三上ちさこ「I AM Ready!」特集|三上ちさこ×保本真吾(CHRYSANTHEMUM BRIDGE) プロデューサーと振り返る再生までの道のり

三上ちさこ(ex. fra-foa)が11月28日にニューアルバム「I AM Ready!」をリリースした。

2005年のfra-foa解散後ソロに転向し、2枚のアルバムと1枚のミニアルバムを発表した三上。その後3年ほどライブ活動を休止していた彼女だが、昨年12月に東京・代官山LIVE HOUSE LOOPで開催されたライブイベント「月と太陽 -透明な交差点- vol.1」への出演をもって復活を果たした。

音楽ナタリーでは本作の発売を記念して、三上とプロデューサーである保本真吾(CHRYSANTHEMUM BRIDGE)との対談を実施。楽曲や彼女の考え方からソロでの活動における苦悩を感じ取った保本は、まるでカウンセラーのように彼女に寄り添い、叱咤激励しながら今作のリリースに至るまでを支えてきたという。その道のりを2人にじっくり語り合ってもらった。

取材・文 / 小野島大 撮影 / 草場雄介

ソロになってからの三上は外に放とうとしてる(保本)

──音源としてはミニアルバム「tribute to…」以来6年4カ月ぶり、フルアルバムとしては「Here」以来13年ぶりという渾身の1作です。

三上ちさこ これを逃したらもう次はないっていうぐらいの気持ちで作ったんです。自分が今できうる限りのすべてを注ぎ込んだし、悔いが残らないように自分がやりたいことは全部やったので、達成感はありますね。

──3年ほど前に保本さんと出会ったのが今作の始まりだそうですね。

三上 はい。Facebookで保本さんからメッセージをいただいたんです。

保本真吾 家で自分のiTunesのライブラリをシャッフルで聴いていたんですよ。その中でふとかかった曲を「これいいな、誰だろう」と思ったらfra-foaだった。fra-foaは昔好きだったけど、もう20年近く前のことですからね。ボーカルの三上さんは今何やってるんだろうと思って検索したら、ライブはときどきやってるけど表だった活動はしてない。でもそのライブ映像を観たらまだまだきちんと歌えているからもったいないなと思ったんです。

対談の様子。左から保本真吾、三上ちさこ。

──ひさびさに最近のライブ映像をご覧になって、fra-foa時代と何か印象は変わってました?

三上 それ聞きたい!

保本 ええとね、fra-foa時代は内にこもって歌ってるような印象がすごくあったんです。ほかの人のことは何も気にしてなくて。でもソロになってからのライブ映像を観たら、けっこうメチャクチャだけど、外に放とうとしてるなって感じたんですね。なので気持ちの変化はあったのかなと思ったんです。

──外に向かって表現しようという気持ちはあるけど、それがうまいこといってない。

保本 そうそう、ホントその通りで。何か伝えようとしてるけど、やり方が全然わかってない感じだった。ちょっとてこ入れしたら面白くなるんじゃないかと。fra-foaはワンアンドオンリーな存在だったけど、同じ時期に同じように突出した女性アーティストはいた。そういう人たちは今も活躍してるのに、彼女だけなぜそれができてなかったんだろうって、すごく考えたんですね。

──なぜだと思いますか?

保本 これは一緒にやり始めてからいろいろ思ったんですけど、自分のことも自分の活動のことも何も考えてない。その場がよければいいって活動の仕方をしてた。

三上 (笑)。めちゃ刹那的だった……。

保本 だから何も残らない。つなげていくという行為をまったくやってなかった。その結果、同じようにやってた人たちは今も第一線でしっかりやってるのに、三上さんは言わば落ちぶれてたんですよ。会って話をしてみたり、いろいろ彼女の言動を見てみたら、まあむちゃくちゃだったんで(笑)。

三上 うふふふふ……(笑)。

残りの人生で自分が行きたいところを定めて突き進まないと終わっちゃう(三上)

