MIMiNARI × 楠木ともりが語る「ひきこまり吸血姫の悶々」エンディングテーマ制作秘話

コンポーザーのnari(ナリ)とsham(シャム)を中心に、「記憶を音楽にする」をテーマとした音楽プロジェクトとして2022年に始動したMIMiNARI。彼らの新作EP「眠れない EP」がリリースされた。

楽曲ごとに異なるボーカリストを招いているMIMiNARIが、「眠れない EP」でコラボしたのは楠木ともり、ロス、相沢、缶缶の4人。「眠れない EP」にはそれぞれのボーカリストの特性を生かした、“四者四様”の楽曲がパッケージされている。

音楽ナタリーでは、アニメ「ひきこまり吸血姫の悶々」のエンディングテーマとして制作された「眠れない」でボーカルを務めた楠木と、MIMiNARIにインタビュー。単なるコンポーザーとボーカリストという関係にとどまらない、2組の楽曲制作エピソードを聞いた。さらに特集の後半にはMIMiNARIの単独インタビューを通して、「眠れない EP」を網羅的に紹介する。

取材・文 / 西廣智一

MIMiNARI×楠木ともり対談

楠木ともりのアーティスト像からちょっとはみ出た新しいアプローチも

──今回、テレビアニメ「ひきこまり吸血姫の悶々」のエンディングテーマでMIMiNARIと楠木さんがコラボすることになったきっかけは?

sham 僕たちはボーカル不在の音楽ユニットなので、楽曲制作する際はボーカリストを探すところから始めるんですけど、今回は「ひきこまり吸血姫の悶々」とのタイアップが先に決まっていたこともあり、主人公のテラコマリ・ガンデスブラッド役の楠木さんはご自身でも音楽活動をされているので、ここはぜひオファーしてみようと。そこでご快諾いただいて、ご一緒いただくことになりました。

楠木ともり そうだったんですね。私は「MIMiNARIさんと一緒にやるのはいかがですか?」というお話を聞いて、「面白そうなので、ぜひお願いします!」とお答えました。これまでアーティストとしていろんな方にアレンジをお願いすることはありましたが、ボーカリストとして呼んでいただいて作品を制作するのはこれが初めての経験で。どういう形になるのかなというワクワク感もありましたし、ほかのアーティストさんと作っていくことで普段の楠木ともりのアーティスト像からちょっとはみ出た、新しいアプローチもできたらいなと思っていました。

「ひきこまり吸血姫の悶々」キービジュアル ©小林湖底・SBクリエイティブ/ひきこまり製作委員会

「ひきこまり吸血姫の悶々」キービジュアル ©小林湖底・SBクリエイティブ/ひきこまり製作委員会

──シンガーとして身を預けるという点では、新たな挑戦ですからね。ちなみに、実際にお会いする前はお互いに対してどんな印象を持っていましたか?

楠木 MIMiNARIさんのことは以前からお名前だけは知っていて。失礼ながら、最初にこのお話をいただいたときにどういうアーティストさんなのか、ふわっとしていたところがあったんですが、曲を聴いてみたら「めっちゃ好き!」と思ったんです。いろんな音が詰まっているんだけど、まとまったグルーヴ感があって、そこに透明感のあるボーカリストさんをたくさん起用していらっしゃって。私も透明感のある歌声が好きですし、自分がアプローチしたいと思っていた方向性でもあったので、コラボがより楽しみになったことを覚えています。

nari ありがとうございます! 僕は楠木さんの楽曲を聴いて、とてもアーティスティックな方なんだろうなと思っていました。作詞だったりメロディラインだったり、けっこう細かいことをやっていらっしゃるなと。でも、実際にお会いするとすごく柔らかい雰囲気の方でした。

sham 声優さんとしてたくさんの作品で大活躍されているんだけど、アーティスト活動ではとても音楽性の高いことにチャレンジされていて。そのギャップが衝撃的でした。

nari だから、お会いする前は緊張していたんですよ。

楠木 えーっ!?

nari 「ここはこっちのほうがよくない?」とかツッコまれたらどうしようとか。

sham プレッシャーがかかりましたよね(笑)。

楠木 いやいや(笑)。これまでもアレンジャーさんにいろいろお任せしながら音楽を作っていただいていたので、今回もMIMiNARIさんの世界観にお預けしようという感じでした。

人生2回目の幼稚園児の感覚

──今回の楽曲はアニメ「ひきこまり吸血姫の悶々」の内容を踏まえて制作されたと思いますが、この作品に対する最初の印象は?

