西川貴教のニューシングル「HEROES」が5月21日にリリースされた。
表題曲「HEROES」は4月にスタートしたテレビアニメ「片田舎のおっさん、剣聖になる」のオープニング主題歌。作詞を西川本人が手がけ、作曲を沖聡次郎(Novelbright)、編曲を亀田誠治が担当したエモーショナルなロックチューンで、“きっとあなたも誰かのヒーロー”というメッセージが込められている。大成した弟子がかつての師範をなんとか世に押し上げようとするアニメのストーリーに自分と沖の関係性を重ねた西川が、沖に初めて作曲を依頼した意義深い1曲だ。
また、カップリングには王道の“西川節”で聴かせるアグレッシブなナンバー「響ケ喝采」を収録。これまで紡いできた「SINGularity」シリーズの第1章を完結させ、さらなる進化を貪欲に求め続ける西川の現在地について話を聞いた。
取材・文 / もりひでゆき撮影 / YOSHIHITO KOBA
田中敦子さんに捧げるライブ
──まずは3月末に終了したばかりのツアー「SINGularity Ⅲ -VOYAGE-」の感想から聞かせてください(参照:西川貴教が圧倒的なパワーで22曲を熱唱した「VOYAGE」ツアーファイナル)。
もっとやりたかったという気持ちが芽生えるほど、本当に瞬きのようなツアーではありましたが、作品としてはやり残すことなくできたかなとは思っています。
──「SINGularity」シリーズの第1章完結を飾る、素晴らしい内容だったと思います。
ありがとうございます。ツアーが終わったから話せるんですけど、今回は声優の田中敦子さんに捧げるライブという大きな意味合いがあったんです。「SINGularity」シリーズのライブには世界観を象徴するF.L.E.I.(フレイ)という人工知能のキャラクターが登場するんですが、その声をずっと田中さんにお願いしていて。でも残念ながら「SINGularity Ⅲ」の完成を待たずに田中さんが亡くなってしまったので、今回のツアーではF.L.E.I.とどうお別れをするのかが1つのテーマになっていました。長い付き合いの映像監督と一緒に新作のストーリーを考えたけど、田中さんに新たに声を入れていただくことは叶わない……なので、以前に田中さんが収録してくださった声を紡いで新たなセリフにしていったんです。そういったことを乗り越え、ツアーを無事終えることができて、大きな節目を迎えた実感がありました。もちろん田中さんを失った寂しさはありましたが、次に向かって歩み出す気持ちになれたところもあって、本当に心に残るツアーになったと思っています。
あまりにまっすぐなラブレター
──そんな西川さんが新たなフェーズへの突入を高らかに告げているのが、今回のニューシングル「HEROES」だと思います。ご自身としても、そういったお気持ちがあったんじゃないですか?
そうですね。ただ時系列に言うと、この「HEROES」という楽曲自体はアルバム「SINGularity Ⅲ -VOYAGE-」よりも先にあったんですよ。アニメ「片田舎のおっさん、剣聖になる」のオープニング主題歌を担当させていただくことが決まったことを受け、制作は1年ぐらい前、さらに言えば、カップリングの「響ケ喝采」も「VOYAGE」の制作中にすでにありました。でも、おっしゃっていただいたように、世に出るタイミングとしては、めちゃくちゃいいなと思っていて。新しい章の一発目としてふさわしい作品になったと思います。
──表題曲となる「HEROES」は、作詞を西川さん、作曲をNovelbrightの沖聡次郎さん、編曲を亀田誠治さんが手がけています。この新鮮な布陣はどう決めたんですか?
「片田舎のおっさん、剣聖になる」の原作を読み込み、いろいろ自分なりに考察をしていった中で、まず沖くんの存在が浮かんだんですよ。大成した弟子がお世話になった師範をなんとか世に押し上げようとする物語に、なんとなく自分たちの関係性を感じて。
──沖さんは「僕の人生は西川貴教さんの歌で大きく変わりました」とSNSでつぶやかれていましたよね。
そうそう。ミュージシャン仲間に紹介してもらって知り合って以降、沖くんは僕のライブにもマメに遊びに来てくれて。聞けば彼は大阪出身で、学生時代に「イナズマロック フェス」を観たことで「自分も音楽をやりたい」と思うようになったそうなんですよ。そんな彼が今やバンドとしてしっかりした足取りで活動しているので、今回は絶対に沖くんに頼みたいなと思ったんです。
──沖さんにとっての“ヒーロー”である西川さんからの楽曲依頼は相当うれしかったでしょうね。
いやいや、そんな! 沖くん自身が誰かのヒーローになっているんだから、僕としてはおこがましい感じですけど(笑)。でも、沖くんが上げてくれたデモにはタイトルにひと言、「HERO」と書いてあったんですよ。しかも、メロディには彼のいろんな思いが詰まっているように感じた。あまりにまっすぐなラブレターをもらってしまったので正直、最初は曲を最後まで聴けなかったんですよ。もう泣けてきて泣けてきて……。
──その思いを受け取ったことで、自ら歌詞を書くことを決めたわけですか?
