「曲に合う言葉を自由に書く」という堀込高樹の作詞術
──今回のアルバムも歌詞が特徴的でした。例えば「明日こそは/It's not over yet」だと「コテンパン」「溜飲を下げて」「膿を出せ」というあまり耳なじみのないワードが入ってきたり。
田村 高樹くんの歌詞にはキーワードがあるよね。この曲に関して言うとわりと尖った言葉が目立つ。わけわかんないこと言ってるな、みたいな。でも曲に合っている。だからすごく頭に残るし、わけわかんないけど気持ちいい。そこはいつもすごく気にしているんじゃないかなと思います。
堀込 僕としては、「変な言葉を盛り込もう」みたいなことは意識していません。毎回思ったことを思ったまま書いています。ただ玄さんの言う通り、曲に合う言葉を書くというのが大前提としてある。「明日こそは/It's not over yet」はブルージーな曲調だから、恋愛はマッチしない。そこでいろいろ考えて、負の感情をポジティブに変える曲にしようと思いました。先にサビの歌詞が出てきたので、「明日こそは昨日よりもマシな生き方をしたい」と考えた人がその前にどんな生き方をしてきたのかを逆算して書いていったんです。
──3曲目の「非ゼロ和ゲーム」はすごいタイトルですね。
弓木 タイトルの意味がわからなくてググってみたんですけど、それでもわからなくて(笑)。きっとこのアルバムを聴いた人は、「非ゼロ和ゲーム」という言葉について調べると思うんですよ。でも高樹さんが歌詞で「わかんない」と書いてたから、わからなくてもいいかなって(笑)。そう解釈しました。
千ヶ崎 僕は愛の歌だと解釈しました。「非ゼロ和」とは、もともとゲーム理論の中から生まれた言葉、というか思想で、経済学とかでも使われます。ものすごく簡単に言うと、みんなが得をする状況のこと。でも世の中って、誰かが損することが多いですよね。それが「ゼロ和」。高樹さんは「非ゼロ和」というユニークなワードを使って、ラブソングを書いたんだな、と思いました。
堀込 ……実はそんなに深い意味はなくて(笑)。僕はこの言葉を「メッセージ」という映画で知ったんですよ。「非ゼロ和ゲーム」なんて、耳慣れない単語だから自宅に帰ったあと調べてみたんです。なかなか面白いな、と思って。そしたらこの言葉がRHYMESTERの「Future Is Born」の雰囲気を意識して作っていたループにハマったので、そこから歌詞を書き進めました。
──では、「時間がない」に「春夏秋」という歌詞がありますが、ここに「冬」がないのはなぜですか?
堀込 作ったフレーズに入りきらなかったから(笑)。「冬」がなくても伝わるだろうと思って。「春夏秋冬」だとリズムが悪くなる。別に「夏秋冬」でもよかったんですよ。
一同 あはははは(笑)。
千ヶ崎 もしかして「冬」がない、ということに何か深い理由があると思っていたとか?
──そうです!
堀込 じゃあ、この部分は「人生の春夏秋まで来ている」という意味にしようかな。まだ「冬」に到達してない人の歌、ということで。今決めました(笑)。「永遠はもう半ばを過ぎてしまったみたい」という歌詞もあることだし。ちなみにここは中島らもさんの本のタイトル「永遠(とわ)も半ばを過ぎて」からとりました。読んだことはないけど(笑)。
──読んでないのに引用したんですか……?
堀込 うん。本屋で背表紙を見て、いいタイトルだなと思って。一般的に誰かが何かを引用するとき、好きな本だから、とか理由があることが多い。でも僕はそんなのクソ真面目すぎると思う。例えば、クラシックとポップスとか全然違うジャンルの別の曲で、同じメロディがあったとする。音楽ばかり聴いている頭のいい人は、そこに文脈や理由をすぐに求めるけど、僕はそんなことする必要はないと思っています。それぞれをそのまま楽しめばいい。文脈なんて必要ない。みんな自由にやって面白いものを作ればそれでいいと思います。
ダンスミュージック的構造のポップス、というバランス
──今回は「DODECAGON」以来、非常にエレクトロニクスの割合が多い作品だと思いました。後半は特にその印象が強い。全体の構成を意識して制作したのですか?
田村 曲順は僕を中心にメンバーとスタッフで決めました。高樹くんはやることが多すぎて、それどころじゃなかったから。いろいろ入れ替えて一番流れがいい並びがこの曲順でしたね。
堀込 うん。構成にはほとんど関与していません。曲も別個で作っていきました。エレクトロニクスの割合に関して言うと、前作「ネオ」を制作している頃からまた使うことが多くなっていて。今回のアルバムは、ほとんどの曲がエレクトロニクスと生演奏をミックスして作られています。ただ曲によって配合比率が違う。1曲目の「明日こそは/It's not over yet」はソウルやブルースをイメージしているから生演奏が多めで、最後の「silver girl」はダンサブルだからシンセと打ち込みがメインになっていたり。
楠 前作に収録した「The Great Journey feat. RHYMESTER」以降、高樹くんの中に四つ打ち的なサウンドがグイグイ進出してきているのをひしひしと感じていますね。
堀込 今回のアルバムが「The Great Journey」の延長線上にあることは間違いないと思います。「The Great Journey」はシンセやいろんな要素が入っているけど、基本的には生演奏を基調にした生々しいグルーヴの楽曲。そこに比べると、昨年12月に発表した「AIの逃避行 feat. Charisma.com」はドラムを加工していて、ダンスミュージック寄りの音像に仕上げている。ただ、どちらの曲もコラボものだったので、派手さを際立たせるために意図的にビートを強くしたという部分はあるけど。
──推進力のあるビートは今作の特徴ですね。ポップスとダンスミュージックの狭間のビート感だと思いました。
堀込 例えば、シングル曲「時間がない」は「DODECAGON」の頃のKIRINJIを彷彿とさせる曲調だけど、実はリズムの部分、キックやベースといった低域の処理でいろいろ工夫していて。
千ヶ崎 この曲はミックスを浦本(雅史)さんにお願いしたことも大きいと思いますよ。
堀込 浦本さんはサカナクションやDAOKOのミックスを手がけているエンジニアさんです。僕が自分でミックスすると、わりとストリングやキーボードを高い音で入れてウワモノでにぎやかしを作るんですよ。でも彼はドラムとベースがバチッとくる感じにしてくれて。それがすごくカッコよかった。
千ヶ崎 歌の聞こえ方が全然違うのも新鮮でしたね。「固定観念のない方がミックスするとこうなるんだ」って。
堀込 あと、そもそも曲の構造が、A、B、Cと展開するような、起承転結のあるポップスとは異なるというのもある。今このタイミングで「時間がない」のような曲調をポップス的に展開する構造で作ると、なんだかダサいんですよ。
──先ほどRHYMESTERの「Future Is Born」の話が出てきましたが、高樹さんは世界の音楽トレンドの主流であるダンスミュージックを意識しているのですか?