sham 一見ファンタジーな世界観なんですけど、その根っこには原作の小林湖底さんなりの深いテーマがあると思っていて。過去からの脱却であったり、どんな境遇でも自らの意思で変えられるということを教えてくれる作品だなという印象があります。

nari バトルあり、おちゃらけあり、女の子同士のイチャイチャもあるんだけど、ちょっと泣けるシーンもあり。そのすべてを内包して物語が進んでいくバランスが絶妙だなと思いました。

楠木 私も声優としていろんなインタビューでもお話させていただいているんですけど、「この作品をひと言で表すと」という質問が一番困るぐらい、いろんな要素を持っている作品で。どれもが主食というか、どれかが欠けてしまうと「ひきこまり」らしさがなくなってしまうので、確かにバランス感というのはしっかり考えられている作品だと思います。

──では、その作品のエンディングテーマを制作する際、まずどんなテイストや作風をイメージしましたか?

nari 最初に楠木さんから「コマリはこういうイメージで」とか「こういう楽曲を歌ってみたいです」とか、ある程度のイメージをいただいて制作に入りました。

楠木 演じていく中で、エンディングテーマでは作品のいろんな要素の中の1つをフィーチャーするほうがいいんじゃないかなと思っていたんです。オープニングテーマをfripSideさんが担当されることを事前にお聞きしていたので、オープニングはきっとカッコいい、バトルに焦点を当てたような楽曲になるんじゃないかなと山を張りまして。だったら、私はエンディングテーマを通してコマリの弱音を見せるところだったり、ヴィルヘイズをはじめとする女の子キャラクターとのちょっと甘い空気感だったり、そういうところを見せていけたらなと思ったんです。

「ひきこまり吸血姫の悶々」より。

「ひきこまり吸血姫の悶々」より。

sham それがめちゃめちゃ大ヒントになりましたね。そのリクエストをそのまま僕たちなりに表現しただけなので、本当にありがとうございます。

楠木 いえいえ、こちらこそありがとうございます!

nari リモートで打ち合わせする時間もいただいて、そこでもすり合わせをさせていただきました。

楠木 フィーチャリングボーカルという立場でこんなに楽曲について意見をしてしまっていいものかと、ちょっと不思議な感覚でした(笑)。

nari いえいえ。大変助かりました。

──MIMiNARIとしてコラボレーションするからには、ボーカリストの存在も重要なファクターの1つですよね。

sham まさにそうですね。

楠木 だからお二人はすごく器用だなと思いました。いろんなアーティストさんにフィットさせる音楽的な引き出しをたくさん持っているのにMIMiNARIとしての核が絶対にブレない。それってさまざまな経験を積んでいないとできないことだと思うんです。

nari ありがとうございます。僕ら的には「眠れない feat. 楠木ともり」を作っているときは、人生2回目の幼稚園児みたいな感覚があって。

楠木 えーっ、そうなんですね?

nari いろいろやってきたものの、まだ自分たちの色を100%出しきれていないという不安がずっとつきまとっていて、ちょっと怖かったんですよね。でも、この曲を作ったことによっていよいよ小学生になれたような。今回の経験が自信につながって、もっといろんなことにチャレンジしていいんだとポジティブになれたんですよ。

sham この曲を制作したことで、いろいろ変化しているところもあって。

nari 重荷を降ろさせてもらえたというか、そういうターニングポイントの1曲になりました。

楠木 とてもうれしいですし、とても光栄です!

nari なので、中学生になったらグレちゃうかも(笑)。

楠木 ふふふ。グレたときに、また一緒にやりたいです!(笑)

sham でも、すでにグレる片鱗は入っていますよね。ベースが歪んでいたり。

楠木 確かに。今までは透明感の強い音が多かったんですか?

sham 比率としては多かったかもしれないですね。

──楽曲制作においていろいろディスカッションしたことは、お互いの刺激につながっていたんですね。

楠木 私も自分のアーティスト活動ではあまり型にはまらずというか、あえて自分から「楠木ともりらしさ」みたいなところを決め込まないようにしているんです。いろんなところに手を伸ばしたいと思っている中で、ほかのアーティストさんに曲を作っていただくと自分の中にまったくない引き出しを増やしてもらえる感覚があって。この「眠れない feat. 楠木ともり」みたいな、ボーカルがふわっとしたものも私の曲にはあるんですけど、どちらかと言うとゆったりしたサウンドに振り切ってしまうことが多かったんです。でも、今回はそれこそ歪んだベースや16分のハイハットが入っていて、この絶妙な味付けは自分ではなかなか出せないなと思うので、楠木ともり名義の曲でもこういう曲にアプローチできたらいいなと思いました。

