「NieR:Piano Journeys」特集|岡部啓一&ベンヤミン・ヌス、「NieR」に新たな息吹をもたらすピアノアルバムを語る (2/2)

岡部啓一とベンヤミン・ヌスが選ぶ、今作の聴きどころは?

──ほかにお二人が印象的だった楽曲はありますか?

岡部 「泡沫ノ言葉」(「NieR Replicant ver.1.22474487139...」より)ですね。原曲もすごく思い入れのある曲ですが、今回宮野さんにしていただいたアレンジもとても気に入っています。宮野さんは「NieR」のライブ用のアレンジをたくさんしてくださっているので、僕の好きな部分も含めて「NieR」らしさを出していただいているのかな、と思います。また、それをベンヤミンさんに弾いていたただいた演奏が本当にエモくて、素晴らしいトラックにしていただきました。

ベンヤミン 実は、僕も「泡沫ノ言葉」が一番印象的でした。「カイネ」も印象に残ってますね。この曲では、「いつもタフにしているけれども、本当はすごくセンシティブな人でもある」というカイネというキャラクターの奥深さをうまく表現したい、と思って演奏しました。あとは、「穏ヤカナ眠リ」ですね。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──「穏ヤカナ眠リ」はプレイヤーにとって拠点の1つとなる、「NieR:Automata」のレジスタンスキャンプ周辺で流れるBGMですね。

ベンヤミン 宮野さんのほかのアレンジと比べてもコントラストがはっきりしている曲で、穏やかでハグされているような、そのまま眠りにつきたくなるようなアレンジになっているのが印象的でした。

──「NieR」の楽曲は悲しい曲が多いですが、この曲は温かさを強く感じる楽曲です。

岡部 原曲を作ったときのオーダーが、まさに「穏やかな気持ちになれる曲を」というものでした。今回のアルバムでも、それをうまく汲み取ってアレンジや演奏をしてくださっているなと思います。あとは、「遺サレタ場所」も印象的でした。この曲は「NieR:Automata」のフィールド用の曲ですが、主軸のメロディはゲームの中でもけっこう経ってからでないと登場しません。ですから、そのシーンに至るまでに鳴っているポンポンした高い音のピアノリフの印象が強い方が多いと思います。今回のアレンジは、その印象も引き継いでいて、ゲーム体験を反映してくださっているアレンジだなあと感じます。また、原曲ではあとから足したエコーがピアノに施されていますが、今回のアルバムではそのエコー部分もリアルタイムの演奏で表現するという鬼のようなアレンジになっていて(笑)。しかも、それを高い音程で弾きながら、同時にバックの音やメロディも聴かせるという、まるで連弾しているかのような演奏をベンヤミンさんが1人でしてくれています。ベンヤミンさんの技術力の高さを改めて痛感させられる曲でもありました。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

難解アレンジに「これは本当に弾けるんだろうか?」

──そのあたりの演奏技術は、まるで原曲にあったデボルとポポルの掛け合いを1人で表現している「イニシエノウタ」にも感じました。

岡部 アレンジもそうですし、演奏するベンヤミンさんもそうですし、皆さんが原曲の魅力やゲームの内容を深く解釈して向き合ってくださっているなあと感じる曲ですね。

──「Weight of the World」についても教えていただけますか?

ベンヤミン この曲は弾くのがとても難しかったですが、亀岡さんがうまくピアノ曲に落とし込んでくれていて、メロディを左手と右手で弾くところなども面白いと感じました。バラバラに聞こえかねないところ、完成した音源は圧倒されるような表現に仕上がっていてすごく印象的でした。

──音の端々から強い感情が伝わってくるような演奏になっていますね。

ベンヤミン そうですね。すごく感情的な楽曲になっていると思います。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

岡部 この曲も、とにかく難しそうだなと思っていました。僕は人様に聴かせられるほどピアノが上手な人間ではないので、「これは本当に弾けるんだろうか? きっと大変だろうな……」と思っていたんです。

ベンヤミン ははははは。

岡部 ただ、実際に弾いていただくと、ベンヤミンさんの演奏に感情がすごく乗っていて、なおかつ技術的な部分もきちんとクリアされていて「本当にすごい」と思いました。原曲は盛り上がりはあるものの比較的に穏やかな曲調で、表現としては静かめだったと思います。ですが、今回のバージョンは音自体もとても激しくドラマチックで、エモーショナルでアグレッシブなんです。「Weight of the World」の隠されたエモさを表現した、今回ならではの仕上がりにしていただきました。

