エゴの塊だとしても、それでも
──クライマックス直前の10曲目「それでも」は、曲調的にもアルバムラスト直前という空気感をまとっていますよね。
すごくわかります。この曲は……私がすごくリスペクトしているアーティストさんが亡くなられてしまって、その方に届けたかったけど届けられなかった思いを音楽として発露したいと思って書き始めたもので。なかなか納得いく形にできなくて、制作に一番時間がかかりました。
──テーマがテーマだけに、伝え方や表現の仕方にも難しさが伴うでしょうし、どこまでストレートに伝えるか、あるいはどこまで物語として見せるのか、いろんな葛藤があったかと思います。
アルバムに入れようと決まったものの、スタッフさんにも誰について書いたかは言っていなくて。それがわかった途端に「やめましょう」と言われるんじゃないかと思って内緒にしていたんですけど、それだとアレンジを江口亮さんにお願いした意味が伝わらない。なので、「こういう経緯で生まれた曲です」と話したところ、「レーベル含めチーム全体として素敵な曲にしましょう」と言っていただけました。
──楠木さんの個人的な思いから生まれた曲ではあるものの、誰しも「会ったことはなかったけど、話してみたかった。こういう言葉を伝えたかった」という人はいると思いますし、広く伝わる曲なんじゃないかと思います。
私も「あんなに好きだったのに、何も知らないんだ」という虚しさを、書きながらすごく痛感しましたし、そういう思いがだいぶサビに出ているんじゃないかと思います。私の仕事は表現を届けることがメインだから、誰かに届くことが当たり前とまではいかないけど、対象とするものの身近なところには届くんじゃないかと思いながら活動していて。でも、1mmも届かず終わった経験は初めてだったかもしれない……そういう後悔を衝動的に歌いたかったので、アレンジも「エモさを際立たせるというよりは衝動性を表現していただきたい」と、江口さんにお伝えしました。
──エモさよりも衝動性を選ぶところが、楠木さんらしいですよね。
エモくきれいに描くのは全然違うかもと思って。「それでも」に存在するのはきれいな思いじゃなくてエゴの塊です。この曲だけは自分のためだけに書きました。
──抑え気味な声が、まさにラスト前という絶妙なポジションで光るという。僕も楠木さん同様、この仕事をしていてお会いできないまま亡くなってしまった方とか引退してしまった方がたくさんいるので、この曲にはすごく共感できました。
独りよがりな曲だけど、届く人によって思い浮かぶ人は違うはずだから、共感してもらえる人がいたらいいなと思います。
自由は不自由であること
──11曲目は「turquoise blue」。この曲はアルバムのラストを意識して制作したものだったんですか?
作り始めたときは、ラストにするかどうかは決めてなかったんですけど、ただ絶対にこのアルバムのテーマ曲にしようとは決めていて。なので、ほかの曲に比べるとターゲットもそんなに絞ってないし、一番いろんな人にスッと届いて、温かく広がっていくような曲になったらいいなと思っていたんです。まず、ターコイズの石言葉である成功や繁栄、自由からイメージを膨らませていたら、川の流れみたいな映像が頭に浮かんできて。
──川が流れる映像、ですか?
