吉柳咲良「Crocodile」特集|傷付くだけで終われない、強くなるための“嘘泣き”を歌う (2/2)

傷つくだけで終われない

──「Crocodile」の制作はどのようにスタートしたんですか?

「Pandora」と同じで、まずSakai(プロデューサーのRyosuke "Dr.R" Sakai)さんとテーマを決めました。「とにかく攻めの姿勢でいきたいです。負けたくない」とお伝えしました。

──「Crocodile」というタイトルにはどんな意味があるんですか?

嘘泣きという意味の慣用句・Crocodile Tears(ワニの涙)から取りました。職業柄、いろいろな意見をいただきます。ときには厳しい言葉もあったりもして。1つひとつ受け止めては傷付いていた時期もありましたが、徐々に「傷付いているだけなのはもう違うな」と考えるようになりました。今はむしろ傷付いて、挫けて、復活するまでが1つのストーリーだと考えています。それと同時に、これは私の強がりでもあるんです。今、心からそうは思えなくても「Crocodile」を歌うことで自分を鼓舞している感覚です。

吉柳咲良

──「Crocodile」のようなスタンスにシフトできたのはいつ頃からですか?

あるときから突然発想の転換ができたわけではなくて、長い時間をかけて少しずつ変わっていきました。以前のインタビューでも話しましたが、私は自分の心情をずっとノートに書きつづっています。すごく傷付いていた時期の文章を客観的に読み返していくうちに「……待てよ?」と思って。傷付いた自分をそのまま表現してどうなるんだろう? 自分がリスナーなら「だから何?」と感じてしまう。少年マンガも1回どん底まで落ちて、そこから立ち直ってさらに強くなるまでがストーリーとしてセットになっています。みんなそれを求めてるし、立ち直っていく姿勢に勇気をもらえる。なので実際の私が立ち直ってなくても、そう思い切れてなくても、歌として出すことに意味がある。そう考えるようになりました。

──前作「Pandora」の箱の中にいたのが「Crocodile」だった、というストーリーなのかと思っていました。

「Pandora」は強気だけど相手に選択をゆだねています。「あなたはどうする?」というスタンスですね。「Crocodile」は私自身の意思表明です。昔から考えていたことが順番に曲になっています。「Crocodile」を歌った以上、私は引き下がらないし、自分で引き下がれないようにしたところもあります。いまだに、かなり傷付くこともあります。でも傷付くだけで終わらせないためにこの曲を作った面はありますね。弱い自分に戻る必要はないし、歌うことで自分に喝を入れているんです。

吉柳咲良
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自分の気持ちを言語化できるまで理解したい

──今回はどのようにメロディを作っていったんですか?

制作は、Sakaiさんのスタジオに行って、話しながらトラックを作っていただき、私とMuginoさんがブースでちょっとずつメロディのアイデアを出していく……という形で進みます。そして、そのアイデアをSakaiさんがつなぎ合わせてくださって曲の原型になっているという。トラックはその後もSakaiさんが細かく調整されていますが、大枠は1日で完成してるんです。Sakaiさんの偉大さには毎回驚かされますね……。

──そこから作詞のMuginoさんにバトンタッチですか?

いえ、分業ではなくSakaiさんには作詞にも入っていただいて、この曲で伝えたいことを3人で話し合いました。というか、私が一方的にしゃべっていたんですが(笑)。Muginoさんから「じゃあこういうときはどう感じた?」って質問していただいて具体化していきます。あと私が「この言葉は入れたいです」とお伝えしたりとか。内容はさっき私が話したことと同じですが、MuginoさんとSakaiさんにお話しした段階ではまだ自分の気持ちが全然まとまってなかったので、もっと赤裸々でぐちゃぐちゃなままお伝えしました。でもそれが余すことなく、しかもきれいに歌詞に落とし込まれていたので、最初に歌詞を読んだときは本当に驚きました……。Muginoさんも本当にすごい。こんな素晴らしい方々と制作できる私は幸せ者です。

──「“あの子はいたって特別じゃない”」から始まる1ヴァース目の歌詞にはドキッとしました。

1ヴァース目で表現されているのは劣等感です。自分らしく生きるのって難しいというか、自分らしく生きられている人は思った以上に少ないと思うんです。そういうニュアンスが込められています。

