きくお インタビュー|“たま meets エイフェックス・ツイン”? 世界を熱狂させるボカロPのルーツに迫る (3/3)

曲作りにおける美意識とバランス感覚

──きくおさんの音楽性の特徴は、単にエスニックなものや宗教的なものをエッセンスとして取り入れているというだけじゃないと思うんです。通常は同居しないものをあえて同居させて調和させることがきくおさんの曲作りの美学としてあるんじゃないかなと思ったんですが、そのあたりはどうでしょうか?

まさにそうです。そこは自分の中の美学みたいなものがあって、どうすれば美が強くなるかという自分なりの考え方に基づいているんです。ストーンバランシングという、石を積んで変なバランスで保たせるアートがありますよね。例えとしてはあれがわかりやすくて。例えば普通にレンガを積み上げたとしても、ちょっと理路整然としすぎている。まあ、それはそれで美しいとは思うんですけど、それよりも「なんでこれでバランスが取れるんだ?」というものでバランスが取れていると、より美しさが生まれると思うんです。型を限界まで崩していて、それで曲が成立しているというのが、より美しさや強さを生む。そういう考えに基づいています。音楽的ではないものとか、混じり合うはずがないものを組み合わせて、それでどう整合性をとるかということに興味があるんですね。なぜならそれが強い個性と強い美を生むから。

──なるほど。例えばどんなものを組み合わせているんでしょうか?

例えば「闇祭」という曲では、トラック全体に立体音響をかけて、頭の周りでぐるんぐるん音が鳴ってるという、すごく気持ち悪い音像にしているんです。普通にそれで曲を作るとただ気持ちが悪いという印象だけで終わっちゃうんですけど、じゃあ、それをどうやったら効果的に聴かせられるかというところで、この気持ち悪さで整合性が取れたら強いぞ、新しいぞと思ったんです。そこで取った手法が、曲自体を気持ち悪いテーマにするということで。「あの世に連れてっちゃうぞ」みたいな、おどろおどろしい、気持ちの悪い曲として歌詞も歌も作って、民族音楽的なサウンドにした。そこまでやれば、酔っ払っちゃうぐらいの気持ち悪い音像と完全に整合性が取れるんじゃないかと思ったんです。

──あえて気持ち悪いものにしている。

そうですね。あと「わたあめ」という曲では微分音を使っていて。微分音というのは、要するにドとド♯の間の音とか、12音には含まれない音です。パッと聴いたらすんなり聴けるとは思うんですけど、実は1コードごと、1メロディごとに微分音を使っているんで、かなり気持ちの悪い曲の組み方をしているんです。その不自然な微分音をどうしたら自然に聴かせられるかと考えて。微分音のコード進行の持つ表情って、普通はドからド♯に行くのにその間のところでストップするんで、いつもと同じはずの風景がちょっとだけ違うみたいな気色の悪さ、不気味さがあるんです。そこと整合性を取ればいけるんじゃないかと思って。歌詞のテーマを「思い出した記憶がちょっとおかしいぞ」みたいな不気味な感じにしました。すごく抽象的な話なんですけど、そういうところで整合性を取ることで微分音の気持ち悪さが、ストーンバランシングみたいに成立するんじゃないかっていうやり方をしてます。

人気の本質とは「世界中に点在する少数派にきっちり届くこと」

──「わたあめ」を聴いて思ったことなんですが、これはある種の認知機能の歪みを曲のテーマにしていると解釈したんです。それこそ微分音とか立体音響みたいな、普通のポップスでは使われないテクニックや方法論で、そういうイメージを形にするアプローチを取っているということなんですね。

そうですね。例えば「あなぐらぐらし」という曲では、ボーカルが1回も中央に定位しないんですよ。リバーブをものすごく極端にかけて、LとRに立体音響で振ってるんです。位相もめちゃくちゃで、これを普通のポップスでやったらただただ気持ち悪いんです。その上でサンバのリズムを奏でてるし、どうしたらそれに整合性を取れるかと考えて、曲のテーマを「この暗い暗いあなぐらに落ちていこうよ」というものにしました。そこが洞穴であれば、気持ち悪い音の位相や深すぎるリバーブとの整合性が取れるから。さらに歌詞も気色の悪いホラーっぽくすることで、より曲の強度が高まるんじゃないかと思ったんです。

