「NieR:Piano Journeys」特集|岡部啓一&ベンヤミン・ヌス、「NieR」に新たな息吹をもたらすピアノアルバムを語る

2010年4月22日に発売された「NieR Gestalt / Replicant」を皮切りに、悲しみをたたえた独自の世界観やストーリー、魅力的なキャラクター、美しい音楽などで長きにわたって愛されてきたゲーム「NieR」シリーズ。誕生15周年を迎える直前の4月16日、「NieR」楽曲の新たなピアノアレンジアルバム「NieR:Piano Journeys」が発売される。

このアルバムでは、これまで「NieR」シリーズを彩ってきた人気曲の数々を「FINAL FANTASY」作品などのオーケストラコンサートにも参加するドイツ出身のピアニスト、ベンヤミン・ヌスが演奏。「NieR:Automata」(2017年発売)、「NieR Re[in]carnation」(2021年発売)、そして初代作品のバージョンアップ版「NieR Replicant ver.1.22474487139...」(2021年発売)から厳選された全10曲を新たなアレンジで味わえる。シリーズに最初期から関わり続けてきたMONACAの代表・岡部啓一とベンヤミンの2人に、本作や誕生15周年を迎える「NieR」について聞いた。

取材・文 / 杉山仁

岡部啓一が感じるベンヤミン・ヌスの魅力

──「NieR:Piano Journeys」は「NieR」シリーズのピアノアレンジ作品としては、2018年の「Piano Collections NieR:Automata」以来約7年ぶりの新作となります。まずは「NieR:Piano Journeys」が生まれた経緯を教えていただけますか?

岡部啓一 私たちは2024年に「NieR」のオーケストラコンサートで海外を何カ所か回らせてもらったんですが、そのツアー中にスクウェア・エニックスさんから「次はピアノライブを開催するのはどうでしょうか?」とお話をいただいたのが始まりでした。であれば、せっかくなので新しいアレンジを制作させていただきたいという話になり、それをコンサートに来られない方も楽しめるよう、アルバムとして発売することになりました。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──先にライブのアイデアがあって、そこから今回のアルバムが生まれたのですね。作品の方向性について、関係者の皆さんで考えていたことはあったのですか?

岡部 「NieR」シリーズのこれまでのピアノアルバムは弾いてくださるピアニストの方が曲ごとに変わったり、何人かの方々にお願いしたものを1枚のアルバムにまとめたりしていました。ですが今回は大前提としてピアノコンサートの存在があり、そこでベンヤミンさんが演奏することも聞いていたので、すべての楽曲をベンヤミンさんに弾いていただきました。その結果、これまでのピアノアレンジ作品とは違って、ベンヤミンさんと「NieR」シリーズのコラボレーションアルバムのような作品になりました。

──岡部さんが感じるベンヤミンさんのピアニストとしての魅力と言いますと?

岡部 技術はもちろん、表現力が素晴らしく、すごくメロディが生きるピアノ表現をしてくれる方だと思います。お仕事としてご一緒したのは今回が初めてですが、素晴らしいピアニストだということはもちろん存じ上げていましたし、今回自分たちの曲を弾いてもらっていても、「こういう解釈をするんだ」と改めてその魅力を感じました。レコーディングも、まるで自分たちのためにコンサートを開いてくれているような素晴らしい体験でした。

ポップスに近い「NieR」音楽のアプローチ

──ベンヤミンさんが感じる「NieR」シリーズの音楽の魅力について教えてください。ベンヤミンさんはもともとシリーズのファンでもあったそうですね。

ベンヤミン・ヌス はい。岡部さんたちが作られた「NieR」の楽曲は、ゲーム内の瞬間的な空気感を見事に捉えられていて、あふれてくる感情的な要素がしっかり伝わる音楽なんです。最初に「NieR Gestalt / Replicant」のゲームをプレイしたとき、僕はその音楽の虜になってしまって。初めてゲームをプレイした日の夜は、ベッドに入ってもまだメロディやその曲が使われていたゲームのシーンがずっと頭の中で離れず、取り憑かれたような気持ちになったのを今でも覚えています。岡部さんの楽曲は、メロディ一つ一つの音に意味があるように感じられますね。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──音楽的に言いますと、「NieR」の音楽はBGMであっても声や歌を大切にしている楽曲が多いですし、白や黒というより“グレー”と表現したくなる、複雑な感情のグラデーションを持った楽曲であることも印象的です。

ベンヤミン そうですね。そういった魅力はすごく感じますし、エミ・エヴァンスさんによる造語の歌詞も含めて、ボーカルやクワイアが効果的に使われていることも今回のアルバム制作の中で改めて感じました。ゲームの中でも怖いシーンや暗いシーンで使われる声やクワイアは、一度聴いたら頭から離れない要素の1つになっていると思いますし、特に印象に残っていますね。

