きくお インタビュー|“たま meets エイフェックス・ツイン”? 世界を熱狂させるボカロPのルーツに迫る (2/3)

ブレイクコアやスピードコアからの影響

──きくおさんの音楽性についても聞かせてください。今Spotifyで「kikuo setlist」と検索すると、各地のファンがセットリストを投稿してるんですよ。

そうなんですね。

──あとはsetlist.fmのようなセットリスト共有サービスもあるので、それをもとに各地のライブでどんなセットリストでプレイしたかをプレイリストにして、改めてきくおさんの曲を聴いてみたんです。そうしたら、個人的にはきくおさんの音楽の魅力とか、なぜきくおさんの音楽が受け入れられているのかというのが一番わかった気がして。アルバムを聴いたりミュージックビデオを観たりするよりも、ツアーのセトリで通して聴いたほうが、むしろ「こうやって盛り上がってるんだ」みたいなことが伝わってくる感じがしたんです。

あー、なるほど。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

──「君はできない子」や「カラカラカラのカラ」がある種のエレクトロニックミュージックとしてテンションを上げていって、「愛して愛して愛して」でクライマックスになるという。そういうライブのセットリストを通して、改めてきくおさんの音楽性を体感できたような感覚があったんです。なので質問なんですが、まず海外でツアーをするにあたって、セットリストはどうやって考えましたか?

日本でずっとやってきた経験をもとに、という感じですね。どうすれば盛り上がるのかとか、こういう実験をしてみたらどうなるかっていう、日本で蓄積したいろんな経験があるので。あとは個人的に、例えばヴェネチアン・スネアズやM1DYというスピードコアのアーティストとか、あとリチャード・ディヴァインというエレクトロニックミュージックの人とか実験的なアーティストのDJプレイがすごく好きなので、そういう人たちのミックスの仕方を参考にしています。

──なるほど。電子音楽に近いところもある。

ブレイクコアとかスピードコアのライブがもともと大好きだったんで。ビートをものすごく早回しにして最後はノイズになるっていう仕掛けが好きだったり。あとテクノ系アーティストのDJミックスとかもよく聴くので、それで電子音楽的なノリになってるというのもありますね。

流行りの音楽にどんなカウンターを合わせるか

──思ったんですけれど、初めての人に「きくおの曲ってどんな感じ?」って僕が聞かれたとしたら、「たま meets エイフェックス・ツインだよ」と答える気がします。

あはは。すごくありがたいです。実際たまにはすごく影響を受けていますし。自分が作る曲に関して言うと、ものすごく暗い後ろ向きな歌詞を強力なビートに乗せた曲に、みんな大興奮して大合唱するっていうのがすごく面白くて、不思議だなと。それはいろいろ試してみて、わかったことではありますね。

──そもそも、きくおさんの曲はジャンルも幅広いし、いい意味で統一感がないですよね。いろんなことをやっていると思うんです。かつ、こうすればヒットするという今のポップミュージックのトレンドとは明確に距離を置いている。

はい。そうですね。

──作り手の信条として、そのあたりはどういう由来なんでしょうか。

曲作りのところで言うと、僕の中には音楽で生活していきたいという気持ちがあって。ずっと音楽を作って生きていきたい。長生きしたいんですよね。そのためには、やっぱり個性が必要になってくるわけです。メジャーなアーティストがやってることと同じようなことをやっても聴いてもらえないですから。強力な個性があればファンが長くついてくれるから、きっと長生きできる。今流行ってる音楽に対してどんなカウンターを合わせたら自分が目立てるかというのを1曲1曲ごとに考えたら、今作ってるような音楽になったという。自分の中では当たり前の思考の流れなんです。

──ユニークさが最強の武器であるという。

そうですね。それをみんなに見つけてもらうのがいいなと思って。「俺は絶対これが美しいと思うんだ!」と強引に押し出すよりも「どういう曲を作ったらみんなに聴いてもらえるんだろう?」って、いろんな手を繰り出している感覚ですね。実は明るくてかわいいポップな曲もいっぱい作ってるんですよ。でも、あまり聴いてもらえないから、そのイメージがないだけで。みんな暗い曲ばかり聴いてくれるから、自分は暗い曲を作るのが向いてるんだなと思って、そういう曲をいっぱい作っているみたいな流れだったりもします。

──結果的に「愛して愛して愛して」がきくおさんの代表曲になっているわけですが、作ったときにはそうなるとは思っていなかった?