作詞は沖くんからのリクエストだったんです。どうしても僕に歌詞を書いてほしいと。なので僕がこの曲を聴いて感じたことを、ほかの誰かも同じように感じてくれたらいいなという思いで書かせていただきました。そこからアレンジを誰に託そうかと考えたときに、面識はあったけれど一緒にお仕事をしたことがなかった亀田さんの顔がパッと浮かんだんです。
──アルバム「SINGularity Ⅲ -VOYAGE-」で、長いキャリアを持つ今井了介さんや原一博さんと初タッグを組んだのと同じ流れを感じますね。
そうですね。前回のインタビューでもお話ししましたけど、そこはもう小室(哲哉)さんとの制作がきっかけです(参照:西川貴教3rdアルバムインタビュー|「FREEDOM」が与えた変化と新たな航海)。時代性に合わせた楽曲作りに引っ張られそうになることはあるけれど、そうではなく、自分たちが培ってきたもの、自分たちの手に一番馴染んだもので勝負していくことの大切さを教えていただきました。それを今回は亀田さんに託させていただいたという感じです。
──アニソン、引いてはJ-POPのスタンダードとも言えるサウンドは、今の時代、新鮮に響くところもありますよね。
ワーディではないし、生のアンサンブルにこだわっている点もそう。弦にしてもプラグインではなく、しっかり生で演奏するっていう。そのうえで亀田さんが、すべてのパートが自己主張しているトラック作りをしてくださったので、すべての楽器が歌っている感じがして、すごく気に入ってますね。今回ご一緒させていただいて亀田さんの引き出しの多さには驚きました。いろんなアーティストが亀田さんを指名する理由がよくわかります。
「HERO」ではなく「HEROES」
──沖さんの思いを受けて紡がれた歌詞もめちゃくちゃまっすぐですよね。今の西川さんからこういう言葉たちが出てきたことも、またすごく新鮮で。そこに西川貴教としての新たな一歩を感じたところもありました。
うれしいです。この年齢だし、今さら青臭いことを言うのは気恥ずかしいと思うところはもちろんありましたよ(笑)。でも、この曲は変にこねくり回したりせず、素直に、まっすぐに書かせてもらおうと。先ほどお話したとおり沖くんからは「HERO」というタイトルをもらっていたんですけど、歌詞を書いてる途中で「ちょっと待てよ」と。この曲は自分だけがヒーローだと歌う曲じゃない。この曲に関わってくれた沖くんも亀田さんもそうであるように、ヒーローは1人じゃないよなと思い、「HEROES」と複数形にさせてもらいました。
──憧れのヒーローを追い続ける自分もまたヒーローたり得るんだと。すべての聴き手に勇気を与えてくれるメッセージが込められていると思います。
歌詞を書いていたのは、ちょうど「Fantasy on Ice 2024」に出演していた頃と同時期で。共演した羽生(結弦)くんからすごく大きな刺激をもらったんです。ほかにもボディビルをやっている友達が世界を目指して闘う中でこてんぱんにやられる姿を見たこともあったし、僕と同じ滋賀出身の野球選手・則本昂大選手や、2028年のロサンゼルスオリンピック出場を目指している競泳の鈴木聡美選手とかがめちゃくちゃがんばっている姿を目にすることが多いタイミングでもありました。歌詞を書くにあたって彼らの存在が大きかったですね。
──西川さんご自身も、この歌詞のようにもがき苦しみながらもヒーローになるために前へ進んできたはずですしね。
僕は昭和世代の人間なので、「しんどいです」とか「がんばってます」とか大っぴらに言うことにどうしても抵抗があったんです。今回のような歌詞を書く柄じゃないというかね。でも、もうこれくらいの年齢になってくると、本気でがんばらないと若い世代に太刀打ちできなくて、隠してる場合じゃなくなりました(笑)。そういう意味では、西川貴教としてがむしゃらに走ってきた7年があったから書けた歌詞かもしれない。本名名義の活動を始めてすぐでは、この歌詞にたどり着くことはできなかっただろうなと思います。
──ここまで青臭いことを歌えてしまうことが、T.M.Revolutionとは違った西川貴教としての持ち味のような気がしますね。
そうそう。遠くから「こっちにおいで」と誘うのではなく、みんなのすぐそばで手を引き、同じ目線で歩んでいくのが西川貴教だということが、アルバム3枚を出したことで見えてきたところはあると思う。T.M.Revolutionはもうお星様みたいな存在で、高いところから光でみんなを照らしてる感じだからね(笑)。そことは全然違う。もっと生々しく、粗削りな感じで勝負していきたいと強く思います。そう思わせてくれたのは間違いなく沖くんの楽曲でした。
次のページ »
自分のやってきたことは誰かのためになっていた