ナタリー PowerPush - 坂本美雨

あなたが好きです!ラブレターアルバム「I'm yours!」

世界が終わるときに最後まで触っていたいもの

──今回の美雨さんの変化は、その人に出会ったから起きたものなんでしょうか。

そうです。あ、でもその前から気配はありました。震災ももちろん大きかったし。私は陰と陽で言ったら陰の担当だと思ってて、10代のときとか「いつ死のう、いつ死のう」って毎日思って生きてきて。そういう考え方が大人になっても癖になってたの。でもそうじゃなくてこう……それでも生きていくしかないじゃんって、いきなりバンっと陽のほうにひっくり返ったんですよね。なんか陰のほうは全部やったっていうか……もう飽きた! うん(笑)。死にたいとか嫉妬するとか恨むとか、そういうのはだいたいわかったからもういいやって急に思えるようになったの。好きな人のおかげでふつふつと生命力が湧いてきたんです。これからは明るいほうでずっと生きていこうと思って。

──確かにこのアルバムからは、そういう強い意志を感じます。

意志を持って明るいほうに進まないとサバイブできないんですよ。それは震災以降明らかになったと思う。

──そうですよね。このアルバムはラブレターであると同時に、やっぱり震災以降のアルバムだと思うんです。震災以降多くの人が感じている切迫感みたいなものが詰まってる。言わなきゃ伝わらないんだとか、やらなきゃ変わらないんだっていう、そういう空気の中でできたアルバムだと思うんです。

うん。今好きって言わないでどうするの? 明日には死んじゃうかもしれないのに、って。本当にそう思ってるんです。

──明日死んじゃうかもしれないと思う?

みんなあんまりそう思ってないことにびっくりするんですけど……。世界が終わると思ってないでしょ? 終わるんだよ!って言いたい(笑)。世界が終わる、そのときに本当に大事なものだけしか持っていけなくて、大事なものさえ持っていけないかもしれなくて、そのとき最後まで触っていたいものはなんだろうって。

──だから世界が終わる前に、今すぐ好きですって言わないと間に合わない。

時間が足りない。そうなんです。だからジャケットでも走ってるんです(笑)。

音楽は教会みたいなものだと思ってたけど今は違う

──でも美雨さんも、今まで人を好きになったことがないわけじゃないですよね。

いっつもすごい勢いで好きですよ。あはは(笑)。

──なのに、今まではその気持ちを歌おうとは思わなかった?

うん、自分が恋愛について歌うっていうことがあんまりピンと来てなくて。自分の役割として、もっと大きなものがあるんじゃないかって思ってたのかな。

──役割っていうのは?

そうですね……例えば子守唄を歌う係みたいな。自分にとっての歌っていうのはそういうイメージだったかもしれない。でも今はどんなときも言葉を喋るように、どこでも誰とでも歌えるようになった。

──これまでの美雨さんにとって、歌はもっと特別なものだったということ?

うん、どこかで特別扱いしてたかも。今までは職人的な意識のほうが強くて、音程を外したり歌詞を間違えたり、そういうのはいけないって思ってたけど、今は正解もないし間違いもない。心底そう思えるようになった。コミュニケーションの手段として、呼吸をするように歌うっていう感じになってきた。だから好きだっていう気持ちも歌で言えるようになったのかな……。

──確かにこれまでの美雨さんはどこか世俗から離れた場所で歌っているイメージがあった気がします。でもこのアルバムの美雨さんは今の我々が暮らしてるこの世界で歌っていて、だからこそその思いがよりリアルに伝わってくる。

そうかもしれない(笑)。自分の中でちっちゃい頃から音楽に求めてたものもそういう感じで、世俗から離れたいっていうか……すごく大事なものを守ってくれる場所、教会みたいなものとして音楽を捉えてたから。もっと天空に近いものでありたかったし、自分自身がそういう存在になりたかったのかも。

──今は違う?

今はわざわざ教会に行かなくてもよくて、いつも隣にいる感じ(笑)。

──そう思えたからこそ、このアルバムで自分の気持ちをそのまま歌うことができたんでしょうね。

まあ、別に今回も歌にしなくてもよかったのかもしれないけど、うーん、自分の好きなこととか仲間の存在とか時代の流れとか、そういうのが今まではそれぞれ並行して流れてたのが今はひとつの川になってきていて。だからこういう作品になったんだと思うんですよね。以前は自分の恋愛と歌っていうのは交わらなかった。それが今はもう隠し事がないっていうか、全部もうこの身体ひとつでやれるようになったから。

ニューアルバム「I'm Yours!」/ 2012年8月8日発売 ヤマハミュージックコミュニケーションズ

収録曲
  1. Eyes(Opening)
  2. あなたと私の間にあるもの全て愛と呼ぶ
  3. 甘い匂い
  4. Go
  5. ラブトラベル
  6. With you,the world is beautiful
  7. More Speed,More Light.
  8. I’m yours
  9. ダンスダンスダンス
  10. 雨とやさしい矢
DVD収録内容
  • I'm yours(PV)
  • アルバムダイジェスト
坂本美雨(さかもとみう)

1980年生まれの女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューし、1998年から本名での音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高い支持を集め、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌に起用された。2010年からはニューヨーク在住のプロデューサー「Shanghai Restoration Project」とともにエレクトロニカポップ路線のサウンドを追求し、同年5月にアルバム「PHANTOM girl」、2011年5月に「HATSUKOI」を発表。最新アルバム「I'm yours!」を2012年8月にリリースした。現在はおおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。