──そこをMuginoさんに伝えられたのは、自分の気持ちを日記という形でアウトプットし続けてきた賜物かもしれないですね。

それはあると思います。私は自分がなぜそういう気持ちを抱いたのか、大元までさかのぼって考える癖があるんです。だけど1人で考え尽くしたところで、それは私の意見でしかない。だから私は積極的にいろんな人の話を聞いて、自分1人では思いつかないような価値観にたくさん触れて、多面的な気持ちや状況の複雑さをありのまま把握して、それを言語化できるまで理解したいと思っています。

吉柳咲良

別の能力が必要なら、身に付ければいい

──「Crocodile」に絶対入れたかったワードはどの部分ですか?

最初から最後まで、全部入ってるかもしれません(笑)。例えば「傷つかないなんて嘘はつかないけど 浸るのも飽きたの」はさっきお話しした内容を示してますし、コンプレックスだった低い声が意外と武器になると気付けたこととかも実体験に基づいています。

──「低めの声がこれまたムカつくそうで」の部分は迫力がありました。

強気で挑むような雰囲気を歌でも表現したかったんです。実はこの曲は、いつもより喉の調子がよくないときにレコーディングしてるんです。「ロミオ&ジュリエット」の公演が終わったあとの、ちょっと声が枯れた感じがトラックに合うと思って。歌い出しでかすれた声を出したり、ハスキーにがなったりしました。

──「不完全なほど美しい」も素敵な歌詞ですね。

ありがとうございます。これは私がいつも言っていることなんです。未完成だから愛おしい。醜さこそ愛す。たとえ違う価値観を持っていても、その人のすべては否定できない。愛せない面すら認めることが愛だと思っています。それに私自身も、口で言うようには実際はできていません。でも自分を嫌いにはならない。不完全さが人間らしさだと考えています。

──かなり挑戦的な歌だと思うんですが、レーベルや事務所の方に止められたりはしなかったんですか?

スタッフさんはみんなノリノリでした(笑)。「今回のこの曲は私からの挑戦状なんです……」と提案したときはさすがにちょっとドキドキしましたが、オッケーしてくださったので、「ああ、信頼してくださってるんだな」と思えてうれしかったです。

──「置かれたのが何処だって咲き誇ってやるけど」という歌詞にはどんな思いが込められているんですか?

私は仕事にしろ、プライベートにしろ、何か1つのことに固執しない人間でいたいんです。そして、もし今の自分に足りない別の能力が必要ならばそれを身に付ければいいと考えています。

──吉柳さんは今後どのようなアーティストになっていきたいと思っていますか?

枠にはまらない存在でありたいです。「こうあるべき」みたいななんとなくのイメージを壊していきたいです。アーティスト業では恐れずに自分の内面を表現していきたいと思っています。

──ちなみに吉柳さんって今おいくつでしたっけ?

20歳になりました。

──信じられないほど内面が成熟されてますね……。

いえいえ……。実は新たな曲も制作中でして。かなりカッコいい感じになっているので楽しみにしていてくださいね。

吉柳咲良

プロフィール

吉柳咲良(キリュウサクラ)

2004年4月22日生まれ、栃木県出身。2016年、第41回ホリプロタレントスカウトキャラバン「PURE GIRL 2016」でグランプリを受賞し、芸能界入り。2017年、ミュージカル「ピーター・パン」の10代目ピーター・パン役に歴代最年少タイで抜擢され、俳優デビューを果たす。2019年7月公開のアニメ映画「天気の子」ではヒロインの弟役として出演した。2024年にはNHK連続テレビ小説「ブギウギ」で新人歌手・水城アユミ役を演じ、同年5月から7月にかけて上演されたミュージカル「ロミオ&ジュリエット」ではジュリエット役を担当。演技力だけでなく、歌唱力でも高い評価を得た。さらに12月公開予定の映画「聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~」や現在放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」への出演も予定しており、俳優としての活動を順調に進めている。一方、歌手としては20歳の誕生日前日である4月21日に1stシングル「Pandora」でデビュー。今年8月には2作目となる楽曲「Crocodile」を配信リリースした。

衣装協力
デニムジャケット ¥57,200、スカート ¥35,200(PAMEO POSE)
問い合わせ先 PAMEO POSE 表参道旗艦店 / TEL:03-3400-0860
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