LUNA SEA「MOTHER」「STYLE」セルフカバーアルバム特集|INORAN & Jソロインタビュー (3/4)

Jインタビュー

どういうふうにやったら新しい? 今の俺たちにどんなことができる?

──「DUAL ARENA TOUR 2023」が始まり、横浜と福岡公演が終わったところですが、今の手応えはいかがですか?(取材は11月上旬に実施)

1日目が「MOTHER」、2日目が「STYLE」というアルバムリリース当時のセットリストを基本にして、今の自分たちのすべてを見てもらう……という構成を思いついた段階からワクワクしていて。実際に始まって、想像以上の手応えを感じていますね。

──リズム隊2人による「BACK LINE BEAST」の復活もあって。

そうですね。さらに、新しくドラムソロと合体して。デュアルツアーだから、“デュアルソロ”ができたらカッコいいなと思って、真矢くんにプレゼンしたんですよ。ドラムソロかと思いきや、リズムソロに変わって、最後真矢くんのドラムソロが戻ってきて、煽って、次の曲に突入していくという感じで。

──ライブではかなり盛り上がっていましたね。リズム隊のソロは1996年の「STYLE」のツアーで始まって、定番になったんですよね。

リズム隊としてソロパフォーマンスをやることは、その当時の音楽シーンではあまりなかったので、新しいスタイルとして打ち出そうとしたことを覚えています。結果的にみんなが盛り上がってくれて、いまだに1つのスタイルとして存在しているのはうれしいですね。

J

──セルフカバーアルバムの制作は、再現ツアーのアイデアが発端だったとか。

そうなんです。「MOTHER」はLUNA SEAというバンドの音楽を世の中に知らしめることができたモンスターアルバムだし、「STYLE」は「MOTHER」をリリースしたあとのものすごいテンションの中で作られたアルバムで。以前から、メンバーの間で「いつの日か、俺たちにとって大切なこの2枚のアルバムに特化したツアーをやりたいよね」という話をしていたんです。LUNA SEAは、自分たちのやってきたことを確認するためなのか、現在地を測るためなのかわからないですけど、いろいろな節目で過去をもう一度確認するような、儀式めいたライブをしたり、作品を作ったりしてきたんですよね。俺自身としては、バンドとしての本能というか、自分たちが先に進むための1つの儀式みたいなものだと捉えていて。その流れで、いつの日か「MOTHER」と「STYLE」も……というアイデアをずっと温めていたんです。

──それがこのタイミングで実現したと。

そう。何年も話をしている間に、皆さんも経験されたコロナ禍があって。皆さんもそうだと思うんですが、エンタテインメントのシーンもいろんなものが制限されて、やりたいこともできなくなるという現実を味わったじゃないですか。同時にLUNA SEAとしても、RYUICHIの病気や、バンドを取り巻く状況に関してたくさんの困難にぶつかっていた部分もあった。そういうことを経験したときに、「ちょっと待てよ」と思ったんです。俺たちはずっと突っ走ってきて、いまだにバンドを結成した頃と同じように未来しか見ていなかったけど、絶対的なものなんてもうないのかもしれないよねって。いつ何を失ったって、いつ何かができなくなったっておかしくない。そういうことを目の当たりにする中で、今やれることをとにかくやろうと。先送りにしてる場合じゃない、「いつかやろうね」じゃなくて今なんだと思ったんですよ。そう決めてから、どういうツアーをやったら最高だろう? どういうふうにやったら新しいだろう? 今の俺たちにどんなことができるだろう?という話を具体的に進め始めて。そこから、両日とも違う世界観でデュアルアリーナツアーをするというアイデアが生まれました。

ノスタルジーに浸りたいわけじゃない

──ツアーの構想が、アルバムの制作につながっていった。

そうです。ツアーの規模やスケール、アプローチの仕方も含めて具体的にディテールが見えてきたときに、だったら約30年前に作った2枚のアルバムにもう一度血を通わせて、今の俺たちにもっと近いものにしていってもいいんじゃない? いや、したほうがつじつまが合うんじゃないかというアイデアが自然に生まれました。「MOTHER」と「STYLE」に特化したツアーをやると言っても、別に俺たちはノスタルジーに浸りたいわけじゃない。今の俺たちがここにいるからこそ、アルバムにもう一度命を吹き込むべきというか……もちろん、過去を否定するという意味ではまったくないんですよ。決して、何かを修正するために何かを消しゴムで消す作業ではない。当時作ったその世界にもう一度強い線でアウトラインを描くような、もう一度色を足し、画角の外にあった世界を描くようなイメージなんですよね。逆に過去のアルバムだけを持ってツアーを回っても、その間のギャップが埋まらなかっただろうなって、今改めて思っていますね。

