音楽のことしか書けなくなったら終わり
──「冷たい酸素」の歌詞には「言葉が象った形の真ん中を知りたいだけ」とありますが、ここには今小林さんがおっしゃったことがつづられていると思います。同時に、ここまで明確に小林さんがご自身の意志や欲求を歌詞につづっているのは珍しい気もしました。
この曲は締め切りに焦っている中で書いた曲なんですけど(笑)、焦っていたから遠回りをする時間がなかったんだと思います。恐らく今までの僕の曲の中で一番と言えるくらい直接的な曲ですが、そうなったのは、時間に追われていたから(笑)。やっぱり、この1年はインプットが足りていない部分はあるんですよね。音楽のことしか書けなくなったら終わりだなと思うんですよ。「スパゲティ」も最終的には音楽のことが結論になっている曲ですけど、音楽が仕事になり、音楽がメインの暮らしになっているから、音楽のことしか曲に書けていない……これはある意味では非常に閉じた歌詞運びになっているとも言える。「スパゲティ」は菊池さんのアレンジによって広がりのある曲になって結果的にはよかったなと思いますけど、歌詞は「もっとほかにあるだろ」と思ってしまう(笑)。
──聴き手としては、「冷たい酸素」や「スパゲティ」のような曲があると、小林さんの音楽への向き合い方が柔らかく伝わってきて、むしろポップさも感じますが。
そうなっていたらラッキーではありますけど、「こればかり書いているわけにはいかんな」とも思います(笑)。
──「スパゲティ」もまた「小林私はなぜ歌うのか?」ということが歌われている曲のように感じますが、歌詞にある「よく言えば物語になりそうな日々を 敢えて単純に書き起こす意味も必要も本当はない」という感覚は、小林さんの中にある前提のようなものなのでしょうか?
例えば、友達と遊んでいて面白いことがあると、それをツイートしたくなるんですよ。でも、わざわざ起こったことをきれいに面白おかしく文章にしてツイートをするって……「そんなことは本当に必要か?」と思うんですね。今抜き出してもらった「よく言えば物語になりそうな日々を 敢えて単純に書き起こす意味も必要も本当はない」という部分の歌詞も、もっと直接的にしてツイートすることも可能なんです。でも、それをやったところで厄介な人間にしかならない。僕はそこに対してはフィルターを張りたいんだと思います。歌は、直接的に言えないようなことだから歌になるんだと思うんです。歌ならレイヤーを下げて書くことができるから、これならちょうどいいだろうという気持ちがあります。
こいつが笑ってくれればいい
──「私小林(produced by Mega Shinnosuke)」はMega Shinnosukeさんが作詞作曲、プロデュースを手がけた1曲で、アルバムの中でも異彩を放っていますが、そもそもMega Shinnosukeさんとはどのように出会われたんですか?
ミュージシャンの先輩に、みんなでレンタルルームを借りてしゃべったりボードゲームをしたりする謎のイベントに誘われて、そこで出会ったんです。メガシンさんは、人と関わるうえで異様にフラットな人なんですよ。自分の持つセンスに対しての自信がしっかりとあったうえで、「みんなが自分と違う」ということを喜ばしいと思っているし、それゆえに誰とでもフラットにしゃべれるタイプの人。そういう印象が初めて会ったときからあったんです。それから、福岡で僕とメガシンさんとNIKO NIKO TAN TANさんの3マンイベントがあったり、「SYNCHRONICITY」という渋谷のサーキットイベントでたまたま出くわしたりしたんですけど、メガシンさんは会うたびに一方的にしゃべるだけしゃべって、満足してどこかに行く(笑)。でも僕は人見知りなので、メガシンさんのその感じが「助かるな」と思っていて。
──「私小林(produced by Mega Shinnosuke)」のミュージックビデオはクラブで撮影されていましたが、クラブミュージックは小林さんととても相性がいいと感じました。空間を大切にする感じや、実は音楽に対して肉体にダイレクトに響いてくるものを求めていそうな感じとか、親和性があるのかなって。
目指す方向がまったく違うだけで、やりたいことは近いかもしれないですよね。クラブは音楽を聴くこと、踊ること、人とコミュニケーションを取ること、お酒を飲むこと……そういう目的がそれぞれにあって、たとえそれがバラバラであってもDJが流す音楽が軸として存在することで、ひとつの空間が生まれている。そう考えると、やりたいことは僕も一緒なのかも……いや一緒なのか?(笑) わからないですけど、音楽としてクラブミュージックが嫌いというわけでは決してないですね。SoundCloudでユーロビートやEDMをずっと聴いていた時期もあったし、そもそもスウィングが好きなので、ノリがいいダンサブルな音楽は好きなんですよね。「私小林(produced by Mega Shinnosuke)」のMV撮影は尋常じゃないくらいつらかったですけど。
──(笑)。この曲のシングルジャケットはどういった写真なんですか?
