坂本真綾インタビュー|忘れてしまった記憶はどこへいくのか、“記憶の図書館”から持ち出された12篇の物語 (2/3)

愛想笑いをする自分に嫌気がさすことも

──竹内アンナさんが作曲を担当した「discord」はダンサブルかつキャッチーな1曲です。

アンナちゃんとは堂島孝平さんを介して知り合いました。堂島さんとは私の25周年アルバムでデュエットさせていただきましたが(2021年3月発売のコンセプトアルバム「Duets」。参照:坂本真綾「Duets」特集|坂本真綾×堂島孝平×土岐麻子)、堂島さんに書いてもらった「あなたじゃなければ」のデモが上がってきたときに、私のパートをすごくいい声の人が歌っていて。それで堂島さんに「これは誰ですか?」と聞いたら、アンナちゃんがわざわざデモのために仮歌を入れてくれていたんです。歌声がすごく素敵だったから、そこから作品をチェックするようになって。彼女も私のライブを観に来てくれたり、少しずつ関係性ができあがっていったんです。お仕事をするのは今回が初めてだったけど、いつか曲を書いてほしいなと思っていました。

──竹内さんとの打ち合わせはいかがでしたか?

若い人ってやっぱり堂々としているんですよね。アンナちゃんにお願いするならバラードよりアッパーなテイストかなと思っていたので、それくらいのざっくりとしたイメージをお伝えしたら、「はい! がんばります!」みたいな感じですんなりと打ち合わせが終わって。すぐにこの曲が上がってきました。

坂本真綾

──アッパーかつキャッチーなサウンドの中で歌われているのは、「完璧なはずの世界の中で馴染めない自分」についてです。この息苦しさみたいなものは、坂本さん自身が日々の生活の中で感じていることなのでしょうか?

「ないものねだり」に続いて不満しか言ってないですね(笑)。アルバムのテーマが「忘れてしまった記憶」だったので、自分ではもう少し何気ない日常の風景だったり、ほっこりするような歌詞だったりが多くなるのかなと思っていたんですけど、実際書き始めたら不平不満じゃないけど(笑)、そういうのばっかり出てきちゃって。それは予想と違ったところでした。日々の生活の中で「自分は自分でいい」と思うときもあれば、人の流れを見て「逆らっちゃいけないのかな?」と周囲に合わせることもあるんです。「世の中のムードがこうだから、当たり障りなく外れないでおこう」みたいな。でも、そのたびにうまいこと愛想笑いしている自分が気持ち悪いなと感じることもある(笑)。大きな流れの中でどうしても自分らしくいられない瞬間をもどかしく思うことはありますね。

──なぜそういった感情を歌にしようと思ったのですか?

「discord」は明るく弾んで始まるのに、だんだんと雲行きが怪しくなってきて、サビの盛り上がり部分も決してあっけらかんと割り切れるムードではなく、どこか切羽詰まった感じがある。なので曲に導かれたところもあって、「シンプルに楽しいという感じじゃないよな」と今の形になったんです。あとアンナちゃんの楽曲には英語の歌詞が多めに入っていますよね。韻を踏んでリズムを出していくスタイルなので、メロディだけ聴いても日本語をハメるには少し難しいところがあるんです。「discord」は私が作詞するものなので日本語軸で書こうと思ったときに、リズム感や韻を踏むことに少し苦労しました。でも、試行錯誤する中でこれまで使ったことのない言葉が出てきたりもしたので楽しかったです。

これまで挑戦していない音楽、新たな出会いを求めて

──ノイジーなギターから始まる壮大なミディアムナンバー「タイムトラベラー」の作曲およびアレンジは、坂本さんの作品ではおなじみの北川勝利さんです。ただ、これまでの北川さん楽曲とは明らかに毛色が違うように感じたのですが、これには何か狙いがあったのでしょうか?

これまでの北川さん楽曲は、アッパーで明るく元気で、ライブで盛り上がる曲、というイメージですよね。そういったテイストは北川さんの得意分野だとは思うけど、もう何度もご一緒しているので、今までやってきたことを改めて重ねなくてもいいんじゃないかと思ったんです。なので北川さんには「今まで私とやっていないような曲をお願いしたいです」とリクエストして。仲が深い間柄だからこそ妥協できない部分もあって、デモのやりとりを何度もしました。

──そうだったんですね。

「これまでやっていないもの」というオーダーの仕方だったので、北川さんも捉え方の部分で難しいところはあったのかもしれない。北川さんという人間はとにかくネアカだから、その明るさが楽曲ににじみ出ちゃうんです(笑)。なので「この際、明るさを完全に消してください」みたいなことを言って作り直してもらったりもして。

坂本真綾

──何度もやりとりを重ねた中で、今の形に落ち着いたのには何か決め手があったのでしょうか?