そうですね。その証拠に、「愛して愛して愛して」を作ったのは2013年なんですけど、最初は公開するつもりもなくて。その2年後の2015年に公開したんですけど、それも知り合いのクリエイターが勝手にMVを作ってくれたんで、じゃあアップするかという感じだった。本当にこうなるとは思ってなかったですね。

きくおサウンドの根底に流れるものとは?

──ほかの曲についてはどうでしょうか? 例えば「しかばねの踊り」や「あなぐらぐらし」のような曲がSpotifyの再生回数の上位に並んでますが、このあたりは「これはウケるかも?」みたいな狙いはありましたか?

それは、すべての曲に対してありますね。「これは聴いてもらえるんじゃないか?」という思いのもとで曲を作ってるんで。「これはどうだ」「こっちはどうだ」っていう感じで次々作って、それがランダムに当たったり、当たらなかったりする感じです。以前読んだ「ORIGINALS誰もが『人と違うこと』ができる時代」という本に書かれている1節ですごく好きなものがあって。モーツァルトやベートーベンが後世にまで残る曲を出したのはどういうときだったかを調べてみたら、それは最も多くの駄作を出した年だったらしいんです。これはどうだ、あれはどうだって多種多様な球を投げまくるというのが、自分の考えるヒットの秘訣みたいなところがあって。その方法論で考えているので、ものすごく多種多様な曲を連発してる感じになるっていう。でも一番意味わかんないのが「あなぐらぐらし」の再生数ですね。

──「あなぐらぐらし」はやっぱり意外だった?

一番意外でしたね。何が当たるかなんてわからない。すべては運でしかないと思います。

──でも、作風はバラバラでありつつ、どこかしら一貫性はあるように思うんです。きくお楽曲のシグネチャーというか、リスナーが考える“きくおらしさ”を、ご自身はどのように捉えていますか?

ライブに来るタイプと来ないタイプで明確に違う気がしますね。暗くて叫ぶみたいな曲をきくおっぽいと思っている人もいれば、かわいくてワルツっぽい曲をきくおっぽいと考える人もいるだろうし。

──そこにも多様性があるということですね。

なのでライブとかではクイックミックスで1曲を1、2分でつないじゃって大量の曲を流すことで、できるだけ多くの人に響かせようということをやってたりします。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演より。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演より。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

──例えばガムランの音だったり、アコーディオンの音だったり、きくおさんの曲では、ある種の民族音楽のサウンドというのが随所で使用されていると思うんです。そういうサウンドを自分の曲に入れようと思う理由や、そのフィット感についてはどうでしょうか。

それは自分の趣味嗜好です。例えば菊田裕樹さんが「聖剣伝説2」というゲームのために作った「呪術師」という曲でガムランが使われていて、それを小学生のときに聴いて、ものすごく感動したことがあったり。あとは、中学生のときに「muzie」という音楽配信サービスで聴いたBitplane(愛新覚羅溥儀)さんの民族音楽とテクノを掛け合わせたような曲にものすごく感動して影響された部分もあります。もともとエスニックなもの、宗教的なもの、神秘的なもの、空想的なものに興味があったんです。死生観とか、どう生きるかとか、そういうことをひたすら考えるのが好きだったから、それが曲に現れているのかもしれません。

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」チリ・サンチアゴ公演の様子。(Photo by Nelson Galaz)

──単なる音色の好みだけじゃなく、哲学的なところにも興味があった。

そうですね。原始的なところに興味があるというのはありますね。クラブミュージックみたいな曲を作るにしても、原始の時代には、どういうリズムに乗ってみんな楽しんできたのかを考えたりします。