三上ちさこ|手を取り合って光の射す方へ

三上ちさこが5月22日にニューシングル「re:life / ユートピア」をリリースした。

昨年11月に13年ぶりのアルバム「I AM Ready!」を発表し、保本真吾(CHRYSANTHEMUM BRIDGE)とのタッグで新境地を見せた三上。続く新作「re:life / ユートピア」は、“LIGHT And SHADOW”をテーマにした連作シングルの第1弾となる“LIGHT盤”で、三上の光の部分を表したアッパーチューンが収録されている。また本作と対をなす“SHADOW盤”も後日リリースされる。

三上が本作で、そして連作シングル2作で伝えたいことはなんなのか。“LIGHT And SHADOW”とは何を表現しているのか。彼女の表現はなぜ、どう変化してきたのか。その真意を確かめるべく三上のもとを訪れると、彼女の手元には1冊のノートが。三上は自身が伝えたいことを緻密に書き込んだノートを広げ、取材に応じてくれた。

取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 笹原清明

気持ちが光に向かってる

──“LIGHT And SHADOW”というコンセプトはどこから生まれたんでしょうか。

三上ちさこ

自分の中には「つらいことや苦しいことがあっても、前を向いて進んでいかなきゃ」という正の感情もあれば、問題を誰かのせいにしたくなったり、世の中に怒りが湧いてきたりする負の感情もあるんです。誰でも同じようなものだと思うんですけど、後者ってネガティブに捉えられがちじゃないですか。でも、それがあるからこそ「このままじゃいけない」と成長することもできるんじゃないかと思うんです。両方を俯瞰して客観的に表現することで、どちらの感情にも意味があるということを示したかった。そのことに気付ければ、生きていること自体がドラマチックになるなって。

──正の感情を表現した“LIGHT盤”である「re:life / ユートピア」を先にしたのはなぜ?

今年2、3月のツアー「I AM Ready! TOUR」(参照:三上ちさこ、“CHIEERS”と共にライブツアー完遂「音楽業界のトップを取りにいきます」)を観てくださった方ならわかると思うんですが、今、私の気持ちがすごく光に向かっているんです。だからまずはそこに向き合いたいなと思って。昔、fra-foaをやっていた頃は、自分の中の闇に向かってひたすら突き進んでどんどん孤独を深めていくみたいな表現をしてたんですけどね。

──闇や孤独はそれはそれで大事なものだと思いますけど、今はそういうモードではないということですね。

結局1人になっても得られるものがなかったんです(笑)。バンドメンバーもいたし、聴きに来てくれる人もいたけど、みんなで一緒に何かを生み出している感がなくて、溜まったものを吐き出してスッキリして終わり……というか。今はそういう感じじゃなくて、お客さんに「がんばろう」って思えるような、きっかけみたいなものを持って帰ってもらいたいって気持ちが強いんですよ。

誰も置いて行きたくない

──この2曲は曲調にも歌詞にもそういうポジティブな思いが表れていますね。

「re:life」はFoo Fightersのようなギター中心のバンドサウンドをイメージして作ったんですけど、保本(真吾)さんが作曲した「ユートピア」のほうは、アヴィーチーとかColdplayみたいなエレクトロニックな音で、最初に聴いたとき、大きなスタジアムでみんなと一緒に大合唱してる光景が思い浮かんだんです。報われないつらい日々が続くと「自分は1人ぼっちなんじゃないか」と孤独を感じて先が見えない闇の中にいるような気分になるかもしれないけど、みんな同じような思いを抱えて生きているし、私たちは1人じゃない。みんなで手を取り合って、励まし合って生きていこうよ、ということを、音でも歌詞でも言いたくて。ただ勝てばいいんじゃなくて、歌詞でも言っているように“君”と一緒に勝ちに行くことが大事なんだって伝えたいんです。「あなたは私に必要な存在なんだよ」ということですね。

──今おっしゃったのは「辿り着けるのかなんて分からなくてもいい そこに向かう君との輝跡が愛しいの」の部分だと思うんですが、そのすぐあとで「必ず辿り着くんだ」とも歌っていますね。

自分の音楽を信じて付いてきてくれてるスタッフの人たちやCHIEERS(三上のファンの呼称)の誰も置いて行きたくないし、みんなで一緒に最高の景色を見に行きたい、一緒に勝ちに行きたいってすごく思ってます。「絶対に辿り着くんだ」って言わなきゃ実現しないと思うし。誰にも未来はわからないけど、もし結果的にたどり着けずに終わってしまったとしても、「君と一緒にそこへ向かった軌跡が愛しい」ということを言いたかったんですよ。日産スタジアムでみんなで大合唱したいので、皆さん応援お願いします!

震災から8年経って

──本気で勝ちに行くと宣言しながら「人は いつか 星になるよ だから 今を 感じたい ただそれだけ」と無常観も滲ませているのは大人ならではですね。

もう人生の折り返し地点は超えたと思っていて、残りの人生で自分は何ができるんだろうと考えたときに、私の音楽を聴いてくれた人たちが、それぞれのステージでがんばるためのカンフル剤になりたいと思ったんですよね。そのことに残りの人生を賭けたいなと。この話から「re:life」につながるんですけど、この曲はもともと東日本大震災をきっかけに書いた曲なんですよ。復興の兆しが見えてきた時期に、いくらかでも力になれれば、と思って。でも当時は、これを歌うことが被災した人たちを無為に傷付けるかもしれないなと考えて、発表しなかったんです。

──どのへんがですか?

三上ちさこ

こういうことを音楽にしていること自体が、です。遠くで「あなたのことを思ってる」なんて歌ってる暇があるなら、手伝いに行けよって話じゃないですか。でも震災から8年経って、今私たちが生きていることは決して当たり前じゃなくて奇跡なんだ、と気付けるきっかけになるかもしれない。そう考えれば今、歌う意味があるかもしれないと思って、出すことにしたんです。震災に限らず、何かを失った悲しみを心に抱えているすべての人に聴いてほしいと思ってますね。

──時間以外にも何か考えが変わったきっかけはありますか?

明確な何かがあったわけではないんですけど、あの出来事を忘れないことで、今を生きることの大事さに気付けると思うし。どんなことが起きても、無駄にしちゃいけないと思うんです。つらい時期に無理して向き合う必要はないけど、傷が癒えたら、見つめることで何かに気付くきっかけに変えていきたい。最初はサビが英語だったんですけど、何を言ってるかわかんないなと思って日本語にしたら、メッセージが明確になりました。