たくさんのデモを送っていただく中で、この曲が上がってきたときに「求めていたものが来た!」と感じて。それからの制作は早かったです。あと北川さんとご一緒するときは、私もよく知っている方々とレコーディングをすることが多かったんですね。でも、今回は今までと違うことをしたいという私の意向を踏まえてなのか、初めてご一緒するミュージシャンの方が多くて。お互いよく知っている間柄で何度もご一緒しているからこそ、新しい試みをしようというのはアルバムのテーマの1つになっていたかもしれません。

──ちなみに、なぜ新しいことに手を伸ばそうとしたのでしょう?

新しいアルバムに取りかかるときに毎回思うことだけど、「前回のアルバムがすごくよかったから、あれみたいなことをしよう」みたいなのは一番無意味。いいアルバムを過去に作れたというのは素晴らしいことなのだから、もし気に入ってくれる人がいるならそのアルバムを一生聴いてもらいたいと思うんです。作り手が次に目指すべきは、これまでやっていないことにチャレンジして作品を生み出すこと。それに新しい人とも巡り合っていかないと、自分の中で音楽をやる意味が見い出せなくなっちゃうんです。

──なるほど。

それで毎回新しいことに挑戦しているつもりなんですけど、その反面、キャリアが長くなればなるほどやったことだらけになって、どんどん道が狭くなっていく(笑)。その苦しみはあるし、知ってるメンバーだけで、うまくいった方法だけで回してくのは楽かもしれないけど、自分の中で「それじゃ終わってしまうよ」という危機感があるのかもしれないです。

ユアネスと岩里祐穂がマッチングしたら?

──5曲目の「体温」は作詞を岩里祐穂さん、作編曲をユアネスの古閑翔平さん、そして演奏をユアネスのメンバーが担当しています。この組み合わせは坂本さんの提案だったんですか?

はい。今回のアルバムで言うと既発曲の「un_mute」も岩里さんの作詞だけど、もう1曲書いてほしいなと思っていたんです。で、ユアネスにはヒリヒリする、ある種青臭い音楽みたいなテーマでお願いしていて。ユアネスの曲に私が歌詞を乗せるというのは前にもやっているので、岩里さんにお願いしたいなと。それに岩里さんにコンセプトストーリーを読んでもらったときに「自分の中で今一番書きたいテーマとぴったりだから、それを書かせてほしい」と言ってくれて。

──なるほど。この組み合わせについても、新しさを求めてのことだったんですね。

そうですね。「この2組がマッチングしたらどうなるのかな?」という興味がありました。今回はいろんなミュージシャンに参加してもらっているんですけど、ユアネスと同い年くらいの方に「『プラチナ』(1999年発表のシングル)が大好きで小さい頃から聴いてました!」と言われることが多くて(笑)。特に男の子は多いんですよ。ユアネスの黒川(侑司 / Vo, G)くんも「プラチナ」が大好きらしく、「歌詞を書いてくれるのは『プラチナ』の人だよ」と伝えたらとても喜んでいました(笑)。

──子供の頃に大好きだった楽曲を作った人たちと一緒に仕事をする、いい話ですね(笑)。そんな世代を越えたマッチングから生まれた「体温」のデモを聴いたときはいかがでした?

難しくて「これ誰が歌うんだよ」と思いました(笑)。今っぽいというか、展開の多さだったり、言葉がたくさん詰まっていたり、二度と同じメロディが出てこない感じだったり、キーが上がっていく展開だったりとかね(笑)。ユアネスと岩里さんは世代的にかなり離れているけど、そのマッチングをすごく喜んでくれたし、ほかでは見られない組み合わせだから実現できてよかったです。

坂本真綾

tricotのクリエイティブに触れて

──tricot提供の「一度きりでいい」はポストロックなサウンドで、アルバムの中では異質な楽曲だと感じました。

tricotに関しては、ディレクターが何年も前から「いつかご一緒してみたい」と名前を挙げていたんです。私も以前からファンなんですけど、tricotの音楽はあの4人が奏でて、‎(中嶋)イッキュウさんが歌詞を書いて、イッキュウさんの声で歌うことで成立している。私がボーカルとして入ったときに、果たしていい塩梅でまとまるのかな?と読めない部分もありました。満を持してtricotの音楽に飛び込んでみて、ドキドキしましたけど、私は結果的にすごくいい曲になったんじゃないかなって。

──tricotは「一度きりでいい」の演奏にも参加していますが、レコーディングには立ち会ったんですか?

はい。もともと好きなバンドだけど、より一層ファンになっちゃうくらい素晴らしい演奏でした。1人ひとりのクリエイティブだったり、毎テイク高まっていく熱量だったり、見ているだけで楽しかったです。「一度きりでいい」は変拍子がたくさん入っていて複雑な部分もあるんだけど、歌詞はわりとすぐ出てきましたね。tricotの音楽はトリッキーさを狙っているわけじゃなくて「こうなってしまう」というか、バンドの自然な在り方として生まれているものだと思う。「一度きりでいい」は自然な流れの中でできあがっていっている印象を受けたので、歌詞も身を任せていたら、曲の流れに引っ張ってもらってスラスラ書けたところはあります。