」は、にしなさんが音楽仲間と井の頭公園で飲みながら話したことがきっかけで生まれたそうですね。
一緒に曲を作ったりアレンジしてもらったりしている音楽仲間とプライベートでもたまに遊ぶんです。2年ぐらい前に食事をして、そのあとに井の頭公園で朝まで遊んだことがあって。たわいもない出来事や悩みを話す中で、「それぞれ悩みながらやっていくんだな」と思ったんですよね。それで家に帰って自分の曲になりそうだなという感覚を頼りにパーツを書き出していって、弾き語りで曲を膨らませていきました。「It's a piece of cake」は今やってるツアーでも演奏しているんですけど、この曲を作るきっかけをくれた仲間が観に来てくれて。その人から「歌詞の冒頭の『泣けないあいつも』って私のことですよね? あいつ呼ばわりされてるけど(笑)」と言われました(笑)。
──(笑)。サウンド面ではどんなことを大切にしたんでしょうか?
余白があってちょっとした切なさを感じさせながら、聴き終わったときに前向きな気持ちになれる曲にしたいと考えていました。私の曲でもあり、歌詞に出てくる3人の仲間の曲でもあり、そのほかの人の曲にもなってほしいと思って。みんなで歌えるように最後にスタジオにいた人たちの声を入れたコーラスのパートを作りました。今回アレンジを手がけてくれたトオミヨウさんの声も入っています。
──ホーンの音も入っていますが、アレンジの方向性はトオミさんと相談しながら固めていったんですか?
「ホーンを入れたい」と具体的な提案をしたというより、「少し温かみを出したい」とか抽象的なことをお話しする中でアレンジの方向性が固まって。最後はトオミさんがすごく素敵なバランスに整えてくれました。
──ボーカルにはラップのテイストが混じっていますが、これは自然と出てきたアプローチだったんでしょうか?
そうですね。小さい頃からメロっぽい歌とラップっぽい歌が混ざってる曲が好きなんです。レコーディングでは自分から自然と出てきた歌を録ったけど、アレンジを考える段階ではいきものがかりさんの「コイスルオトメ」とFUNKY MONKEY BΛBY'Sさんの「Lovin' Life」を参考にしました。
音楽は“くだらない”
──歌詞には「don't be afraid / どうせ季節はまためぐる」や「変わり映えしなくても / のらりくらり」という力強さと楽観性を兼ね備えたフレーズがあり、先のことはわからないながら、力強い楽観性を持って生きている様が伝わってきました。歌詞の面ではどんなところにこだわりましたか?
どんな道を選んでもその先どうなっていくかは誰にもわからない。生きていて不安な気持ちになることはたくさんあるけど、「結局どうにかなるっしょ」と楽観的に思えることも大事だと思うんです。この曲を作っている時期に「宇宙兄弟」のアニメを観ていて、その中に出てくる「It's a piece of cake」というセリフが“楽勝”という意味だと知って。“1個のケーキ”が“楽勝”を意味するのがすごくかわいくて素敵だなって思って、このタイトルにしました。悩みはいろいろとあるけれど、最終的には「なんとかなってるし楽勝だよ」と思える曲にしたかったんです。
──仲間と悩みを共有することで、「なんとかなるさ」というマインドが後押しされた感覚があったんでしょうか?