堀込 はい。ポップスとしても聴けるけど、構造はダンスミュージック的、というバランス感覚は意識しましたね。今どきのポップスは、ダンスミュージックに似た構造で作られているものが多い。つまり要素を足すのではなく、間引いていく考え方。この「時間がない」もすごくシンプルですよ。Aメロ、Bメロしかない。じゃあサビはどうしているかというと、Aメロと同じシンセのフレーズを弾いて、ベースラインだけ変えることでサビとして機能するようにしています。
──あと「sliver girl」もトロピカルなフレーズがすごく印象に残りました。
堀込 この曲はドレイクの「Passionfruit」に影響されていて、最初は非常に抑制されたテンションの四つ打ちだったんですよ。でもそこに自分なり解釈を加えたくて、クールだけど、トロピカルで、ダイナミックな雰囲気に作り直しました。構造としてはこの「sliver girl」も「時間がない」と同じです。「sliver girl」の場合は、サビでスティールパンにものすごく長いリバーブをかけることで、Aメロがサビとして機能するようにしています。急に世界が変わるというか。
──「sliver girl」はライブでもかなりカッコよくなりそうですね。7月14日には東京、名古屋、大阪、福岡を回る「KIRINJI TOUR 2018」がスタートしますし。
千ヶ崎 「sliver girl」もそうだけど、今回のアルバムはグルーヴの強い作品だから、楽しく踊れるライブにしたいですね。
弓木 うん、生演奏でカッコいいグルーヴを作りたいです。
田村 でも実は本当につい最近アルバムの作業が終わったばかりなので、まだライブのことは全然考えてないんですよ。
堀込 今回のツアーは、古い曲でもこのアルバムの曲と親和性の高い曲をやると思います。かなりダンサブルなステージになるはず。演奏する側からしても、まったりした曲よりリズムが立った曲のほうが楽しいし。なので、去年までのKIRINJIとはまた違う雰囲気になるとは思います。というか、もうバラードはやらないかもしれません。いい加減「エバーグリーン」とか言われたくないんです(笑)。さらにひと皮むけたライブにしたいと思っています。
楠 KIRINJIはものすごいスピードで変化するバンドなので、僕らもケイスケホンダばりに心身を鍛えなくてはいけないね(笑)。
- KIRINJI「愛をあるだけ、すべて」
- 2018年6月13日発売
Verve / ユニバーサルミュージック -
初回限定盤 [SHM-CD+DVD]
3996円 / UCCJ-9214 -
通常盤 [SHM-CD]
3240円 / UCCJ-2156
- CD収録曲
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- 明日こそは/It's not over yet
- AIの逃避行 feat. Charisma.com
- 非ゼロ和ゲーム
- 時間がない
- After the Party
- 悪夢を見るチーズ
- 新緑の巨人
- ペーパープレーン
- silver girl
- 初回限定盤DVD収録内容
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- AIの逃避行 feat. Charisma.com(Music Video)
- 時間がない(Music Video)
ライブ情報
- KIRINJI TOUR 2018
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- 2018年7月14日(土)福岡県 スカラエスパシオ
- 2018年7月19日(木)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
- 2018年7月20日(金)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
- 2018年7月25日(水)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
- 2018年7月26日(木)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
- KIRINJI(キリンジ)
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©Yosuke Suzuki
- 1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で結成。1997年5月にインディーズデビュー盤「キリンジ」、同年11月にマキシシングル「冬のオルカ」がリリースされると、複雑ながらポップなサウンドと独自の詞世界が大きな注目を集め、1998年にシングル「双子座グラフィティ」でメジャーデビューを果たした。2013年4月に泰行がグループを脱退し、同年夏より千ヶ崎学(B, Vo)、コトリンゴ(Piano, Key, Vo)、楠均(Dr, Perc, Vo)、田村玄一(Pedal Steel, Steel Pan, Vo)、弓木英梨乃(G, Violin, Vo)の5人を加えた新体制に。2014年8月に通算11枚目にして新体制初のアルバム「11」をリリースしたのち、2015年6月には東京・Billboard Live TOKYOでワンマンライブを実施。このライブの音源をもとに、スタジオでのポストプロダクションを施してアルバム「11」を再構築した「EXTRA 11」が11月に発売された。2016年8月にはアルバム「ネオ」を発表した。2017年11月にはコトリンゴがソロ活動に専念するため脱退。2018年6月に新体制初となるアルバム「愛をあるだけ、すべて」をリリースする。