Eテレに革命を起こした
──「ネクタリン」は「天才てれびくん」のメインテーマソングとして書き下ろされた曲のセルフカバーですが、アルバムに入れようという考えありきで作ったんですか?
はっとり ありきです。「天才てれびくん」の子供たちが練習するために僕が歌ったデモ音源を渡したんですけど、そのときの歌をほとんどそのまま使ってます。
──子供たちが歌う曲を作るのもあまりない経験だと思いますが、どういうことを意識しましたか?
はっとり あんまり難しすぎたり、メロディが動きすぎてもちょっと大変かなと思って。自分では当たり前と思っている歌い癖をちょっと見つめ直しました。歌詞は、この言葉を子供が歌ったら面白いだろうなとか、そういうことを考えながら作りました。
──確かに、子供にわかりやすい表現を選んだり、噛み砕いた言葉を選んでる感じはなかったです。
はっとり 多くの人はこういう話が来たときにそうしちゃうんですよ。子供をナメんなって話なんです。子供だってけっこう理解してるからね。だから逆に、ちょっと背伸びした生意気な子供を演じてもらうつもりで書きました。
──そういうことをやってくれるだろうという信頼もあった。
はっとり 特に芸能をやってる子供は小さい頃から鍛えられてますからね。上手に歌ってましたよ。たぶん、歌詞も理解しながら歌ってたんじゃないですかね。
──“てれび戦士”が歌うバージョンのミュージックビデオを観ても、曲をうまく歌いこなしてる感じがありました。
はっとり セルフカバーは原曲と同じキーなので、俺が歌うとけっこうしんどそうに聞こえると思います。もともと、子供が歌うのに楽なキーにしようと意識しました。がんばってる感じではなく、気怠さを出したかったので、イメージ通りです。で、もっと言うと、「天才てれびくん」の曲で、ハモりをがっつりやってるのは今回が初めてらしくて。オクターブのユニゾンの曲はあるけど、ハモリはなかったそうなんです。「コーラスがけっこう難しいラインなんですけど、やってくれませんか?」ってダメ元で頼んでみました。「そんな難しいこと無理です」と断られるかと思ったんですけど、歌ってくれました。がっつり3声のコーラスですからね。Eテレに革命を起こしましたよ。「天てれ」をマカロニ色に染めてやったという(笑)。
高野賢也「ぜひ俺が」
──「だれもわるくない」はアニメーションスタジオ・MAPPA主催の「MAPPA STAGE 2023」のオープニング映像用に書き下ろした曲です。これはどういうふうに作っていったんですか?
はっとり これは賢也さんが「ぜひ俺が」と挙手しまして。
高野 話が来て、はっとりに「挑戦してみる?」と言われて。MAPPAの作品がすごく好きなのでやりたいと思いました。で、まだマカロニがやってないジャンルとしてEDMがあったんで、がっつりEDMの曲を作りたいねっていう思いがあって。打ち合わせで「MAPPA STAGE 2023」のキービジュアルを見せていただいたら近未来感があったので、これならEDMの曲が当てはまるんじゃないかと思って挑戦してみました。ただ、イベントのオープニングなので「疾走感のある明るい曲、暗くない曲」という要望だったんですけど……。
はっとり 暗いのが上がってきたからね。
高野 オープニングで使われるアニメ作品を事前にすべて観たんですけど、全部暗い作品で。イメージがそっちに引っ張られちゃって、サビが盛り上がらないデモができてしまいました。サビだけ何回か作り直して今の状態になって。そこからEDMのアレンジにたっぷり時間をかけました。どうやったらコンプで頭を潰した音が表現できるのかって。リファレンスにAviciiとかを大音量で聴いて、どのくらいのタイミングでサイドチェインをかけたらいいのかを研究しましたね。エンジニアの欽ちゃん(高柳欽也)と試行錯誤して、楽器にも触らず、パソコンの前でみんなで作業してたので大変でした。
田辺 アルバムの中で一番大変だったんじゃないかなと思います。録音もそうだけど、ミックス作業も朝4時とかまでやってましたね。
──この曲はいわゆるEDMそのままではなく、マカロニえんぴつがバンドのフィルターを通してEDMの感覚を取り込んだような音になっている感じがします。その落としどころが絶妙なバランス感なんじゃないかなと思ったんですが、そのあたりは苦心したところでしたか?
