坂本真綾インタビュー|忘れてしまった記憶はどこへいくのか、“記憶の図書館”から持ち出された12篇の物語 (3/3)

chilldspot比喩根に見た、若き日の自分

──続く「Anything you wanna be」の作曲は、冒頭で名前が挙がったchilldspotの比喩根さんです。

比喩根さんらしさが詰まっていますよね。一聴して好きになりました。chilldspotは最初にメンバーの年齢を聞いてびっくりしたんですよ。「なんであんなに若い子たちが、こんなに渋くて貫禄のある音楽を作ってるんだろう?」って。

──chilldspotのメンバーはまだ二十歳そこそこですもんね。実際に比喩根さんとお会いしてみていかがでしたか?

音だけ聴くと、大人っぽい削ぎ落とされたサウンドで、シンプルゆえの強さがありますよね。達観しているような。でも、比喩根さんと会って実際に話をしてみると、昔の自分と重なる部分があるなと感じたんです。自分が同じくらいの年齢のときは「もう子供じゃない」「大人として扱われたい」「ナメられたくない」みたいな意地があって。比喩根さんが書く歌詞を見ていると、大人と対峙していかなきゃいけない中で、少し肩に力を入れながら“自分らしさ”というものを一生懸命に探しながら表に出していっているようなところがときどき垣間見えて、そこに愛おしさを感じました。

坂本真綾

──比喩根さんや竹内さんのように、若い世代のミュージシャンとの制作は刺激になりますか?

もちろん。それに「自分だったら20歳のときに43歳の人に詞を書けって言われたらどう思ったんだろう?」みたいなことも考えます(笑)。でもね、比喩根さんやアンナちゃんのような若い世代と対峙してみると、自分の若い頃よりよっぽど堂々としてるし、語彙も豊富で「時代が違うんだな」ってくらいにしっかりしてる(笑)。だから年齢差みたいなものは不思議とあまり感じないんです。

人に曲を書いてもらう醍醐味

──10曲目の「空中庭園」は、作詞作曲、アレンジまでを堂島孝平さんがお一人で手がけた1曲です。

堂島さんとも何曲かご一緒しているので、「これまでやっていない路線、例えばアコースティックな雰囲気はどうですか?」とこちらからリクエストしました。「空中庭園」は曲も歌詞もすぐに上がってきて、さすがはポップス職人という手際のよさでしたね。

──坂本さんはシンガーソングライターとしてのみならず、いろんなアーティストに歌詞を提供する作詞家としての一面も持っていますよね。ほかの人が書く歌詞はどういうふうに見えているんですか?

ギタリストが曲を最初に聴くときはギターのフレーズに真っ先に耳が行くように、私も歌詞に集中しちゃいます。やっぱり好きですね、人の歌でも歌詞を読んだり聴いたりするのは。堂島さんはメロディに対しての言葉の入れ方が私と全然違うところがあるからすごく新鮮。私からは絶対に出てこないノリなんですよ。「空中庭園」は「これぞ人に書いてもらう醍醐味だ」と思いながらレコーディングしました。

──詞にこだわりがあるからこそ、どうしてもジャッジが厳しくなってしまうことはないですか?

楽曲提供をお願いしている方々はもともと好きで、大尊敬しているので安心してお声がけしていますが、もちろん自分の中でしっくりこなかったり、納得がいかなかったりするところがあれば必ずお伝えするようにしています。もしも「自分は1回上げた原稿は絶対に直しません」という人がいたらご一緒できないかも(笑)。

どれだけ言わないで景色を描けるか

──「鏡の中で」は作詞を坂本慎太郎さん、作編曲を冨田恵一さんが担当していて、音楽ファンならどうしても気になっちゃう組み合わせです。

今回のアルバムは自分で歌詞を書く量を減らして、作詞を人にお願いする割合を増やしたいと思ったんです。それで「じゃあ、どなたに書いてもらおう?」と考えたときに、真っ先に思い浮かんだのが坂本さんでした。でも、坂本さんは作詞家として活動しているわけではないし、いつ頼んでも必ず受けていただける方ではない。以前ご一緒しているとはいえ、断られる可能性もあるだろうと思って……。まず坂本さんに歌詞を書いていただけるとして、どなたとのマッチングがいいだろう?と考えて、冨田さんに曲を書いてもらえたら熱いと思ったんです。それで坂本さんには最初から「冨田さんに曲を書いてもらえるので、歌詞をお願いできませんか?」というふうにお声がけしました(笑)。

坂本真綾

──結果として冨田恵一×坂本慎太郎という熱いマッチングが実現しましたが、お二人から届いた歌詞と楽曲はいかがでした?

あまりにも素晴らしくて、歌詞が上がってきたときはボーッとして、やる気がなくなってしまった(笑)。自分もたくさんの締め切りを抱えていたので、「歌詞を書かなきゃいけないんだけどこんな詞は書けない」と、しばらく落ち込んだのを覚えています。

──歌詞だけ読むと坂本慎太郎節が炸裂しているんだけど、「鏡の中で」はしっかり坂本真綾の楽曲になっているという印象を受けました。

それは私が歌うことを前提に書いてくださったからだと思います。優しい曲調で浮遊感や明るさもあるんだけど、歌詞だけ読むと内省的な部分だったり、少しだけ不気味な感じもある。そのバランスがとても絶妙だと思いました。だからレコーディングは何かを表現しようと思わずに「この曲があってこの歌詞があるだけで十分だから、とにかくニュートラルに何もやろうとせずシンプルに素直に歌おう」という意識で臨みました。

