あの頃の音楽を聴くとあの頃の景色がよみがえる
──「#ニュー懐メロ」プロジェクトでは、今から約10年前、平成後期にリリースされた洋楽を“ニュー懐メロ”と呼んでいます。Z世代の音楽リスナーの多くは“ニュー懐メロ”を聴いて「懐かしい」「エモい」と感じるそうですが、大園さんも共感できますか?
すごく共感できます。あの頃の洋楽が一瞬耳に入ってきただけで、当時の自分が考えていたことや、通学時にバスの窓から見ていた景色が一気によみがえってくるので。
──こうしてさまざまなCDのジャケットを眺めていると、メイクやファッションから平成の雰囲気を感じることができます。
確かに。(アヴリル・ラヴィーンのアルバム「The Best Damn Thing」を手に取って)アイメイクがしっかりめだけど、口と眉は意外と薄いんですね! バランスが考えられているなと思いました。
──先ほどOne Directionのアルバム「Up All Night」を持って撮影に臨まれていましたよね。
でもこのアルバムに関しては、あんまり懐かしさを感じないかもしれません。今はスマホで音楽を聴くことが多いですけど、今でもよく聴くアルバムなので、このジャケットは見慣れちゃっているんですよね(笑)。
──なるほど(笑)。
櫻坂46のお仕事で、オーストラリアに行く機会があって。空港に着いたらOne Directionさんの「What Makes You Beautiful」が流れていて、そのとき「ああ、私、中学生の頃にたくさん聴いていたな」と改めて思い出しました。オーストラリアのあとはフランス、マレーシア、フィリピンに行ったんですけど、行く先々でOne Directionさんの楽曲が必ず流れていたので、本当に世界中の人たちが聴いているんだなと感じました。それ以来、海外で活動させていただく前後には必ずOne Directionさんの楽曲を聴いています。「Story of My Life」も「What Makes You Beautiful」も、歳を重ねて英語の意味をある程度理解できるようになった今聴くと、より好きだなと感じます。
──歳を重ねてから今まで聴いてきた音楽の新しい魅力に気付いたり、趣味の幅が広がったりすることもありますよね。
そうですね。櫻坂46のTikTokアカウントにアップした動画で使わせてもらったLittle Mixさんの「Black Magic」は、昔から聴いていたわけではなくて、そのときに初めて知ったんです。「かわいい曲だな」と思って調べてみたら、けっこう前の曲だと知って驚きました。それ以来、よく聴いています。
──そのほかに、大人になってからハマった洋楽はありますか?
ビリー・ジョエルさんの「Piano Man」は、ハラミちゃんさんがピアノでカバーしていらっしゃるのを聴いて原曲にもハマりました。なぜだかわからないけど「懐かしいな」と感じて、プレイリストに入れていたんですよ。先日帰省したときに、車の中でこの曲を流したら、父から「これは、お父さんのお気に入りの曲だから流してくれてるの?」と言われたんです。私はそんなつもりではなかったので、「えっ、お父さんも好きなの?」って。どうやら、私が英語なんてまったく理解できないような小さい頃に、父がずっと「Piano Man」をかけていたみたいなんです。そのときのことを私はまったく覚えていないけど、きっと無意識に自分の中に残っていたんでしょうね。「なんだか聴いたことがある気がする」と思ったのはそういうことだったんだ、なるほど!と思いました。
──ちなみに、「Piano Man」の歌詞の意味は調べましたか?
まだちゃんとは調べていないです。
──ぜひ調べてみてほしいです。素敵な歌詞なので。
えっ、そうなんですね! わかりました。調べてみます。そのあとまた父と話がしたいですね。
“ニュー懐メロ”を聴いていたあの頃
──One Directionをはじめとした“ニュー懐メロ”を聴いていた中学~高校時代の大園さんは、どんなことを考えながら過ごしていましたか?
