吉柳咲良「Pandora」インタビュー|デビュー作でむき出しにした“ありのままの精神性”

吉柳咲良が4月21日に1stシングル「Pandora」を配信リリースし、アーティストデビューを果たした。

吉柳は2017年、歴史あるミュージカル「ピーター・パン」において歴代最年少タイとなる13歳で10代目ピーター・パン役を射止めて俳優としてデビュー。2024年放送のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」では、主人公に憧れとライバル心を抱く新人歌手・水城アユミを演じ、劇中歌「ラッパと娘」の歌唱シーンで伸びやかかつソウルフルな歌声とパワフルなステージングを披露して、お茶の間にその名を広く轟かせた。

デビュー作で「好きだ嫌いだ騒いでくれていればいい」といった挑発的なフレーズを抑制したトーンで歌う彼女は、アーティスト活動において自分自身の精神性を臆せずに表現していきたいと力強く、かつ大胆に表明している。音楽ナタリーでは吉柳のバックボーンに触れつつ、「Pandora」でのアーティストデビューに込められた強い思いを聞いた。

取材・文 / 宮崎敬太撮影 / 梁瀬玉実

「咲良がやりたかったのはこれだよね」

──デビュー曲「Pandora」の配信が始まりました。

ファンの皆さんやドラマで知ってくださった方々からは「いい意味で期待を裏切ってくれた」という反応をいただきました。友達や周りの親しい人たちは「咲良がやりたかったのはこれだよね」と言ってくれましたね。やりたいことを汲み取ってくれる方々が周りにたくさんいてよかったねって。

──アーティストデビューは目標だった?

はい。小さい頃から歌が何よりも大好きだったので、10代の最後にデビューさせていただけたことに感激しました。役を通して歌うことも好きだけど、私が私自身を表現できる場所ができたことがうれしかったんです。

吉柳咲良

──「Pandora」はダークな楽曲ですよね。プロデューサーのRyosuke "Dr.R" Sakaiさんとはどんなやりとりをしたんですか?

Sakaiさんにお会いしたのはまだアーティストデビューが正式に決まってない頃で、私としては「歌をやってみたいけど、どうしたらいいかわからない」という状態だったんです。昔から自分の心情をノートに書きつづっていたので、そのノートを持参してSakaiさんに読んでいただきました。そしたら「こんなことを考えてるんだ。怒りとか葛藤、ネガティブな部分も言葉にできる人なんだね」と言ってくださって。そこから好きな音楽の話をしたり、私のダンス動画とかも観ていただいたりしました。

──どんなアーティストがお好きなんですか?

幅広く聴きます。洋楽だったらアリアナ・グランデ、K-POPだったらIVEや(G)I-DLE。J-POPだとAdoさん、椎名林檎さん、宇多田ヒカルさんが特に好きです。Sakaiさんが楽曲をプロデュースされているちゃんみなさんもよくカラオケで歌います。そんなことをお伝えしたら私のやりたい方向性をだいたい把握してくださって、すぐに「じゃあちょっと今(曲作りを)やってみようか」という話になったんですよ。Sakaiさんは曲を作るとき、その日の気分を聞いてくださるんです。そのときは、私が「Lowです」と答えたら、目の前でバーッとトラックを作ってくださいました。

──急展開ですね(笑)。

そうなんですよ(笑)。Sakaiさんに「適当に音遊びする感じでメロディを乗っけてみて」と言われたのですが、ブースに入ってマイクの前に立つと全然できないんです。それでもちょっとずつ歌ってみました。その作業を何回かやって、いい部分を抜粋してつなげたら1つの曲になっていたという。

──それが「Pandora」の原型?

はい。頭の中にあったぼんやりとしたイメージをこんなふうに形にしてもらえると思わなかったのでびっくりしました。心を読まれてるんじゃないかって(笑)。

──現在の音楽シーンはとても細分化されていて、かつジャンル同士が互いに影響を受け合っているので、「Pandora」のようなサウンドは説明するのも難しいし、理解してもらうのも大変ですよね。

そうですね。私が伝えたというより、周りの方たちが汲み取ってくれた、という表現が正しいと思っていて。事務所の方にもユニバーサルミュージックの方にも心から感謝しています。

──作詞を担当された麦野優衣さんとはどのようなコミュニケーションをとったんですか?