はい。私がここ最近考えていることとして、“受容”というものが色濃く存在していて。この世の中には自分ではどうにもできないことがたくさんありますけど、それを「どうにもできないんだ」と受け入れることも大切だと思うんです。一度あきらめることで、「じゃあ次はどうしていけるかな」と考えるのが、今の自分の年齢や立場において大事なことだなと思っているので、それを川の流れになぞらえて、身を任せることの大切さ、任せることで得られる自由みたいなものを描きたかった。受容の繰り返しで得られる自分だけの自由とか美しいもの、という意味合いで「青」を入れたんです。
──ここまでアルバムを聴いてくれた人へ広く届く、お守りのような曲であってほしいと。
そうですね。「私の青を掴み取りたい」「私の青を咲き誇りたい」という歌詞があるんですけど、スタッフさんからは「青は“掴み取る”ものなのか、“咲き誇る”ものなのか、どっちかのほうがいいんじゃない?」というご意見もいただいて。ただ、そこは人によって違うんだろうと思ったので、意味合いをあまり限定したくなかったんです。青に対するイメージは皆さん1人ひとり違うと思うので、「turquoise blue」がそれぞれの中にある“自分が美しいと感じられるもの”を得るきっかけになってくれたらうれしいです。
──にしてもこの曲、冒頭の「自由は不自由 気づくのに時間がかかった」というフレーズにドキッとさせられます。
私はこの最初の2行がすごく好きで。人って誰しも自由を求めると思うんですけど、その一方でどうしようもできないこと=不自由さがあるからこそ、自分で模索して自由を見つけていける。この世界が完全に自由だったら、そういう気付きも得られないまま人生が終わっていくじゃないですか。不自由さがあるからこそ人生は輝くんだろうなって、私はそこに気付くまでに時間がかかってしまったけど、素直になれた今だからこそ、この2行にハッとするのかもしれませんね。
本当にいいアルバムになった
──この「turquoise blue」を経て、再び1曲目の「twelve」へ戻っていき、「LANDERBLUE」というアルバムは真の完結を迎える。めちゃくちゃコンセプチュアルな作品になりましたね。
曲を作っているときは、自分が想定していたよりもだいぶ振れ幅も大きくなって、アルバムとしてバラバラな印象にならないか心配だったんですけど、「twelve」が最後にできたおかげでひとつにまとまったと思うし、この幅広さも自分らしさとして受け取ることができた。本当にいいアルバムになったなと、自分でも思います。
──今年8月にアーティストデビュー5周年を迎えた楠木さんにとって、新たな一歩にふさわしい1枚だと思います。
がむしゃらに走り続けた5年間でしたけど、変わらない部分もたくさんあると同時に、なんだかんだしっかり変化もたくさんあって。しかも、自分が自覚している以上にその変化がアルバムに反映されていることをすごく感じるので、コロナ禍と重なった最初の数年を含めて全部無駄じゃなかったんだなと実感できました。きっと「LANDERBLUE」は「吐露」のときと同じように、みんなのもとに届いてから楠木ともりの印象が変わったり、変化があったりする作品になる気がするので、発売されて以降が今からすごく楽しみです。
──12月22日には、バースデーライブ「TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2025 “LAPIDARIES”」も控えています。タイトルにある「LAPIDARIES」は宝石細工人を意味する言葉で、これもアルバムタイトルと関連しています。
以前から話していることではあるんですけど、ライブってステージに立つ人から一方的に発せられているように見えて、実はお客さんを含めて一緒に作り上げていく、すごく相互的なものだと思っているんです。なので、ライブに来てくれた人に変化を及ぼせるような時間にできたらいいなと思っています。
──ニューアルバムからの新曲も披露されるのでしょうか。
じゃないでしょうか(笑)。「これ、ライブでどうなっちゃうんだろう?」という曲がいくつかあるので、私も今からドキドキしています。ただ、夏のツアー(「TOMORI KUSUNOKI Zepp TOUR 2025"Whose fault is it?"」)がこの5年間の集大成色が強かったけど、今回はバースデーライブとはいえ、次の一歩を示す場にもなるはずなので、そこも含めて楽しみにしていてください。
公演情報
TOMORI KUSUNOKI BIRTHDAY LIVE 2025 "LAPIDARIES"
2025年12月22日(月)東京都 EX THEATER ROPPONGI
プロフィール
楠木ともり(クスノキトモリ)
1999年12月22日生まれ、東京都出身の声優・シンガーソングライター。テレビアニメ「ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」「チェンソーマン」「ヘブンバーンズレッド」「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」などに声優として出演している。2020年8月に自身がヒロインを演じるテレビアニメ「魔王学院の不適合者」のエンディングテーマ「ハミダシモノ」を収録した作品でメジャーデビュー。2023年5月に1stアルバム「PRESENCE」「ABSENCE」を2枚同時にリリースした。最新作は2025年11月リリースの2ndアルバム「LANDERBLUE」。同年12月22日には東京・EX THEATER ROPPONGIでバースデーライブを行う。
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