──そういうふうに認知の歪みや気持ちの悪さや不気味さにフォーカスして作った曲が結果としてポップに響いているというのは、すごく面白いですよね。これは推測ですけれど、聴いている側が、いわゆる現実社会での普通の様式と若干ずれた感覚や自己意識を持っていて、例えば世にあるポップスが自分と位相のずれたものに感じている人だったとするならば、その人にとってはようやく自分にフィットする音楽に出会ったという感覚があるのかもしれない。もちろんリスナーはそこまで客観視して言語化していないと思うんですけど、「なんかハマっちゃう」って、そういうことなのかもしれないと思いました。

僕は人気の本質って、そこにあると思うんです。世界中に点在する少数派にきっちり届くことが結局人気の本質だというふうに思っていて。「大人気」っていうと「老若男女みんな知ってる」みたいなイメージがあるかもしれないですけど、自分の場合はそれとは真逆のイメージなんですよね。尖ったもののほうが、むしろ大人気を呼び起こすんだろうと思う。だから尖ったものを作っているんです。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」東京公演の様子。(Photo by Asuka Shishido)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」東京公演の様子。(Photo by Asuka Shishido)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」東京公演の様子。(Photo by Asuka Shishido)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」東京公演の様子。(Photo by Asuka Shishido)

きくおが考える今後のビジョン

──先日にはVRChatで自身のワールド「よるとうげ」が公開されました。取材前に体験させてもらったんですが、かなり刺激的な体感でした。これはそもそもどういうプロジェクトとしてスタートしたんでしょうか?

これはソニーさんと、トータルディレクターの三日坊主さんが主体となって進めてくれて。いつもお世話になってる絵師さんの黄菊しーくさんとか、いろんな人たちが一丸となってやってくれたプロジェクトで、自分はただただ見守るばかりでした。これに関しては本当に皆さんががんばってくれたというほかないです。

──個人的には、これこそデジタルドラッグな体験だと思いました。1960年代だったらLSDがないと観られなかった風景を今はVRChatで観れるんだって。

実際、プレステの「LSD」というゲームのイメージを制作スタッフに伝えたんですよ。原色でサイケデリックでという。あとは「ゆめにっき」というゲームとか。あのチープ感だったら負荷も軽くできるんじゃないかとかいう話をしたり。でもやっぱり、三日坊主さんがいたからこそ、パワーのある作品が生まれた感じです。三日坊主さんの世界観がよく出ていて最高ですね。本当にありがたいです。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」ブラジル・サンパウロ公演の様子。(Photo by Amanda Gaya)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」ブラジル・サンパウロ公演の様子。(Photo by Amanda Gaya)

──最後にもう1つ、聞かせてください。今日お話を聞いた限り、きくおさんは発明家だし、開拓者だと思うんです。音楽のあり方や活動のやり方を発明してきたし、開拓してきたからこそ、今の結果がある。そういう実感はありますか?

本当にその通りです。自分が音楽家であるということにあまり実感がなくて。たぶん資質としては発明家とかに近い意識がすごくありますね。

──そのうえで、発明家として、開拓者として、今の時点で興味を持っていることについて聞かせてください。今後どういうことをやりたいというアイデアがありますか?

これは自分用のメモにいろいろ書いてるんですけど……まず今はワールドツアー中なので、いろんな国に行っていろんなことをやってみたいです。あとはAIボカロでボカロシーンの波が変わるんじゃないかと思っていて。初音ミクとかとは違う、すごく生々しいタイプの声を使うボカロで、ものすごいヒットが生まれたら面白いですよね。そういうのは今のところないような気がしていて。リアルな声のボカロの曲が有名になったら、価値観が思いっ切りガラッと変わるんじゃないかなと思います。

──なるほど。

もう1つは資料的価値に強い意味合いを持たせた物理媒体の再リリース。最近、ニコニコ動画がサイバー攻撃を受けて大変なことになりましたけれど、ストリーミングサービスとかデジタルで配信されてる音楽が、ある日突然取り下げられました、全部消えましたということが、これからたびたび起こると思うんですよ。今はストリーミング配信が盤石なものであるかのようにみんな錯覚してるし、そう信じ込ませるために企業も努力してきたけれど、そこへの信頼度が崩れてくると、資料的な価値があるものが意味を持ってくる。

