楠木ともりインタビュー|ありのままの感情を吐き出したデビュー5年目の5th EP「吐露」

デビュー5年目に突入した楠木ともりが5th EP「吐露」をリリースした。

「吐露」には楠木が自ら作詞作曲した「風前の灯火」「DOLL」「NoTE」「最低だ、僕は。」の4曲を収録。各曲のサウンドプロデューサーを重永亮介、亀田誠治、ハルカトミユキ、菊池真義が務めている。

「吐露」の4曲で楠木が表現したのはありのままの感情。ダークなトーンの作品となったが、楠木本人は「私が思う楠木ともり像はだいぶ出せたんじゃないかなと思います」と語っている。その真意は?

取材・文 / 西廣智一撮影 / 星野耕作

「楠木ともりってなんだろう?」意外とわかってないかもしれない

──楠木さんは今年8月でアーティストデビュー4周年を迎えました。デビュータイミングがちょうどコロナ禍と重なったものの、ここまでEP4枚にアルバム2枚、シングル1枚をリリースし、ライブも定期的に行うなど順調な活動を続けている印象があります。

やっぱりメジャーデビューがコロナ禍だったこともあって、デビュー前に考えていたやりたかったこと……主にライブに関しての部分がひと通りできなくなってしまったんですけど、4年の活動を経てやっと「演出でこういうことがやりたい」とか、「その演出のためにこういう曲を作ってみよう」とか、私としてはエンジンがちゃんとかかった感覚があります。今までまったく調子が出なかったわけではなくて、コロナ禍における新しい音楽活動の形を模索し続けていましたし、コロナ禍が終わって音楽の聴かれ方が変わった中でも今の時代にフィットしつつ自分のやりたいことやオリジナリティをずっと模索して、それが今少しずつつかめてきた気がする。それに、インディーズから始まった音楽活動も今はやりたいことをどんどんやらせていただける環境になり、ライブ会場も回を重ねるごとに大きくなってきましたが……これは今回のEP「吐露」にもつながるんですが、最近は音楽を始めた頃にやりたかったことや表現したかったことってなんだったんだろうなと、振り返ったり思い出したりする時間が増えています。

楠木ともり

──それは「PRESENCE」「ABSENCE」(2023年5月発売)というアルバムを通して、ここまでの音楽活動を一度総括したことで、いろんなことを見つめ直すきっかけになったのでしょうか?

そうですね。アルバム以前はEPのために毎回4曲用意して、どういうバランスにしていくかを考えて作っていたんですけど、ライブやアルバムではEP以外にも作ってきた曲が並ぶわけじゃないですか。その際に「どの曲がお客さんによく聴かれているのか」「どういう気持ちのときに楠木ともりの音楽を聴くのか」とか、もっと細かい情報で言うと「BPMがどれくらいの曲が多く存在していて、こういう要素があまりないからそっちの方向性の曲を作ってみましょう」とか、レーベルスタッフさんとデータ解析をしたことがあって。今まで音楽を通してアーティストとしての楠木ともりを伝えていたものの、その音楽のタイプが曲ごとにバラバラなことでなんとなく散漫な印象があるというか……「じゃあ楠木ともりってなんだろう?」っていうことを意外と自分たちがよくわかってないかもしれないなと振り返ったタイミングでもありました。

──僕は2枚のアルバムに楠木さんのアーティストとしてのパブリックイメージが凝縮されていて、これさえ聴けば楠木ともりを理解できるという結果につながったと思っていて。だから、それに続く今回のEPではここまで弾けられたのかなと感じていました。

確かにそうかもしれません。「PRESENCE」「ABSENCE」でやっとお客さんにとっても、楠木ともりがどういうアーティストかっていうことがよりわかりやすくなったと思いますし、今までわかっていた人もわかってなかった人もアルバムという形で共通認識ができたことで、みんなで同じ方向を向けたような気がします。

ネガティブはネガティブのまま吐き出そう

──5th EP「吐露」ですが、まずタイトルにドキッとさせられました。これまでのEPにはタイトルトラックが存在していましたが、今作には「吐露」というタイトルの楽曲は存在せず、収録された4曲を包括するような形でこのタイトルが付けられたという点では今まで以上にコンセプチュアルな印象を受けました。

そうですよね。お客さんもこのEPタイトルが解禁されたとき、「表題曲の『吐露』ってどんな曲なんだろう?」とみんな予想していたんですけど、蓋を開けてみたら「『吐露』って曲ないじゃん!」という反応をたくさんいただきました(笑)。今まではスタッフさんといろいろ話していく中で、「こういう曲をやってみたらどうだろう」とかいろんな意見をいただきながら楽曲制作に臨んでいたんですけど、今回はレーベルの方やマネージャーさんからアイデアをいただく前に私がひと通りまとめたものを、実は先にお送りしていて。そのときの仮タイトルが「吐露」だったんです。しかも5枚目のEPでデビュー5年目に突入した節目でもありますし、今までと違うことをやりたくて事前にデモを用意したり、曲のリファレンスとしてこういうアーティスト像が近いかなというお話をして。楠木ともりがアーティストとしてここからどういう存在になっていくのか、どういった音楽を作っていきたいのかということも含めて、純度100%の楠木ともりのアイデアとしてお渡ししたんです。そういう意味でも過去のEPとはアイデアの出どころや制作の進め方がまったく異なった、新たなテイストの作品になったのかもしれません。

楠木ともり

──なるほど。にしても、なぜ「吐露」というタイトルにしたんですか?