はっとり バンド感は本当は出さないでおこうって思ってたんですけど、どうしてもバンドの雰囲気が出ちゃうんですよね。解釈がそもそもバンドだから。それをいかに我慢するかのほうが大変だった。ギターは入れたくなるけど、これは入れちゃダメだし。
田辺 サビとか1回も弾いてないよね。
はっとり あとは、ポップスの感覚というか、AメロがあってBメロがあってサビっていう、その概念を1回なくしたかった。サビの前にブリッジを入れてみたらどうだろうって。バンドから離れよう、ロックサウンドをあきらめようという意識が強かったけど、やっぱどうしても匂いますね。
──ビルドアップとドロップの構造で曲を組み立てるとなると、ドラムのフィルとか、そういう発想ではないですからね。
はっとり そうそう、フィルが大変だった。意外とスネアがいらないんだ、とか。フィルの立ち位置っていうのが打ち込み系とバンドサウンドで違うから、リズムを作るのが大変でした。
田辺 スネアの音色を作るのも大変でしたね。
──この曲を作った経験はこれから先に生きてきそうな感じはありますか?
はっとり まあ、何個も作りたくはないですけど(笑)。ただ、こういうチャラめな感じの曲は今後も作りたいですね。これ、EDMにしてはテンポがちょっと速いんですよ。それが邦ロック感をちょっと匂わしちゃうので、今度はもうちょっとテンポを落として、野外フェスでの夜帯に盛り上がりそうな曲を作りたいかな。
──アルバムタイトルの「大人の涙」はこの曲の歌詞から取ったんですよね。どういう理由からこのタイトルになったんでしょうか?
はっとり アルバムタイトルって本当に悩むんです。そのために新しい言葉を作ったり、全体を見通して何かの言葉で置き換えるっていうよりも、曲の中からピックアップしたいなと。「ありあまる日々」もいいかなと思ったんですけど、「大人の涙」でしたね。やっぱり、どの曲でも、この「だれもわるくない」で伝えたいことを言い方を変えて言ってるような感じがして。傷付くことを自分だけで済ませないで、誰かが一緒に泣いてくれたらどれだけ救われるかなとか。そう強く思うんですね。「大人の涙」っていうのは人の痛みに共感して流す涙で。痛くて泣くんじゃなくて、誰かのことで泣くのが大人になった瞬間だと思ってまして。ちょっとかわいらしい気がするし、字面もよかったので、これにしました。
──いろんな曲で歌っていることを総括する言葉だなと、のちに気付いたという。
はっとり 歌詞を書いている時点で「大人の涙」という言葉がすごく気に入っていたというのもあります。このワードに肩入れしていました。
寿司屋に来たら中華料理が出てきた
──「嵐の番い鳥」についても聞かせてください。これはどういうことなんですか?
はっとり (笑)。インタビューでみんな同じ聞き方しますよね。「これはなんですか?」とか「どういうことですか?」としか聞かれない。寿司屋に来て中華料理を出された感じですよね。「どういうことなんですか?」「ごめんなさい」っていう……ご注文された品と違うものを提供してしまったんですけど、もったいないから食べてくださいってことです。
──曲を作ってるときはどんな感じでしたか?
はっとり 作ったのはアルバム制作の終盤だったので、精神的にも余裕があったんですよ。
長谷川 リード曲も録り終わっていて。
はっとり 課題曲が終わったから自由曲に行こうっていう感覚です。ふざけまくってましたね。ふざけまくってるんだけど、至極真面目に作りました。中途半端だとふざけただけで終わるから、やるからにはちゃんとやろうと。
長谷川 昭和歌謡をいろいろ聴いたり、研究したりしました。
田辺 本気でそっちの音楽に寄せにいきました。
高野 ウィンドチャイムを借りたりして。
はっとり でも歌録りのときにミラーボールを吊るしたのは、ただのふざけだったね(笑)。
田辺 スタジオに入って「これ、ミラーボールあったほうがいいね」と言って、大ちゃんが近くのドンキまで車を走らせて買いに行ってくれた。
はっとり 「できたらムーディ勝山さんみたいな白スーツも買ってきて」って言ったんだけど、電話がかかってきて「はっとり、白スーツはないわ」って(笑)。
田辺 リコちゃんもレトロっぽい服装で来てくれたんですよ。
はっとり ヤユヨのボーカルのリコちゃんが参加してくれたんですけれど、「曲を意識して昔っぽいのを着て来ました」って。わかってくれて、ありがたかったですね。
田辺の封印が解かれるとき
──「Frozen My Love」に関してはどうですか? この曲はどういうタイミングで、どういう狙いで作っていった?
