夏川椎菜「ユエニ」インタビュー|草野華余子とのコラボで生まれた、夏川流のラブソング

夏川椎菜が7thシングル「ユエニ」を5月17日にリリースした。

シングルの表題曲はエッジの効いたロックナンバーで、昨年7月に行われた夏川主催の対バンライブ「CONNECT LITTLE PARADE 2022」で共演した草野華余子が作曲を担当した。作詞は表題曲とカップリング曲「だりむくり」ともに夏川が手がけている。

ソロアーティスト活動5周年を迎えた2022年、夏川はインタビューで「より広く発信していくというのが“フェーズ3”の課題」と述べており、今作からもその意識がうかがえる。音楽ナタリーでは、ヒヨコ群(夏川ファンの呼称)を率いて、より広い世界に飛び込もうとしている夏川にじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

ナイフで削ったガラスみたいな曲

──ニューシングルの表題曲「ユエニ」の作曲は草野華余子さんです。草野さんとは去年の7月に行われた対バンライブ「CONNECT LITTLE PARADE 2022」で共演していますが、どういう流れで曲を書いてもらうことになったんですか?

草野さんと初めてちゃんとお会いしたのは、田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN、THE KEBABS)さんがやっていらっしゃる「アニソン派!」というイベントに、夏川がゲスト出演させてもらったときで(2022年2月に開催された「アニソン派!vol.6」)。そのとき、草野さんは夏川の曲を聴いてくださっていて「ぜひコンペに呼んでください」と言ってもらえたんですよ。その後、私が対バンライブを企画したときに、草野さんは作詞作曲家だけでなく、シンガーソングライターとしても活躍されているのでダメもとでオファーしたところ、快諾してくださって。ライブのMCとか、後日、私のラジオに出ていただいたときも「いつか曲を書かせてください」と。

夏川椎菜

──草野さんからラブコールがあったんですね。

ありがたいことに。そのラジオを聴いてくれたヒヨコ群も「書いてほしい!」と盛り上がってくれて。もちろん私だって書いてほしいに決まっているけど、草野さんもお忙しい方なのでタイミングを見計らっていたところ、今回、7枚目のシングル表題曲という形でお願いすることになりました。

──夏川さんは、草野さんの音楽のどこに魅力を感じますか?

魂ですね。特に草野さんがシンガーソングライターとして、自分のために作って自分で歌っている曲に共鳴する部分がたくさんあって。例えば自分の失敗体験や挫折体験をあまり隠さずに音楽で伝えていて、夏川が今までやってきたことに通じる……というのもおこがましいんですけど、夏川が目指す1つの完成形みたいなところがあると勝手に思っています。あと、ライブでのステージングやMCにも嘘がないというか、自分の正直な気持ちを大事にしているのが伝わってきて。そういうマインドにも憧れるし、だから曲をお願いするときも「シンガーソングライターの草野華余子さんに書いてほしい」とお伝えしました。

──それ以外に、何か具体的なお話は?

「女性同士だからこそ生まれるものもあるんじゃないか」とか「トゲトゲしさ満載でいったら面白いかも」みたいな話はラジオにお呼びしたときもしていたんですけど、オンラインで楽曲会議をしたとき、最後に草野さんが「私は曲を提供する方に、最近どんなことに心が揺さぶられたかを聞いているんです」とおっしゃって。曲と関係なくていいから、相手の人柄をちょっとでも知れるエピソードがあると書きやすいとのことだったので、私がそのとき思っていたことをお話ししました。

──その内容って、お聞きしてもいいですか?

ええと、最近、夏川は自分の性質に気付いたというか。もともと人のいいところを見るのが好きだし、得意だと思っているんですけど、それをすればするほど自分がつらくなるんです。要は、その人に対して「素敵だな」とかプラスの感情を抱いていたはずが、だんだんうらやましくなって、いつしか嫉妬とかマイナスの感情に囚われて……いきなりなんの話? 人生相談?という感じなんですけど、そんな話をしましたね。

──できあがった楽曲はシャープなロックナンバーで、今まで夏川さんが歌ってきたどのロックナンバーにも似ていないと思いました。

草野さんらしい、ナイフで削ったガラスみたいな曲だなって。トゲトゲしていて攻撃的なんだけど、同時にすごく脆いから扱い方を間違えるとすぐ壊れちゃうというか。最初にいただいたデモが草野さんのギターの弾き語りで、かなり豪快に弾いていらっしゃったんですよ。きっと歌っていて気持ちいい楽曲なんだろうなと思いきや、意外と繊細で、本当に細かいところに配慮しながら歌わなきゃいけない。全速力で綱渡りをするような、ものすごく難易度の高い曲ですね。

強い女の物語を書きたい

──「ユエニ」の作詞は夏川さんです。歌詞の内容としては夏川さん流のラブソングというか、例えばパートナーに対して「ここがちょっと嫌だけど、言ったら関係が悪くなりそうだから黙っとこう」みたいな、煮えきらない状態を歌っている?

