オファーが今年でよかった
──「マジカルミライ2020」のテーマソング「愛されなくても君がいる」はどういう着想から制作をスタートさせたんですか?
実はクリプトンさんにオファーをもらう前から「愛されなくても君がいる」というタイトルは思い浮かんでいたんです。去年の「マジカルミライ」を観に行ったときに感じた会場全体の空気感、初音ミクを中心にポジティブなエネルギーに満ちている感じを味わったときに「愛されなくても君がいる」というフレーズを思い付いて。実はオファーがなくても勝手に“非公式ソング”として「愛されなくても君がいる」という曲を作ろうしていました。
──2018年2月に公開された「ビューティフルなフィクション」という曲も「マジカルミライ」の非公式ソングとして作ったものですよね。
よくご存じですね(笑)。これまでも初音ミクをテーマにいくつか曲を書いてきたんですが、今思うと「テーマ曲のオファーが今年でよかったな」と思っていて。
──それはなぜですか?
例えば5年前にもしオファーをいただいていたとしたら、「マジカルミライ」のテーマ曲にそぐわないような尖った曲を出していたかもしれないと思っていて。キャリアが浅い頃は、曲を作っているのは僕なのにみんなが初音ミクを見ていることに対して寂しさを感じていたこともあるんです。初音ミクの曲なんだからそれは当たり前のことなんですけど、そこにどこか引っかかりを感じていたんですよね。
──去年「マジカルミライ」のテーマソングを手がけた和田たけあきさんも同じことをおっしゃっていました(参照:初音ミク「マジカルミライ 2019」特集 和田たけあきインタビュー)。
曲を作るような人は誰であれ自己主張が強い人なはずなんです。でなければ曲を作って動画を公開していませんから。自分が書いた曲が注目されているのにその中心に初音ミクがいることに対して、自分の中にアンビバレントな思いが芽生えるんじゃないかなあと思います。ただ10年もやっているとそれが当たり前になるし、何度も「マジカルミライ」の会場に足を運んでいると、ミクを観てみんなが盛り上がっている光景が本当に素敵なので、そういうリスナーに向けた初音ミクの曲をまっすぐに作りたいなと思ったんです。「ビューティフルなフィクション」も「マジカルミライ」を実際に観に行って書いた曲ではあるんですが、ちゃんと1つの曲として表現するにはまだ固まりきってなかった気がして。今回の曲で初めて“初音ミク全振り”の曲が書けたと思っています。
初音ミクが歌って一番エモい言葉
──非公式ソングとして構想を練っていた曲が公式ソングになることで、何か意識が変わった部分はありますか?
「初音ミク」という言葉を歌詞に入れようと考えたのは、公式ソングのお話をいただいてからですね。「ミク」という言葉が曲中に使われることは多いんですけど、「初音ミク」というフルネームが歌詞に使われている曲って意外と少ないんですよね。クリエイターやファンのイメージによって成立している初音ミクが何を言ったら一番エモいかをすごく考えて。これまでミクをテーマに曲を書いたことはあったけど、ミク側の目線に立って歌詞を考えたことってなかったんですよね。それで考えた末に、「マジカルミライ」の会場で踊っている初音ミクが「初音ミクでいさせてね」と歌うのが一番エモいんじゃないか、と思ったんです。
──「愛されなくても君がいる」はミク側の目線で書かれた歌詞のようでありながら、クリエイターや視聴者の目線に立っても読み解ける歌詞になっていますよね。
そこはすごく意識しました。「マジカルミライ」の会場のいいところって、例えば仕事とか学校とか、日常生活でうまくいっていないことがあったとしても、会場がミク一色だからその瞬間は嫌なことを忘れられるというところだろうなと思って。そういう感覚を総括して、ちょっと極端ではありますが「愛されなくても初音ミクはいるよ」という観てる側の目線でも読み解けるようになっています。もちろん、「俺はちげーよ」って人もいると思いますけど(笑)。
──今年の「マジカルミライ」のテーマである「MATSURI(まつり)」という言葉は、曲にどういう影響を及ぼしましたか?
オファーの際に「MATSURI(まつり)」というテーマを伝えられてはいたんですが、僕にはまつりのピークの曲を書けなかったんです。おまつりが終わったときの寂しさを感じている瞬間にグッとくるタイプなので、「愛されなくても君がいる」はちょっと切なさのあるまつりの余韻を感じさせる曲になったと思います。「大丈夫 楽しいパーティーが終わっても」と歌詞に書いたのも、「MATSURI(まつり)」というテーマに寄せたかったからですね。
──インタビューの最初に触れた「ボカロと一緒に歌う」という表現は「愛されなくても君がいる」でも活用されています。
いつも通り、自然な形で自分の声を入れました。僕自身がライブでこの曲を披露するならどういう声を入れるかな、と考えて。基本的にはライブを観ている人たちがコールをしやすいところや、一緒に歌いたくなるところで僕の声を入れています。
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ラストシーンに2つの解釈