はっとり ウケ狙いです(笑)。
田辺 1つ前のフルアルバム(2022年1月発売「ハッピーエンドへの期待は」)でサウナの曲(「TONTTU」)、去年のEP(「たましいの居場所」)で街中華の曲(「街中華☆超愛」)、と普段やらないテーマの曲を作ったんですけれど、はっとりと車で帰ってるときに、「今回はどうする?」という話になって。「ヘビメタはやったし、ファンクもやったから、メロコアなんてどう?」みたいな会話から始まりました。
はっとり 僕の地元の山梨はメロコアのメッカなんですよ。特に僕が山梨のライブハウスに出てた頃は、NOBっていうバンドが山梨発というのもあって、周りにメロコアバンドがホントに多くて。僕はハードロック上がりなんで最初はメロコアが嫌いだったんですけど、この2ビートの中で歌ったりしたいなとずっと思っていたんです。メロコアをずっとやりたかった。そういう経緯ですね。
──すごくフィットしてる印象がありました。
はっとり ドラムのサポートの高浦(“suzzy”充孝)くんがメロコア上がりなんですよ。もともとメロコアのサポートをやってたから得意で、「BPMいくらでも上げてください、230まではいけますね」と言ってたから、頼もしかったです。よっちゃんもフルストロークで速い刻みはもうお家芸ですから。
田辺 僕もマカロニえんぴつの前はゴリゴリのバンドをやってたんで、ひさしぶりに封印を解いたっていうか。
はっとり レコーディングしながら「手首が懐かしいー!」って、ちょっと香ばしい発言がありましたけど(笑)。
田辺 でも全然弾けなくて。冒頭のミステイクと悲鳴はそのまま使われました。
はっとり 歌の感じは西海岸にしたかったんだけど、歌詞の感じはガガガSPというか、青春パンクみたいになりました。冷蔵庫を仲裁役に見立てて家庭内不和を歌うっていう(笑)。自分の家の冷蔵庫がうるさかったんですよ。で、バンって強く閉めると静かになるんだけど、この閉め方、申し訳ないなと思ってた時期があって、そこから着想を得て進めました。
──「嵐の番い鳥」「Frozen My Love」の2曲があることで、ヌケのよさと、「こういうことするバンドだよな」っていう、マカロニえんぴつらしさが伝わると思います。
田辺 フルアルバムの楽しみってこれだもんね。
はっとり 懐の深いレコード会社ですよ。ありがたいですね、予算かけてくれるから。
まだやりたいことがある
──最後に聞かせてください。アルバムが形になり、どんな作品ができあがった実感がありますか?
はっとり 全曲、好き。最初から自分と距離が近い曲しかない。うれしい。うれしみロック(笑)。
長谷川 「できた!」っていう気持ちはありますね。いつも音作りにはこだわるんですけど、今回はそれが客観的に見えるようになったという成長もあって。例えば「悲しみはバスに乗って」とか、初めは乾いたピアノなんですけど、サビでリバーブをかけたエレピを弾いていて、音が歌詞に影響されるようになったなという実感はあります。自分のサウンド感だけじゃない、歌詞を伝えるためのアレンジができた、歌詞を汲み取れるキーボーディストになれてきたかなっていう。
高野 レコーディングでは「これ入れてみよう」と思ってやってみたけど「やっぱダメだったね」って、なくなった音もいくつかあって。思い返せばレコーディングが楽しかったという気持ちが、今回はすごく強いです。ベース以外でやれたことも多くて。例えば「愛の波」のサビのピアノは大ちゃんと僕の2人で別室にこもってずっと考えました。
長谷川 お世話になりました。
高野 あとは「嵐の番い鳥」や「悲しみはバスに乗って」で、趣味で集めたパーカッションを入れたりもして。
はっとり 賢也の小道具、大活躍だったね。
高野 バンドでやるレコーディングの楽しさが詰まってる1枚ですね。さらに愛着が湧くアルバムになったんじゃないかなと思います。
田辺 今回はいろんな録り方をしたし、11年やってきて、覚えてきたことをひと通り還元できたような気がします。このバンドを始めた学生時代、レコーディングの授業があったんですけど、最初はまったくわからなかったなと思い出して。そこからこんなにいろんなことをやれるようになって、成長したなとしみじみ感じました。あと、「ハッピーエンドへの期待は」を出したときはいろいろやりまくったんで、次はどうしたらいいんだろう?と思ってたんですけど、アナログレコーディングとかね、まだやりたいことがあるし、前向きにいられている。できあがって、気持ちのいいアルバムでしたね。
はっとり 大人のアルバムだと思います。タイトル通り。大人になったなって感じですね。
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プレイリスト企画「マカえんの涙」