漠然と「ここじゃないどこかに行きたい」と思っていました。かと言って「じゃあどこに行きたいの?」と聞かれても、具体的に「ここに行きたい」という場所があるわけではなかったんですけど……。自分が「楽しい」と思えることを今いる場所で見つけるのが難しいと、当時の私は感じていたんですよね。生まれ育った鹿児島の街は好きだったし、友達もいたはずなのに、なぜでしょう?……なんか当時のことを思い出しちゃって、泣いちゃいそうです。バスから見た景色とか、五感で受け取った感覚までよみがえってくるような曲って、当時何度もリピートして聴き込んでいた曲だと思うんですよ。それだけ夢中になって音楽を聴いていたということは、1人でいる時間が多かったのかなと。当時は心のどこかで「いつかみんな1人になるしな」と思いながら過ごしていました。
──どこか孤独を感じていたと。
学校生活の中で、将来の夢について質問されるタイミングがいっぱいあったんですよ。だけど私は何も答えられなくて、「ないです」とずっと言っていました。だけどそうすると、「探してみて」と言われるじゃないですか。「じゃあ好きなことはないの?」「好きなものをきっかけに、将来の夢を見つけたらいいんだよ」と教わったけど……当時の私が好きなものはアイドルで、中でも夢中になっていたのはAKB48さん。それを仕事にするのは現実味がないし、私の好きなアイドルと当時の自分がイメージしていた「社会で働く」ということがうまくつながらなくて。「将来の夢なんてなくてもいいや」「私は大人になるだけでいい」と思っていました。そんなの無理だってわかっていたんですけど。
──卒業するまでには進路を決める必要がありますよね。
社会に出たときにやりたいお仕事も見つかっていないのに、行きたい大学や学部を見つけるのは難しくて。高校3年生になっても、進路希望の紙を全然埋められませんでした。そうやって悩んでいたタイミング、高校3年生の夏休みのときに坂道グループのオーディションを受けました。周りの同級生が進む道を自分の意思で決めている姿を見て、「私も決めなきゃ」とずっと思っていたんです。受かる自信があるかどうかさえも考えずに、「やっちゃえ!」と思いながらオーディションを受けました。
──当時の大園さんにとって、とても勇気のいる行動だったかと思います。
「今日の自分、何もできなかったな」と思う日ってありますよね。私は学生時代にそういう日がいっぱいあったけど、好きな音楽を聴く時間が自分の支えになっていました。自分が共感できる曲は昨日と今日でも変わるし、同じ日の朝と夜でも変わる。そんな中で今自分が聴きたい曲を選択して、聴いているということは、何もできなかった日なんてないと思っています。当時の私と同じように「何もできなかった」と悩んでいる人がいたら、「1曲選んで聴いてみたら?」と伝えたいです。そうして当時の私には「ありがとう」と伝えたいですね。あのときオーディションを受けていなかったら、今までしてきた選択の何か1つでも違ったら、今の自分はないと思うので。
──オーディションに合格し、欅坂46の二期生となった大園さんは、櫻坂46になって最初のシングル表題曲「Nobody's fault」(2020年12月発売)で歌唱メンバーに選抜されました。
いつも「初心を忘れたくない」と思っているんですけど、「Nobody's fault」のMVを観ると「やっぱり忘れないようにしよう」と改めて思えます。今の私はMV撮影のとき、「普段の生活では体験しないようなことを画面の中の世界で表現できるなんて恵まれている」という気持ちで臨んでいるんですけど、当時はそこまで想像できていませんでした。「Nobody's fault」のMV撮影では、船に揺られながら歌っていたら体の右半分が濡れてしまい、とにかく寒かった記憶があります。「MV撮影って大変なんだな」と知った思い出の曲ですね。
変化する櫻坂46、今しかできないことを大切に
──グループの初期曲に対して懐かしさを感じる瞬間はありますか?
当時の曲をパフォーマンスしている初期の自分たちを見ると、「懐かしいな」と思います。先輩方が卒業されて、新しく入ってくるメンバーもいて……という中で、同じ楽曲でも歌唱メンバーや、自分の隣のポジションにいるメンバーは変わっていきます。今の自分たちがパフォーマンスする初期曲も好きですけど、新しい形でファンの皆さんに見てもらう機会が増えたからこそ、オリジナルメンバーの映像を観ていると懐かしさを感じますね。
──作品は変化していくけど、だからこそ懐かしさを感じる瞬間もあると。
有限だからこそ美しいものだと思っています。いつまでも変わらずにいられないからこそ、いつまでも見ていたくなる。ファンの皆さんの前で楽曲を披露するたびに「同じ自分たちでパフォーマンスすることはもう絶対にないんだ」と実感していますし、いつも「今しかできないことをやっている」という思いを大切にしながら活動しています。
大園玲(櫻坂46)セレクト「#ニュー懐メロ」プレイリスト
プロフィール
大園玲(オオゾノレイ)
2000年4月18日生まれ、鹿児島県出身。2018年8月に「坂道合同新規メンバー募集オーディション」に合格し、坂道研修生として活動を開始する。2020年2月に欅坂46(現:櫻坂46)の2期生メンバーになり、同年12月に発売された櫻坂46の1stシングル「Nobody's fault」で表題曲の歌唱メンバーに選抜された。2022年7~9月にTBS系「ラヴィット!」にシーズンレギュラーとして出演し、2023年10月に放送がスタートした文化放送「櫻坂46の『さ』」では初代MCを担当した。2023年4月に1st写真集「半分光、半分影」が刊行された。