そうですね。みんな楽しそうに見えるけど、それぞれ何かしら悩みを抱えていて、それを共有し合ったときに「悩みはそれぞれだけど1人じゃない」と思える気がするんです。励まし合ってるわけじゃないけど、悩んでいる自分のことも認めてあげられるようになるというか。
──特に「音楽なんてなくても生きているのに / どうして僕らはまた求めるんだろう / そんなくだらんこと出会えて本当に良かった」というフレーズが印象的でした。
私はいろんなミュージシャンのインタビューを読むんですけど、「なぜ音楽をやっているのか?」という質問に「くだらないからいいんだよ」と答えている人がいて。誰のインタビューだったかは忘れちゃったけど「確かにそうかもな」と思ったんですよね。くだらない音楽に出会えて、楽しいと思える自分でよかった。そのときの感覚がずっと残っていて、このフレーズが自然と出てきたんだと思います。それに私は昔から自分がすごくちっぽけな存在だという感覚があるんですけど、ちっぽけだからこそ好き勝手に音楽をやれる。なのでファンの方には、私が作る“くだらない音楽”を自由に楽しんでもらえたらいいなと思いますね。
藤井風との共演で得たもの
──にしなさんは、先日NHK総合で放送された日本版「tiny desk concerts」の藤井風さん出演回にコーラスで参加されていましたよね(参照:藤井風が出演、NHK「tiny desk concerts JAPAN」の演奏者が決定)。あのお互いをリスペクトし合うミュージシャンが集まって音楽を鳴らす雰囲気と、「It's a piece of cake」が生まれたエピソードや楽曲の温かみのある一体感には通じるものがあると思いました。
確かにそうですね。風さんから「コーラスをやってほしい」というお話をいただいたとき、私はコーラスをやったことがなかったし、ハモリも苦手だから、お受けするかすごく迷ったんです。「自分に務まるんだろうか?」という不安な気持ちが強かったけど、風さんの気持ちに応えたくて最終的には「やります」とお返事しました。現場は「全員でいいものを作り上げたい」というムードにあふれていて、風さんやYo-Seaさんたちにいろいろと教えていただきながら収録に臨みました。
──ハモりが苦手とはまったく思えないほど、素敵なコーラスでした。
本当にできないんですよ(笑)。でも、風さんやYo-Seaさんが寄り添ってくださったおかげでなんとかやり切ることができました。改めて「音楽ってくだらなくて素晴らしいな」「感じ合うことが大事なんだな」と思いましたね。それぞれがお互いの音や声を感じ合って支え合った結果生まれたグッドミュージックだったなと、皆さんのおかげで実感しました。「It's a piece of cake」の終盤のコーラス部分は、みんなでボーカルブースに入ってマイクに向かって歌うと音が大きすぎるので、それぞれがそっぽを向いてお互いの声を聴きながら歌ったので、感じ合うっていう点ではつながる部分があると思います。
──にしなさんの歌声は、これまでにもさまざまなミュージシャンから求められてきました。今回の藤井風さんとの共演は、にしなさんにとってどのような経験になりましたか?
風さんは本当に素敵なので、そういう方に認めていただけてすごく光栄でした。風さんの周りの人を大切にして、音楽のこともすごく大切にして活動されている姿勢はとてもリスペクトしていますし、私もそういう人でありたいなと思いました。とてもうれしい経験でしたね。
ツアー「Feeling」に込めた思い
──にしなさんは現在、過去最大規模のツアー「Feeling」を回っているところで、残すは初のNHKホールを含む3公演となりました。このツアーを通して、どのような成長を遂げたいと思っていますか?
ライブの序盤からみんなをたっぷりと楽しませることができたらいいとは思うんですが、私はシャイなところがあって、それがみんなに伝播してシャイ同士みたいな空気になるんですよね(笑)。それをお互いに汲み取り合いながら「どうすればお互いやりやすいんだろう?」と試行錯誤をしていく中で、どんどん私もみんなも自由に声を届け合えるようになってる実感があるんです。もっとそういう空間を作っていけたらいいなと思います。
──「Feeling」というツアータイトルにも通じるお話ですね。どんな思いを込めて付けたタイトルなんでしょう?
曲を作っているときに、何がいい歌詞でいいメロディかの正解はないなと思うんです。でも、自分の中で正解が欲しくなるときもあって、たくさん悩んで試行錯誤して、わけわかんなくなって……そこで最初の「なんとなくこれが好きだった」という気持ちに戻ったりする。なんだろう……私の場合、人を好きになるときもはっきりとした理由はなくて、自分の中に自然と生まれる感情を大切に生きてきたんです。最近、そのことが自分にとって重要だなって改めて思ったんですよね。「It's a piece of cake」の歌詞にも通じるのですが、音楽なんかなくても生きていけるし、お客さんの生活に私のライブはそんなに重要ではないかもしれない。でも私はライブを通して、みんなと同じ空間を共有できることがすごく幸せで次への糧にもなってる。理由のないフィーリングを大切にしたいという気持ちでツアータイトルを名付けました。そんな今回のツアーに「It's a piece of cake」はうまくハマってくれていると思います。