──ポジティブな気持ちで再録に向き合えたんですね。

俺の中には前提として、録り直す必要はあるのか?という気持ちも当然ありましたよ。ものすごい熱を持った作品だし、当時の作品に対して、一点の曇りも迷いもないので。でも、結成から30年以上経った中で、俺たちはいろんな経験をし、いろんなことを見て、聴いて、吐き出して、吸収してきた。それを経た自分たちが、今できる最大限の力で当時のアルバムをもう一度よみがえらせることは、バンドにとって意味があることだと思ったんです。

──なるほど。

ただ、自分たちの前に立ち塞がった大きな問題が1つありました。当時の曲をもう一度プレイして、レコーディングするわけだけど、いったい誰がそれをまとめられるんだ? 2枚のアルバムを今の俺たちの気持ちとリンクさせて、さらにとてつもない場所へこの物語を押し進めてくれる人なんているの?と。そこで、「CROSS」というアルバムで一緒に作業した世界的なプロデューサーであるスティーブ・リリーホワイトの名前が挙がったんです。彼にやってもらうこと以外に答えはないよね、ということでオファーしました。スティーブはU2や The Rolling Stonesのような世界中のレジェンドバンドと仕事をしているから、忙しいのは当然知ってたし、最初は本当にダメ元のオファーでしたよ。でも、スティーブが「ぜひやってみたい」という答えを返してくれて。その瞬間に、パズルのピースがガッとハマったような感覚でしたね。これは絶対最高なものになると思えて、不安は一切なくなった。

J

──点と点が線につながっていったわけですね。

そうなんですよ。俺は運命論者でもなんでもないんですけど、この2枚のアルバムに関しては、こうなるように決まっていたのかと考えるしかない奇跡的なタイミングで始まったので。本当に不思議ですよね。面白かったのが、スティーブに「このあたりに作業をお願いできるかな」って聞いたら、「ごめん、その時期はちょっとラスベガスのU2のところに行ってるから忙しいんだ」って(笑)。

──大きな話題になっていた、球体型のアリーナ・Sphereでのライブですね!

そうそう。そりゃそうかっていう(笑)。スティーブには、このアルバムを作ることに決めた経緯や、RYUICHIの病気のこと、バンドを取り巻く状況のことも伝えていて。だからこそ、バンドのメンバーのような関係で作業ができた。俺たちは楽器を弾いて、彼はコントロールルームでミキシングボートを操って……そういう意味では、世界を股にかけてキャッチボールができたと思います。

完成度に対する自信

──再録と言っても、リアレンジしたり、音色を変えたり、いろいろなアプローチがありますけど、今回はほぼオリジナル音源のアレンジを踏襲したものになっていて。Jさんのベースは特にそうですよね。

変化を望む人間もいるし、望まない人間もいるけど、それは両方とも間違いではないから、今回のアルバムで何を伝えるのか、だと思うんですよ。その点は何回もメンバーでディスカッションしました。俺としては、今の自分たちが演奏すれば当然今の俺たちに変わる。だからこそ、別に何かを意図的に変える必要はないと思って。当時、全力で描いた絵の続きを、約30年経った今の俺たちが描くんだというイメージでしたね。

──それはある意味、一番難しいことなのではないかと思います。

そう。真っ向勝負ですからね。これまで聴いてくれていた人の分だけ思いが乗っているアルバムだと思うので、それをすべて次のステージ、次のフェーズに連れて行くつもりで作っていました。高いハードルではあったんですけど、ツアーをしたいというところからこの話が始まり、それをするには今の自分たちに必要な音だったし、そんなアルバムを作っていくうえで、今のメンバーの気持ちとスティーブ・リリーホワイトというプロデューサーがしっかり強くつながっていた。だから、完成度には自信がありましたね。

──実際、完成した音源を聴いてどうでしたか?

スティーブが送ってきたファーストミックスを、レコーディングスタジオに椅子を並べてメンバーと一緒に聴いたんですよ。そのときは、本当に言葉が出ないぐらいの衝撃でした。この2枚のアルバムを誰よりも理解しているのは俺たち5人だと思うんですけど、全員がひれ伏すというか。「そう、こうなんだよね」「こう鳴らしたかったんだよね」と思ったし、音楽はこれだけ立体的になるんだと感じるくらい、すごいものを送ってきてくれたんです。30年以上音楽をやってきたら、もうだいたいのことが想像はつくものなんですけど。今回のアルバム作りでは本当にいろんなことを学んだし、まだまだ先があるんだよ、ということを感じさせてくれました。バンドにとってすごい経験だったと思います。今は、このアルバムがどんなふうにリスナーのみんなの中に入っていってくれるかを考えてワクワクしていますね。