──確かにそうかもしれません。

その一環としてレコードをリリースしました。物理媒体には強度があるので、資料をきちんとまとめてCDの再販もしていこうと思います。あとは以前やっていた「Kikuo Music Radio」も復活させたいですね。これは24時間365日、ローファイヒップホップのYouTubeチャンネルみたいにきくおの楽曲をランダムで再生し続けるというものです。そういう場所があればライトなファンがコアファンになる流れをかなりスムーズに作れるはずなので。そこで交流の場を生みたいというのもあるし、ファンアートが表示されていくというのもやりたい。あとは繰り返しになるんですけれど、楽曲面ではAIでどこまで行けるかというのに、今のところは興味があったりします。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演より。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演より。(Photo by Nelson Galaz)

公演情報

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」

  • 2024年7月14日(日)日本・東京
  • 2024年8月1日(木)中国・広州
  • 2024年8月2日(金)中国・上海
  • 2024年8月4日(日)中国・北京
  • 2024年8月14日(水)ペルー・リマ
  • 2024年8月16日(金)チリ・サンチアゴ
  • 2024年8月17日(土)アルゼンチン・ブエノスアイレス
  • 2024年8月18日(日)ブラジル・サンパウロ
  • 2024年8月20日(火)メキシコ・モンテレイ
  • 2024年8月21日(水)メキシコ・グアダラハラ
  • 2024年8月24日(土)アメリカ・ニューヨーク
  • 2024年8月25日(日)アメリカ・ワシントンD.C.
  • 2024年8月27日(火)アメリカ・シャーロット
  • 2024年8月28日(水)アメリカ・アトランタ
  • 2024年8月30日(金)アメリカ・オースティン
  • 2024年9月1日(日)アメリカ・ヒューストン
  • 2024年9月3日(火)アメリカ・サンディエゴ
  • 2024年9月5日(木)アメリカ・フェニックス
  • 2024年9月7日(土)アメリカ・ポモナ
  • 2024年9月8日(日)アメリカ・サンフランシスコ
  • 2024年9月10日(火)アメリカ・シアトル
  • 2024年9月11日(水)アメリカ・ポートランド
  • 2024年9月12日(木)アメリカ・デンバー
  • 2024年9月14日(土)アメリカ・シカゴ
  • 2024年9月15日(日)カナダ・トロント
  • 2024年10月24日(木)オーストラリア・メルボルン
  • 2024年10月26日(金)オーストラリア・シドニー
  • 2024年10月27日(土)オーストラリア・シドニー
  • 2025年1月31日(金)イギリス・グラスゴー
  • 2025年2月1日(土)イギリス・マンチェスター
  • 2025年2月2日(日)イギリス・ロンドン
  • 2025年2月5日(水)ドイツ・ベルリン
  • 2025年2月6日(木)ドイツ・ケルン
  • 2025年2月8日(土)ベルギー・ブリュッセル
  • 2025年2月9日(日)オランダ・アムステルダム
  • 2025年2月11日(火・祝)フランス・パリ
  • 2025年2月12日(水)イギリス・ロンドン
  • 2025年2月14日(金)アイルランド・ダブリン
  • 2025年2月15日(土)アイルランド・ダブリン
  • 2025年2月17日(月)スペイン・マドリード
  • 2025年2月19日(水)ポーランド・ワルシャワ

プロフィール

きくお

1988年生まれのボカロP。2003年に音楽制作を開始。2010年にボーカロイド楽曲を初投稿する。2016年に「ニコニコ超パーティー2016 inさいたまスーパーアリーナ」出演。翌2017年には、高等学校用教科書「高校生の音楽1」(教育芸術社)に、自らが作詞と作曲を手がけた楽曲「Six Greetings」の楽譜と顔写真が掲載される。2022年にはSpotifyにおいて、「愛して愛して愛して」がボーカロイド楽曲再生数世界1位を達成。また、NHK総合「プロフェッショナル仕事の流儀 究極の歌姫 バーチャル・シンガー 初音ミク」に出演する。2023年にはYouTubeチャンネル登録者数100万人を達成。2024年1月にボカロPとして初のアメリカツアーを全12公演行い成功に収める。現在、世界16カ国39公演を回るワールドツアー「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」を展開中。なお10月に公開されたVRChatワールド「よるとうげ」は「先進映像協会 ルミエール・ジャパン・アワード」のVR部門にて優秀作品賞を受賞した。