初めてお会いした日に麦野さんからインタビューを受けたんです。「好きな色は?」「好きな食べ物は?」「休日は何して過ごす?」みたいな日常的なことから人生観や恋愛観まで、いろいろお伝えしました。麦野さんには「落ちていく」ことをテーマにしたいとお伝えしました。プラスに引っ張っていくより、マイナスに寄り添う感覚。「それがいいか悪いかを判断するのはあなた次第だよ」ってメッセージを残したくて。

──「好きだ嫌いだ 騒いでくれていればいい」という歌詞もありますね。

選択肢を与えつつも、好きだと思って近付いてきてくれた人は沼に引きずり込むみたいなニュアンスです(笑)。麦野さんから「Pandora」の歌詞が送られてきたときはびっくりしました。「私の感性が歌詞になってる! 早く歌いたい!」って(笑)。

吉柳咲良
吉柳咲良

ミュージカルで得た“言葉”を伝える歌唱テクニック

──レコーディングで意識したことを教えてください。

歌詞をじっくり読み込んで、表現方法を研究しました。例えば、この曲はため息から歌が始まるので沈んだ音色にして、本当にため息をついてるようにしたらきれいかな、とか。曲のどこを際立たせるのか、後ろから俯瞰してるように歌ってみよう、とか……。細かい技術的な部分は麦野さんがディレクションしてくださって、いろんなパターンに挑戦して一番いいものが採用されています。

──「Pandora」で印象に残ったのは、サウンドもさることながら、吉柳さんの歌唱表現の多彩さでした。根幹はミュージカルで培ったものですか?

ミュージカルにおける歌はお芝居を加速させてくれるものだと思っています。芝居では伝えきれないものを曲に乗せて、包み込むようにセリフを言う感覚と言いますか。過剰にフェイクを入れたり、歌い上げたりしてしまうと(観客が)セリフを聞き取れなくなってしまうので、歌うときは、常に言葉を伝えることを何より大切にして歌っています。

──先日、ポール・ブランコやCHANGMOなど韓国のラッパーのライブをたくさん観る機会があって、そのとき、吉柳さんがおっしゃったような“言葉を伝える”意識を感じたんです。自分は韓国語を理解できるわけじゃないけど、明らかに歌詞が伝わるようにラップしていたように感じて。

興味深いお話ですね。日本人は一般的にしゃべるときにあんまり口を開かないから、歌も口先で歌ってしまうことが多いそうなんです。私自身も最初は口先で歌っていたんですけど、それだと声帯に負担がかかってしまうということで、奥歯を開いて口腔内のすごく高いところに声をあてる歌い方を教えていただいたんです。この歌い方をするためには横隔膜をしっかり開いた姿勢も大事で。練習してこの歌い方ができるようになると、口先で歌ってたときよりも楽になり、声量も倍ぐらいになりました。

──自分もK-POPが好きでライブにも行くんですが、彼ら彼女らはツアー中でも声が枯れないし、さらにライブ後半でも声量を維持できているのが不思議だったんです。きっと練習生時代にそういうボイストレーニングをしているんでしょうね。

ミュージカルの歌い方とは違うかもしれないけど、似たようなボイストレーニングをしているかもしれないですね。この歌い方だと力を抜いた状態でお芝居もできる。今回のレコーディングではミュージカルで得たテクニックを使いながら、言葉を伝えるためにどう歌うかをすごく考えました。

吉柳咲良

──そういった基礎技術はなかなか知ることがないのですごく勉強になります。

うれしい(笑)。表現にもたくさんの仕組みがあるので面白いですよね。ミュージカルでは、言葉が自分のイメージしたようにはお客様に届いてないこともあるんです。例えば「叶う」って言葉はあえて子音を立てて歌うと、より壮大に聞こえたりするんです。そのためにはちゃんと母音も鳴らす必要があって。細かい技術を身に付けると自分自身にもちゃんと言葉が入り、自然と感情を乗せることができて、歌そのものにも深みが出る。そういう声の使い方は、ミュージカルのお仕事を通じて身に付きました。

──「Pandora」は歌い出しのパートが印象的ですが、このほかにも声の使い方を工夫した箇所はありますか?

全体的に“落ちていく”ことを意識していたので、「そこらの檻じゃもう抑えきれない」という歌詞は、グッとギアをあげるイメージでちょっと強めに歌いました。次の「獣かPretty Dollか」はちょっとかわいい音を意識して、「さぁ顔を上げて」では体の深いところから声を出しました。

──ブリッジのパートですね。

はい。サビを前に出したかったので、ものすごくこだわって歌いました。