──この、うっすら漂う不気味さってなんなんでしょうね。

鏡に写った自分が他人に思える瞬間って、みんな経験があると思うんですよ。誰にでも心当たりのあることが一番、妙にリアルで生々しいというか。ファンタジーというより、現実に少しだけファンタジーが侵食してくる雰囲気。「世にも奇妙な物語」じゃないけど(笑)、ファンタジーと生活感の塩梅がすごいですよね。

──坂本慎太郎さんは削ぎ落とした言葉であったり、日本語の響きであったり、メロディに対しての言葉のハメ方だったりにかなりのこだわりがある方ですが、作風が似ているという話ではなく、そういったこだわりは坂本真綾さんの楽曲からも感じられます。

いろんなスタイルがあるけど、私は聞き取れる歌が好きだし、日本語ならではの響きに魅力を感じているところはあります。日本語以外の言語では書けないので、その響きだったり、自分で歌うときの感触みたいなものは意識していますね。あと日本語はとにかく文字数が多いんですよ。英語なら1音で「i」と言えるところを「わたし」と3音使わないといけない。なので日本語だと言いたいことはかなり“言えない”んですよね。「英語だったらもっと言えるのに!」と思うこともあるけど、言葉を削ぎ落として「言わないけど、その分も伝えるためには?」ということを考える。その作業はほとんど俳句なんですよ。“てにをは”を排除して伝えるのか、あるいは“てにをは”があっても「に」なのか「は」なのかによって全然印象が変わる。それは日本語特有の表現ですよね。俳句をやっているわけじゃないけど、決まった音数で、どれだけ言わないで景色を描けるか。それはとても難しいけど、作詞の楽しい部分ですね。

「菫」がまとめてくれるに違いない

──本作には「菫」「言葉にできない」「まだ遠くにいる」「un_mute」といった既発曲も収録されていますが、コンセプトアルバムとしてパッケージする際に難しさはなかったですか?

既発曲は1曲1曲が濃くて、アルバムに入れることは決めていたけど、うまく馴染んでくれるかは最後までわからなかったです(笑)。コンセプトアルバムを作ったことはこれまで何度もあるけど、それはすべて新曲だったんですよね。今回はコンセプトはあるけど既発曲も入る前提だったので、自分の中で矛盾が生まれたら嫌だなと思いながら作業していました。でも、収録曲が全部そろったときに改めて並べてみると、計算していたわけじゃないけど、「いろんな人の記憶の断片がよみがえるようなアルバムにしたい」というテーマとうまく結び付いた感覚がありました。それに、私の中で「菫」は思い入れの強い曲でして、アルバムには絶対にこの曲を入れたかったんです。ラストに置くことまで最初から考えていて、全体像が見えない中だったけど、「どんなことがあっても『菫』が最後にまとめてくれるに違いない」という希望を持って制作していました(笑)。そのくらい懐の広い曲なんです。

坂本真綾

──6月には4都市6公演のツアーが開催されます。各地を回るのは約3年ぶりとなりますが、どのようなライブになりそうですか?

これはアルバムを作るたびに思うことなんだけど、新曲はライブで歌うことでその先に伸びるものがあると感じていて。完成した曲が育っていくのを楽しみにしています。お客さんの前で歌うことで新しい発見があったり、また違う感覚を味わえたりすることがあるので、そうなるといいですね。

──今回のツアーは北川さんがバンマスを務めるそうですね。

お客さんも満席で入れられる状況で声も出せるようになりましたし、北川さんのバンマスだと元気なムードでお送りするライブになると思うから、気兼ねなく音楽に身を任せて楽しんでもらえるかなって。それに前回の北川バンドは25周年ライブの2日間だけで終わってしまったので、ひさしぶりにみんなで集まれたら楽しいかなと思っています。今回は「記憶の図書館」のリリースツアーだけど、コンセプトに合いそうな昔の曲を引っ張り出して演奏したいと思っていますし、ほかではやらないような企画も考えているので楽しみにしていただけたら。

ライブ情報

坂本真綾LIVE TOUR 2023 「記憶の図書館」

  • 2023年6月2日(金)埼玉県 越谷サンシティホール ※「IDS!」会員限定公演
  • 2023年6月4日(日)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
  • 2023年6月17日(土)大阪府 フェニーチェ堺
  • 2023年6月18日(日)大阪府 フェニーチェ堺
  • 2023年6月24日(土)東京都 東京ガーデンシアター
  • 2023年6月25日(日)東京都 東京ガーデンシアター

プロフィール

坂本真綾(サカモトマアヤ)

1980年3月31日生まれ、東京都出身。幼少期より劇団で活動し、自身が主人公の声を担当した1996年放送のテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビュー。以降コンスタントに作品を発表する傍ら、声優、女優、ラジオパーソナリティとしても活動している。2021年3月にデビュー25周年を迎え、神奈川・横浜アリーナで2DAYSライブ「坂本真綾 25周年記念LIVE『約束はいらない』」を開催。2022年5月にシングル「菫 / 言葉にできない」を発表し、同年11月に東京・東京国際フォーラム ホールAで2DAYSライブ「坂本真綾LIVE 2022 “un_mute”」を行った。2023年5月に11thアルバム「記憶の図書館」を発表。6月に4都市6公演の全国ツアー「坂本真綾LIVE TOUR 2023『記憶の図書館』」を開催する。