そうそう、そういうやつです。テーマというほどのものじゃないんですけど、「恋愛って、必要なの?」ということに焦点を当てていて。この歌詞の中で答えを出しているとしたら、まず人を愛す前に自分を愛しなさいよと。そのうえで相手のことも尊重できたら、それは価値あるものだよねっていう。だから1番と2番のAメロは自分が未熟な状態にあるというか、まだ自分のことを愛せていなくて、その愛せていない部分を他人の愛で埋めようとしている。それが、人が恋愛をするときに陥りがちな罠みたいな(笑)。

──罠(笑)。

私、人のそういう話を聞くのが大好きで。「LINEが来なくて」とか「相手が私のことを好きなのかわかんない」とか、どこにでも転がっている話なんですけど、そういうのを聞くたびに「そんなふうに思えるの、いいな」とうらやみつつ「でも、なんか不毛だな」「そんなことで時間を浪費して精神を消耗するのはもったいない」と考えちゃうんです。私にとって、恋愛はなくてはならないものではないけれど、あったら素敵なものだとは思っていて。じゃあ、なんで「あったら素敵」なのか。その答えを出すために書いた歌詞なので、なんなら最後に「Q.E.D.(証明終わり)」と付けたいぐらい。

──それがタイトルにつながっているわけですね。

私による証明なんですよ、この歌詞は全部。ただ、ある意味で答えがないというか、人それぞれに答えがあるべきものなので、視点があっちゃこっちゃいくし、まだ決めきれていないような部分もあって。その中で、私が一番言いたいことは「赤い糸の果てとか 硬い銀の誓いとか 指先だけなんてケチんないで 全てにしてよ」なんですけど……。

──そこ、いいですね。運命の赤い糸とか結婚指輪とか、言われてみれば愛の誓いの類いは人体の末端で交わされがち。

そうそうそう。「指先だけ結ばれて満足するような、そんな愛ならいらねえ! いっそ全身を赤い糸でぐるぐる巻きにするぐらいの勢いで来いよ!」というのが、私の結論です。

──もっと豪快に。

実は、作詞の出発点はさっき言った、草野さんとのオンライン会議で話したようなことだったんです。でも、そういう劣等感みたいなテーマって、今までさんざん扱ってきたんですよ。直近でいうと「ササクレ」(2022年11月発売の6thシングル表題曲)もそうだし、しかも「ササクレ」では自分が抱える劣等感に対して自分なりの解決策まで導いているから、またそこに触れるのは蛇足でしかなくて(参照:夏川椎菜「ササクレ」インタビュー)。「ササクレ」にも「ユエニ」にも申し訳ないし、そこでガラッと視点を変えようとしたところ、草野さんの仮歌を聴いて浮かんだのが強い女性像だったんですよ。私も強い女の物語を書きたい、かつ新しいことに挑戦したいと思ったとき、夏川の楽曲で恋愛について歌っている曲って、今のところ1曲しかなくて。

──「すーぱーだーりー」(2022年2月発売の2ndアルバム「コンポジット」収録曲)ですね。

その「すーぱーだーりー」もちょっと皮肉っぽい歌詞になっちゃったから、別の角度から恋愛について書いてみようと(参照:夏川椎菜「コンポジット」インタビュー)。ただ、「すーぱーだーりー」もそうなんですけど、相手がいないんですよね。好きな人に向けたラブソングじゃなくて、自分に跳ね返ってくるラブソングというか。私の書く歌詞って、基本的には自分のために書いているところがあるので、そこは変わっていないかなと思いますね。

最近は青空文庫ばかり読んでいる

──夏川さんは情報の間引き方、あるいはぼかし方がうまいというか。「ユエニ」の歌詞も一読して「何言ってんだこの人?」と思ったんですよ。でも裏を返せば、それだけこちらが考える余白があるということでもあって。

うれしいです。私の作詞において、歌詞に盛り込む要素を減らすというのは最初から課題で。初めて書いた歌詞が「ファーストプロット」と「ステテクレバー」(いずれも2019年4月発売の1stアルバム「ログライン」収録曲)だったんですけど、まだ作詞とはどういうものなのかわからなかったので、とりあえず思うがままに書いてディレクターに送ったら「情報が多すぎる」と一刀両断されまして(参照:夏川椎菜「ログライン」インタビュー)。

──はい。

そのとき「例えばAメロである感情を表したかったら、その感情のことだけ書けばいい。そこに情景とかを入れようとすると何を伝えたいのかわからなくなる」とか「1つのモチーフをできるだけ多くの言葉で表現するのがいいんじゃない?」と言ってもらったので、それは今でもかなり意識するようにしていますね。要素を減らして減らして、なるべく物語がゆっくりと進むように、1曲を通してタイトルのひと言を説明するようなイメージで書くと、私の場合はうまくいくのかなって。

夏川椎菜

──そして今回も「糸」と「意図」、「研げないなら」と「遂げないなら」など同音異義語で言葉遊びをなさっていますが、そうした語彙って普段から蓄えているんですか?

あんまり意識してはいないんですけど、本はわりと読むほうだと思うので……特に、最近は青空文庫ばかり読んでいるんですよ。タイトルは知っているけど読んだことがない名作って、たくさんあるので。

──それ、とてもいいと思います。明治期から昭和初期のド定番の名作って、歳をとるにつれて手に取りづらくなっていくので。少なくとも僕の場合は。

あと、朗読劇とかで坂口安吾や夏目漱石の作品を読む機会も多くて。ステージで、お客さんの前で朗読するとなったら当然それなりに読み込むわけですけど、そこで今だと聞き慣れない、昔の言い回しとかに触れるたびに「カッコいいな」と思っちゃうんですよ。もちろん文豪っぽい文体で歌詞を書こうとはしていないんですけど、語彙だったり言葉の並べ方だったり、何かしら影響を受けているかもしれませんね。例えば「楽しい」を「愉しい」と書きたくなっちゃうところとか。