──私は「宙の淵」(2001年2月発売のアルバム)のミックスをスティーヴ・アルビニが手がけたことがきっかけでfra-foaを知ったんですけど、fra-foaはその後も名のあるプロデューサーたちと仕事をされてきましたね。そうした経験はその後のキャリアにはあまり生かされてなかったということでしょうか。

三上 全然生かされてなかったですね……。そういう意識が全然ないままやってきたから。保本さんとお会いして一緒に作っていく中で一番大きかったのは、目的地を定めてくれたことなんです。今までって、真っ暗闇の海の真ん中にたった1人でいる、みたいな感覚だった。何かやるたびに自分の中に光はぼわっと生まれるんだけど、それで終わっちゃう。

──自分のすぐ周りを照らしてるだけで、その先が見えない。

三上 うんうん。何も見えなくて。なのでずーっと苦しくて、この先どこに行けばいいのかもわからなくて。目標もなく……ただ自分の内側に目を向けて、自分の内側にあるものを育てて膨らませて爆発する、ということしかできなかった。

──ふむ。そういうタイプのシンガーソングライターってたくさんいそうな気がしますけど、それじゃまずいんでしょうか。

保本 いや、まずくはないんです。でもそういう人たちには、方向を示したりコントロールするブレーン……マネージャーやレコード会社のA&Rなどが絶対に付いてるんですよ。そういう人がいるアーティストは好きなことをやっていればいい。でもアーティスト自身が自己プロデュースする場合は、自分を俯瞰で見ることがなかなか難しいんです。特に三上さんみたいな人は、自分がやりたいこととビジネス的なことという両軸のバランスを考えることはできないから、ブレーンが必要なんです。サウンドを作るプロデューサーはいても、そこまで考えられる人は少ない。活動って続けていく中に物語があって、起承転結があるのだから、積み重ねていく必要がある。上がったり落ちたり起伏はあるけど、でも最終的には上昇軌道を描いていく、というのが理想的で。僕はそれをやらせてあげたいと思ったんです。今の音楽シーンでは、運だけではやっていけない。ちゃんと考えて狙っていかないと。

三上ちさこ

三上 その都度自分の中にあるものは誠実に出してきたつもりだし、そのときはすっごく楽しくてすっごい満たされるし感動もするけど、終わった瞬間、「あれ? 次はどこへ行けばいいんだろう」って思うことが多かったんです。何も積み上げてない、つながってないという感覚があって。

──三上さんの成長や変化の物語をファンに見せてあげられなかった?

保本 そもそも本人にそういう意識は全然なかったと思いますね。音源を作って、ライブに至るまでの過程を見せて、ライブを披露して、次の新作につなげていって……王道ですけど、みんなそうやって次につながっていく。でも彼女は音源も作ってなかったし、ライブを1回やったらそれで満足しちゃって、次のライブに向けて何かテーマをもってやるわけでもない。昔からのファンは来てくれるけど、それも目に見えて減っていく……。

三上 保本さんが一緒に考えてくれたのが、自分が将来どうなりたいかというイメージ。そんなふうに夢を語ることが、昔はすごいカッコ悪いと思ってたんですよ。恥ずかしかったんです。「これを言って実現できなかったらみっともない」とか。すごくカッコ付けだったんで。でも今やそんな悠長なことは言ってられない。なりふり構わず、残りの人生で自分が行きたいところを定めて突き進まないと終わっちゃうなって思って。

──具体的にどういうアドバイスをされたんですか?

保本 新しい、今の三上ちさこにアップデートするということですね。僕はfra-foaのファンはすごく大事だと思うけど、そこに固執するだけじゃなくて、今の音楽シーンで勝負するためには新しいファンにもアピールしなきゃいけない。ライブにしても、何が大事で、どこにテーマを置くか、一から考えていく。それも1回で終わりじゃなくて、続けていかなきゃならない。そこはかなり言いました。それで今の音楽シーンに響くようなアーティストにしたかった。