今年の5月にリリースした「シンゲツ」というシングルは、ひさびさにアニメタイアップが付いて、作編曲、アレンジ、プロデュースでTETSUYAさんに入っていただいたんです(参照:楠木ともりのラルクTETSUYA提供曲が「魔王学院」EDに、OPはバーンアウト×東山奈央)。しかもアートワークで豪華なセットを組んでいただき、“ビューティー系”な感じで撮っていただいて、今までとはまったく違った……「アーティスト然とした」という言い方が合っているかわからないですけど、かなり緻密な計算を経た作品作りを経験できたのがすごく楽しくて。「私、今アーティストらしいことしてる!」って気持ちがあったんですけど、その経験はこれまでの積み重ねがあったからこそできたことではあるものの、自分が夢想していた未来とはちょっと違うなとも思ったんです。もちろんそれはネガティブなものではなくて、自分が予想もしていなかった未知の景色という意味で。今度は原点に立ち返って、自分が想像していた設計図をもう一度描き直してみようと考えたときに、5枚目で5周年目突入というタイミングでキリもいいので、思いっきり自分のやりたいことを詰め込んだ作品を発表するなら今かなと。

──だからなのか、僕はこのEPを聴いたときに楠木さんがインディーズ時代に出した2枚のCD(2018年発売の「Acoustic CD[bottled-up]」、2019年発売の「■STROKE■」)と感覚的に近いものを覚えました。

まさしくそこをイメージしていました。あの2枚のCDは現在販売されていないので、本当に限られた方しか持っていない作品なんですけど、メジャーデビュー後に私の存在を知ってくれた方の中には「どうにかあれを聴きたい」という人がすごく多くて。手に入らないんだったら新しく作っちゃおうじゃないですけど、インディーズの頃に見ていた景色や感じていたことを今の私が形にすることに意味があると思ったんです。私はメジャーデビュー後、楠木ともりの音楽を聴いてくれた方がどんな気持ちになってほしいか、曲をどう受け取ってくれるのか、どんなときに聴いてほしいのかと相手のことを考えて曲を書いてきたんですけど、インディーズの頃はそうではなくて。“誰かに向けて”とか“聴いてどうなってほしい”という視点を全部捨てて、やりたいことをただやって形にしていました。嘘も方便じゃないですけど、やっぱり誰かに聴いてもらうにはちょっと希望があったほうがいいなと思って、ネガティブな中にもポジティブさが見出せるような曲作りをしてきた一方で、今回はネガティブはネガティブのまま吐き出そうと。

──それで「吐露」なんですね。

そうなんです。ほかの誰の意見も入っていない、私が思っていることを吐き出すから「吐露」っていうタイトルになりました。

楠木ともり
楠木ともり

皆さんのリアクションにちょっとドキドキしてる

──これまでもさまざまなジャンルの音楽にトライしてきましたが、そうやっていろんな方向に舵を切ることができるのがアーティストとしての強みだと思いますし、ここまでの積み重ねがあったからこそ成し得たわけですものね。

そうだと思います。インディーズの頃にやっていたライブはカバー曲が多かったですけど、そのカバー曲もファンの方々が知らない曲ばかりで、それに対してちょっと不満を持たれてしまったこともありました。あと、10代でデビューして明るく元気なイメージを持っていただくことが多かったのに、「なんか曲、暗くない?」とか「なんか激しめな曲ばかりでイメージと違う」と言われてしまったり。なんなら最初の頃はライブの評判が実はそんなによくなかったんですけど、4年続けてきたことでリスナーとの信頼関係をしっかり築くことができた。現時点(※インタビューは10月中旬実施)では「風前の灯火」1曲しか音源を公開していませんが、皆さんのリアクションにちょっとドキドキしつつ、でもしっかり楽しんでもらえるんじゃないかなと思っています。

──個人的にはこのEP、めちゃめちゃツボでした。「こういう楠木ともりが聴きたかった」という4曲がそろっていると思います。

よかった。ありがとうございます! 「だいぶ暗いな」と言われるだろうなと予想しつつも、私が思う楠木ともり像はだいぶ出せたんじゃないかなと思います。

──以前のインタビューで「夜に曲を制作することが多い」とおっしゃっていましたが(参照:「本気になるものは1つだけ」なんて誰が決めた?“全部やりたい”楠木ともりの創作意欲に迫るインタビュー)、今回も夜に生まれた曲が多い?

ほとんど夜に書いた曲ですね。よく夜中に書いた手紙や日記を次の日に読み返すと恥ずかしくなるって言うじゃないですか。それはきっと本音が出ているからであって、客観的に見て「さらけ出しすぎかも」と思うから恥ずかしいんですよね。でも、意外とそれぐらいのほうが聴き手に刺さりやすいのかもしれないなと、この4年で気付きました。