僕の中学の卒業アルバムの写真です(笑)。メガシンさんから「いい写真ない?」と言われて、一番面白いのがこれだったので渡したら、謎の落書きが足されて返ってきました(笑)。きっとメガシンさんは本気でこれを作ってくれたんだと思うので、事務所が「ダメだ」と言ったら全力で戦おうと思いましたね。
──(笑)。剥き出しですよね、小林さんは。
心の奥に、ずっとこの顔をした自分がいるんですよ(笑)。こいつのことだけは忘れずに生きていこうと思っています。「こいつが笑ってくれればいいや」と思いながら生きているし、「こいつが笑わないことは全部フェイクだ」という基準で活動しています。
──もしかしたら、中点にいるのは……。
こいつかもしれない(笑)。外向きに丸くなる術を覚えただけで、僕の精神構造は小学生の頃からまったく変わっていないですからね。
人の作るものが一番美しい
──アルバムのジャケットについてはどのようなイメージがありましたか?
大学で一番仲がよかった三好史紘という、今は似顔絵屋さんをやっている男に描いてもらいました。美大に4年間通った中で、さんざんしゃべり、さんざん遊んだやつだし、大学3年生のときにYouTubeではなくニコ生を始めるというあり得ないことをしていたやつでもあって(笑)。インターネットのノリも共有しているし、使う語彙も共通しているものが多いし、伝わるものが多いだろうと思って、今回は三好にアルバムのことをガーッとしゃべって、それを絵で描き起こしてもらいました。三好ははちゃめちゃに絵がうまいからこそ、手数少なく作品を完成させることができるんです。「あまり描かず、形を起こす」ということができるんですよね。
──理由を求めることは不毛かもしれないですが、最後に、なぜ小林さんは「中点を臨む」ような表現の仕方、あるいは生き方をされるのだと思いますか?
物心ついた頃からいらんことを頭の中でごちゃごちゃと考えながら生きてきて、大学に入ったとき、「俺以外にも頭の中でごちゃごちゃ考えているやつ、こんなにいたんだ!」と思ったんです。みんながみんな、「なんで、そんなことを考えているんだ?」ということを、百者百様ごちゃごちゃ言っている。それが最高の空間だった。もちろん中学や高校でもみんな絶対に頭の中で人生のこととか、いろんなことを考えていたと思うけど、それを言葉にして言えるかというと、そういう場は用意されていなかった。でも、大学に入って「そうだよな。みんな、人生に関係あるんだかないんだかわからないようなこと、一生考えていいよな」と思える出会いや体験がたくさんあったんです。それが大きいと思います。
──今日のお話を聞いて、ずっと考え続けながら、ものを作りながら生きている小林さんの生き方に触れられた気がします。
人の作るものが一番美しいと思います、僕は。
ライブ情報
小林私ワンマンツアー「詩情充つ外殻」
- 2023年9月7日(土)大阪府 ユニバース
- 2023年9月14日(土)宮城県 誰も知らない劇場
- 2023年9月28日(土)東京都 ヒューリックホール東京
プロフィール
小林私(コバヤシワタシ)
1999年1月18日、東京都あきる野市生まれのシンガーソングライター。多摩美術大学在学時に音楽活動を本格的に開始。自身のYouTubeチャンネルでオリジナル曲やカバー曲を配信し注目を集め、チャンネル登録者数は現在16万人を超えている。2023年4月からキングレコード内のレーベル・HEROIC LINEの所属となり、同年6月にメジャー第1弾となる3rdアルバム「象形に裁つ」をリリース。2024年8月にはアニメタイアップ曲を含む4thアルバム「中点を臨む」を発表した。
小林私 watashi kobayashi (@koba_watashi) | X