岡部 こちらが意図していたことが伝わっていたようでうれしいです。ベンヤミンさんが言ってくれた「寝るときにベッドに入ってからもメロディが残っている」という部分は、僕らが大切にしたい「NieR」の音楽の特徴の1つでもあります。最近のゲームのサントラはいろいろな音やトラックが折り重なって1つの楽曲になっているものが多いと思うのですが、「NieR」の音楽のアプローチはむしろポップスに近く、歌や声、メロディといった要素を主軸にして、その周りをいろんな音で盛り上げていく手法を取っています。そのことを感じ取ってくださってとてもうれしいです。

──本来BGM的ではない音楽をBGMにしている、ということですね。

岡部 そうですね。ただ、それだけを考えて作っていると、ゲームの中で悪目立ちをしてしまいます。そこで、「NieR」シリーズの音楽は最初から歌がない状態で使うことも想定しているんです。いわゆるゲームのBGMらしい部分も考慮して、場合によっては声を筆頭にいろいろな音を抜き差しすることで、ゲームの中で効果的に使える音楽を目指しました。1つの楽曲がさまざまなパターンで使われていて、その中でも目立つものがサウンドトラックに収められてきた、という感じです。

「NieR:Piano Journeys」の選曲コンセプトにあったファンの期待感

──「NieR:Piano Journeys」は、選曲を岡部さんが担当され、アレンジャーはベンヤミンさんを中心に選定されたそうですね。それぞれどんなふうに決めていったんですか?

岡部 コンサートを開催するとお客さんの反応を目の前で感じられるので、「この曲はみんな聴きたいと思ってくれていたんだな」というキーになるような曲がわかる瞬間があります。そこで、まず選曲にあたって「これは今回も聴きたいと思ってくださるかな」という曲を洗い出しました。そのうえで、以前と同じ内容にならないように、新しい選曲の枠を設けていきました。

ベンヤミン アレンジャーについては、僕が以前にも一緒にお仕事をさせていただいたことのある方々です。皆さん曲に対して独自の視点を持っていて、それぞれにスタイルが違います。亀岡夏海さんや中山博之さんはピアニスト視点で曲を構築してくれる方々ですし、マリアム・アボンナサーさんは想像力あふれるアレンジをしてくれます。また、宮野幸子さんも原曲の奥深さを理解して、完璧に曲にマッチするアレンジに仕上げてくれました。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──アルバムの中からいくつかの楽曲について聞かせてください。1曲目は「NieR Re [in]carnation」の「Inori - 祈リ」。「NieR Re [in]carnation」の音楽の特徴でもあるアンビエントやエレクトロニカの要素を持つ楽曲がソロピアノで演奏されています。

岡部 この曲はベンヤミンさん自身が編曲してくださったという意味で、アルバムを象徴する曲として選曲しました。元は歌がメロディを担っていた楽曲で、アルバムではその魅力を、ピアノならではのアレンジとベンヤミンさんの高い演奏力で楽しめます。原曲から抽出してくれた要素に、ベンヤミンさんならではのクラシック的な感覚がうまく融合しているなと感じました。

ベンヤミン 初めて原曲のトラックを聴いたときに、祈っている人の姿を連想したといいますか……。本当に「祈りそのもののようだ」と感じました。そこで、今回の演奏では古代のヨーロッパでクワイアが歌っているような、グレゴリオ聖歌のようなイメージでアレンジをしています。特に最初の部分は、メロディを“歌わせる雰囲気”にするために、聖歌隊の1人が歌い始めるアレンジに仕上げていきました。

──2曲目の「エミール」はいかがでしょうか? 「NieR Gestalt / Replicant」以降、シリーズにたびたび登場する人気キャラクター・エミールにまつわる楽曲です。

岡部 この曲はバージョンがたくさん存在していて、エレクトロニカアレンジも作られるなど、音楽的にも大きな振り幅がある曲です。今回はある意味原点回帰といいますか、原曲のイメージを踏襲したアレンジにしていただいたな、と思います。

ベンヤミン 中間部分がとても激しいアレンジになっていて、僕自身そこではエミールの怒りを表現できるように演奏しています。中山さんのアレンジ自体に、そんなエミールの感情の二極性が表現されているのが素晴らしいと思いました。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

「NieR:Piano Journeys」レコーディングの様子。

──「NieR:Automata」の楽曲「遊園施設」についても教えてください。

岡部 この曲は日本の方が好きだと言ってくれることが多いですね。ゲーム内では廃墟化したテーマパークというステージ自体も印象的なところで使用されるので、ちょっと不思議なテーマパーク的な独特の世界観に心寂しいテイストを加えたサウンドでした。今回、その雰囲気をピアノだけで表現していただいていて、曲の中でのコントラストもしっかり表現してくださっていると思いました。

ベンヤミン マリアムさんがアレンジしてくれた曲ですが、序盤では悲しさが表現されていて、でもその後にワルツのリズムが顔を出します。それは明るくて素敵な場所であったことを思い出そうとするようなダンスであるにもかかわらず、朽ち果てた、グロテスクで悲しい現実が伝わってくるような雰囲気のワルツになっているところがポイントです。