sham 実は、楠木さんが変拍子をお好きだということも事前にお聞きしていたんですよ。

nari その時点では6拍子でいこうぜみたいな話もありましたから(笑)。

楠木 はい、大好きです(笑)。

sham 結局「それはちょっと前のめりすぎません?」って、あきらめましたが(笑)。

全部持っている楠木ともり

──楠木さんの歌や音楽性について、MIMiNARIのお二人はどう感じましたか?

sham 最初に話した通り、アーティスティックな楽曲や世界観の印象が強いし、音楽偏差値がめちゃめちゃ高そうだなと。

楠木 確かに、歌詞の言葉も強いものが多いですし、楽曲自体も激しいものが多いので、そう言っていただけることが多いかもしれないですね。

nari 僕らの中ではセンスと努力で培った部分、全部を持っている方だなと。そういう要素は楽曲や歌声からもふんだんに伝わっていましたし、最初に録ったボーカルを聴いたときも「すげえ!」とめっちゃ騒いでいたくらいでした。

楠木 え、そうだったんですね!

nari 今回ウィスパーボイスで歌うということは事前に聞いていたんですけど、こんなにもイメージを超えてくるかと。

楠木 おお、よかったです。

sham 僕、楠木さんの「遣らずの雨」という曲がめっちゃ好きで。楽曲の冒頭でささやくじゃないですか。あれをこの曲にはめたいなと思っていたので、バッチリでした。

楠木 確かに、耳元でずっとささやいているような感じがありますよね。うれしいなあ。

──レコーディングにはMIMiNARIのお二人も立ち会ったそうですが、楠木さんへのディレクションやリクエストはあったんですか?

nari 僕らよりも「ひきこまり」の物語が頭に入っていると思うので歌詞に関するすり合わせよりも、細かい歌のニュアンスをリクエストさせていただいて。途中でセリフが入るんですけど、そこではいろんなパターンをもらって、「声優のオーディションみたいだ」と言われました(笑)。

楠木 そうそう(笑)。ディレクションしていただいて、かわいい感じとか儚い感じとかいろんなアプローチで録りました。

──楠木さんから「こう歌いたい」とか「こう歌ったほうがいいのでは」など、意見を伝えたりもしたんでしょうか?

楠木 かなり具体的にお伝えさせていただきました。今回のEPのジャケットみたいに、コマリは大きいベッドで寝ているんですけど、1日がんばったあとにそのふわっとした空間で1人で眠りにつくときの、疲れ切っている感じを出したくて。なので、歌う際もちょっとけだるくというか、あんまり言葉をはっきり発音しすぎないようにしていて、コマリが前に立つ人としてではなく1人の女の子としての緩み切ったところを出したいなと思っていました。ただ、キャラクターソングではなく楠木ともりとして表現できることもあるなと思っていたので、感情を入れるというよりはニュアンスを伝えるアプローチを取った記憶があります。

テレビアニメ「ひきこまり吸血姫の悶々」×「眠れない feat. 楠木ともり」コラボミュージックビデオより。

テレビアニメ「ひきこまり吸血姫の悶々」×「眠れない feat. 楠木ともり」コラボミュージックビデオより。

──なるほど。

楠木 これがキャラソンだったら、歌詞のセリフっぽいパートでキャラクターとしてしゃべっている感じにするんですけど、最初にデモ音源を聴いた時点ですぐ自分の中で「こう歌いたい」というイメージが見えていたところがあって。セリフっぽいニュアンスを濃くするというよりは訥々と、だけど透明感もあって甘い香りがしそうな雰囲気に持っていきたかったんです。私は演技っぽい歌い方と自分のニュアンスを入れた歌い方を分けているところがあって、この曲はどちらかというと自分にどんどん寄せていった感じですね。

sham そうやって事前に歌い方を練ってきてくださっていたので、現場ではちょっとした声の軽さや語尾の調整をしたくらいでした。僕らも耳元で鳴っているようなサウンドにしたかったので、ボーカルをもう一度録って重ねるか、どうステレオで表現するかとか、そういうサウンド的なギミックを現場で考えていた記憶がありますね。

楠木 すごい重ねましたよね。

sham 目の前で歌っていただいたことで、より完成形が見えてきたところもあります。