泣き虫|謎に包まれた新世代アーティストの独特なモットー

泣き虫が2月10日に自身初のCD作品「rendez-vous」をリリースする。

独特のハスキーボイス、多彩なメロディセンス、独創的な言葉選びを駆使した歌詞などで注目を浴びている泣き虫。「大迷惑星。」「くしゃくしゃ。」「ケロケ論リー。」などがTwitterやTikTokといったSNS、YouTubeを通じて拡散され、本格始動からわずか1年あまりで幅広い層のリスナーを獲得している。

本名、素顔、年齢などすべてが非公表の泣き虫。音楽ナタリーでは、そんな泣き虫の音楽的ルーツ、アーティスト名の由来、アルバム「rendez-vous」の収録曲などについて、じっくりと話を聞いた。

取材・文 / 森朋之

カラオケの点数は60点くらい

──「大迷惑星。」がSNSなどで拡散され、泣き虫の知名度はこの1年で格段にアップしました。リスナーの皆さんの楽曲の感想などはチェックしてますか?

けっこう見ています。そんなに深く受け止めず、「ふーん」という感じですけどね(笑)。

──冷静ですね(笑)。泣き虫さんの音楽性は多岐にわたっていますが、最初の入り口はどのあたりだったんですか?

泣き虫

いくつか段階はあったんですけど、たまたま仲よくなった友達がONE OK ROCKが大好きで、教えてもらって。その流れで「バンドやってみるか」という話になって、エレキギターを始めました。ONE OK ROCKやサンボマスター、KANA-BOONをコピーしたのかな。そのあたりがバンドの音楽の入り口ですかね。

──初めて組んだバンド、どうでした?

楽しかったですね。バンドが楽しいっていうより、メンバーと一緒にいることが楽しくて。当時のメンバーとは今でも一緒に遊びに行くし、ずっと仲がいいです。

──その後、バンドはどうなったんですか?

ベースとボーカルはバンドを離れたんですけど、僕とドラムは続けたんですよ。ボーカルは地元のライブハウスの人に紹介してもらって、ギターも見つかったから、しょうがなく僕はベースをやることにして。そのバンドで2年間くらい活動して、オーディションとかも受けたんですけど、そのうち先が見えなくなって。一旦は解散したんですけど、「やっぱり音楽やりたいね」という流れになって弾き語りを始めたんです。

──それまで歌ったことはなかった?

なかったですね。たまに友達に誘われてカラオケに行っても、1曲くらいしか歌わないし、点数も60点くらいで(笑)。自分で歌うことになるとはまったく思ってなかったです。当時はバンドサウンドにしか興味がなくて、弾き語りは物足りないなと感じていたんですけど、曲作りの練習も兼ねてやってみようというか。

初めて作った「君以外害。」

──弾き語りを始めてから、オリジナル曲を書き始めた?

バンドのときから曲は書いてたんですけどね。人の曲は歌えない……というか、覚えるのに苦労して(笑)。歌いやすい曲を自分で書いたほうがいいなと思って、最初に作ったのが「君以外害。」なんです。その頃よく聴いてた曲のコード進行を参考にして、自分なりに歌メロを乗せたら、あの曲になりました。

──「君以外害。」が最初の曲って、クオリティ高すぎないですか? 歌詞の韻の踏み方も独特だし、すごくオリジナリティがあって。

韻は意識してましたね。僕、滑舌がよくなくて(笑)。「君以外害。」の歌詞は、自分が歌いやすい言葉を並べたんです。1行ごとに完結するような感じで書いていて、全体の意味はあとで辻褄を合わせて。自分で考えた言葉ばかりだから、意識しないでもどこかで合ってくるんですよ。それを整理して、最後に題名を付けるっていうやり方ですね。

──なるほど。歌詞を書いたのも「君以外害。」が最初?

いえ、曲にするとかではなく、歌詞だけを書いていた時期があって、「君以外害。」はそのときに作りました。意味は深く考えず、ただ言葉を並べていたんです。当時書いたものは今もiPadに入ってるんですけど、なんでそんなことをしてたのか、自分でもわからない(笑)。わりと本能的に行動する性格だし、自分でも自分のことがよくわからないんですよね。

──泣き虫さんの韻の踏み方はヒップホップの影響なのかなと思ったのですが。

いや、その頃は聴いてなかったです。それよりもボカロ系の曲に興味がありましたね。ドラムのやつがボーカロイドが大好きで、“歌ってみた”の動画もいろいろ教えてくれて。最初に衝撃を受けたのはハチさん(米津玄師)と礒飛健太さん。関連動画も全部チェックしてました。

「大迷惑星。」を書いたときは、めちゃくちゃハッピーだった

──ボーカルのスタイル、歌い方についてはどうですか? ハスキーな歌声も泣き虫さんの特徴だと思うのですが。

最初は全然ハスキーじゃなかったんですよ。地元で先輩が路上ライブをやっていて、僕も1曲歌うことになって。「君以外害。」を歌ったんですけど、全然声量が出なかったんです。そのときに「とりあえずキーを上げれば、無理矢理にでも声を出せるようになる」と言われて。曲のキーをめっちゃ上げてみたら、少しずつ高い声が出せるようになって、声量も増えて。そうするうちに今のハスキーな声になっていたんです。

──「大迷惑星。」も、泣き虫さんの音楽的な特徴、ボーカルの個性が生かされた曲だと思います。

「大迷惑星。」を作ったのは2016年12月くらいですね。「君以外害。」が2016年6月で、その後「カエル。」を作って、3曲目が「大迷惑星。」。この曲も「君以外害。」と同じように、まず言葉を埋めて。最初に作ったのはサビのフレーズですね。

──「大嫌いで。大迷惑な存在なんでしょう?」ですね。好きという気持ちと「嫌われてるのでは?」という不安が混ざった歌ですが、実際にこういう体験があったわけではない?

ないですね。この曲を書いたとき、めちゃくちゃハッピーだったんで(笑)。

──作詞家のようなスタンスで書いてるのかも。

そうなんですかね? 妄想かもしれないし、そこは僕にもわからない(笑)。

──この曲のMVは625万再生を越えています(2020年12月時点)。YouTubeのコメント欄に「嫌われてるの知ってるのにまだ好きな私。馬鹿だなぁ」といったような個人の恋愛事情を明かすようなコメントが多く寄せられてますね。

感想を読むのは好きです。ありがたいし、皆さんの意見を見て「ああー」って思う(笑)。ただ、自分の経験から作った曲じゃないから、ライブでどういう感情を込めればいいかわからないんですよ。そのときの気分で歌うようにしてます。

──リスナーが“自分の歌”として捉えているのは、ポップスの理想的な形ですよね。映像を逆回転させたMVも注目されています。

いいですよね。逆回転の映像は監督のbubuさんのアイデアです。bubuさんは以前からライブに来てくれていて、何カ月か経った頃に「映像をやってます」と話しかけてくれて。最初に「アイデンティティ。」のMVを撮ってもらって、今も全部の映像に関わってくれてるんですよ。

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