15年分の思いが積み重なって1枚に

──「NieR」シリーズは今年で15周年を迎えます。そのことに対する思い、そして完成したアルバムの手応えを教えてください。

岡部 「NieR Gestalt / Replicant」が出た頃、このシリーズは日本では狭く深いファンの方々が支えてくださった一方で、海外ではまだあまり知られていない印象がありました。ですが、その後「NieR:Automata」が出たことで、「NieR」シリーズを新たに知ってくれたり、「NieR Gestalt / Replicant」までさかのぼって遊んでくださったりする方が増え、「NieR Replicant ver.1.22474487139...」でもさらに知ってくださる方が増えていきました。そんなふうに、「NieR」シリーズは最初から多くの方に知っていただいていたタイトルというよりは、15年の間にファンの皆さんが育てて、盛り上げていってくれたタイトルだなと感じます。そのきっかけの1つとなった「NieR:Automata」も、最初から爆発的に人気が出たというよりも、じわじわと評判が広がっていった作品だったと思います。だからこそ、シリーズ開始からこんなに時間が経った今でもコンサートにたくさんの方が来てくださって、アレンジアルバムを買ってくださる方がたくさんいる。そのことにとてもありがたさを感じます。そういったファンの皆さんに楽しんでもらいたいという気持ちでこの作品も制作していますし、今回アレンジしてくださった方々やベンヤミンさんの演奏からも、同じ気持ちを感じます。これまでの15年の思いが積み重なった、エモさを感じる作品になっているように思います。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──まるで「NieR:Automata」のEエンディングルートのような、作品を通して人々のつながりが広がっていく光景が現実でも起こっていったということですね。

岡部 まさにそうですね。

ベンヤミン 僕自身も、もともとゲームのファンだったので、このような形でプロジェクトに参加することができてとてもワクワクしましたし、シリーズ15周年のタイミングで関わることができてとても光栄に思います。

岡部 実は僕とベンヤミンさんが初めて会ったのは、まだ「NieR:Automata」が発売される半年以上前、プロモーションでドイツの「gamescom」(コンピューターゲーム関連の見本市)に向かったときのことでした。僕はプロデューサーの齊藤(陽介)さんと一緒に現地に行かせていただいたのですが、そのとき確か「FINAL FANTASY」か何かのファンミーティングがあって、そこでベンヤミンさんが声をかけてくれたんです。ベンヤミンさんは当時すでに「NieR Gestalt / Replicant」をプレイしてくださっていて、「曲がすごくよかった」と言ってくれました。ですから、ベンヤミンさんも「NieR」シリーズとずっと向き合ってくれていた方の1人だったんです。

ベンヤミン 岡部さんに初めて会ったときのことは、僕にとっては忘れられない経験でした。初めて会えた場所が、自分が当時住んでいたケルンだったこともうれしかったです。

──ゲームから生まれたつながりが、時を経て今回の作品にも結実しているのですね。

岡部 本当にありがたいお話ですよね。

──4月19日からはフランスを皮切りにベンヤミンさんが演奏を担当するピアノコンサートが開催されます。日本公演は現時点では未定とのことですが、せっかくですのでコンサートのお話も聞かせてください。

岡部 オーケストラのコンサートでは行けなかった場所も回ってみたいという話をきっかけに、今回は比較的コンパクトな会場で、前回は行けなかった場所も回るコンセプトのツアーになっています。ですから、ピアノの演奏のニュアンスが感じられるような会場でのライブになると思います。

ベンヤミン お客さんのリアクションがすごく楽しみですね。今回のアレンジは圧倒的で、感情的な気持ちにさせられるものが多いと思っています。心に直接訴えかけてくるような「NieR」の音楽をピアノで表現したものを、皆さんに聴いていただけることをとても楽しみにしています。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

プロフィール

岡部啓一(オカベケイイチ)

1969年生まれ、兵庫県出身の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。有限会社モナカの代表取締役。神戸芸術工科大学芸術工学部視覚情報学科に入学したことを機に映像やCGアニメーションに音を付けることに面白さを感じ、1994年にナムコ(現:バンダイナムコスタジオ)にサウンドクリエーターとして入社。ナムコ退社後はフリーランスとして活躍したのち、2004年に有限会社モナカを設立し、音楽制作集団MONACAを立ち上げる。主にゲームや映像を中心としたサウンド制作プロデュースを手がけており、ゲーム「NieR」シリーズの音楽制作には2010年4月リリースの「NieR Replicant / Gestalt」から携わっている。

ベンヤミン・ヌス

ドイツのベルギッシュ・グラートバッハ出身のピアニスト。6歳の頃にピアノを始め、ヴィクトル・ランゲマンの指導を受けてその才能を伸ばす。国際的に活躍するジャズトロンボーン奏者の父、ルートヴィヒ・ヌスの影響も大きく、幅広いジャンルの音楽に触れる環境で育つ。クラシックピアノをイリヤ・シェプスに師事する一方で、ジャズバンドでの演奏や独学による作曲も続ける。その多才さから、ロンドン交響楽団や東京フィルハーモニー交響楽団などと共演し、世界中でソリストとして活躍。2009年以降はゲーム音楽の世界でも活動を広げ、「Symphonic Fantasies: music from SQUARE ENIX」「Final Symphony: music from FINAL FANTASY」「Distant Worlds: music from FINAL FANTASY」「KINGDOM HEARTS Orchestra -World Tour-」などの著名な公演に出演。これまでに植松伸夫、浜渦正志、下村陽子、岡部啓一といった作曲家たちとも共演している。