Spotifyで「愛して愛して愛して」がボーカロイド曲として初の1億回再生を突破するなど広く注目を浴び、海外にも熱狂的なファンを持つボカロP・きくお。2024年1月にはボカロPとして初のアメリカツアーを開催し、2024年8月から来年2月にかけては、世界18カ国41公演を回るワールドツアー「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」を行っている。
また10月にはVRChatにて独自の世界観を表現したワールド「よるとうげ」を公開。こちらも大きな話題を呼んでいる。独自のスタンスで旺盛に活動を繰り広げるきくおに、そのアイデアの源泉について、またユニークな音楽性について、じっくりと話を聞いた。
取材・文 / 柴那典
現地で身をもって感じた海外ファンの熱量
──きくおさんは今年ボカロPとして初のアメリカツアーを行いました。YouTubeでトレイラームービーを観ましたけど、すごい盛り上がりですね。
相当熱狂的な反響だったと思います。
──海外での初めてのライブはいかがでしたか?
やっぱりファンの熱量がすごかったですね。車で会場まで移動するんですけど、会場が近付いてくると、明らかにきくおのファンだなという人が増えてくるんです。内向的な雰囲気というか、見てわかるぐらい独特のオーラを漂わせていて。コスプレをしている人が多いというのもあるんですけど、かといって初音ミクのオタクっぽいかというと、またちょっと違う。独特な雰囲気があるんです。あと日本のお客さんと大きく違うのは、みんな一緒に歌うというところ。海外のお客さんって、みんなものすごく歌うんですよ。
──日本のライブ会場ではそういう現象はあまり見かけないですね。
海外のファンは歌うというか叫ぶのが当たり前で、開場して開演するまでの間みんな騒ぎまくってるんです。そこが一番違うところでしたね。あと客席はすさまじい熱量なんですけど、その反面、みんなマナーがいい。それはどの国にも共通して言えることですね。
──自分の音楽が海外で聴かれているというのは再生回数の数字としては認識していたことだったと思うんですが、ファンの姿や様子を実際目にして、新たな発見はありましたか?
1つは、みんな日本語で歌うんだなということ。日本語を日本語のまま受け入れて、しかも、みんな意味も知っているという。もう1つは、思った以上に多くのお客さんに来ていただけたということです。YouTubeなんかの数字上では、この都市はほかの都市に比べてあまり聴かれていない、みたいなことが事前にわかるんですけど、いざ行ってみたらソールドアウトしていたり。それが意外なことではありましたね。みんな本当にコスプレをするし、日本語でコミュニケーションを取ろうとしてくるし、日本文化がすごく浸透してるんだなというのも感じました。あと10年来のファンみたいな人もかなり多かったんです。ニコニコ動画時代から観てます、みたいな。一方で未成年のお客さんもすごく多い。それも意外でしたね。
──ファンの世代が幅広いんですね。ニコニコ動画時代からずっと追っていた人もいれば、TikTokから入った人もいる、みたいな。
新陳代謝が起きてるというか。家族連れも多かったですね。家族みんなできくおを聴いてますみたいな人もいました。
独自の方法で切り拓いた海外への道
──海外ツアーが実現するまでの話も聞かせてください。PIXIV FANBOXに投稿された「個人勢ボカロPがいかにして史上初のアメリカライブツアーを実現したか」という記事も読みましたが、まったくツテのないところから実現に向けて動き始めたんですよね。
そうですね。
──当たり前の質問ですけど、すごく大変じゃないですか?
ものすごく大変でした。まず海外でのツテを作るためには、自分から「ライブをやりたい!」って言うしかないんですよ。SNSで「誰か知恵を貸してください!」って叫びまくるしかない。とにかく大変だったのが、公演用のビザを取得するために推薦文を書いてもらうことでした。
──きくおさんは事務所に所属している活動形態ではないですよね。個人でビザを申請して現地のエージェントとやりとりするというところから始まって、いろんな手配も全部1人でやろうとしていたということでしょうか?
そうですね。でも、さすがにそれは無理だろうということになって。
──そこからサポートしてくれる企業やチームとその都度契約するような形に変わっていった感じでしょうか?
そうですね。1月のbo enさんとのツアーは対バン形式だったので、bo enさん側のエージェントに依頼して。そのあと3月にEX THEATER ROPPONGIでワンマンライブ「kikuoland」を個人で開催したんですが、それはアミューズさんに手伝ってもらったんです。そのときに海外でもライブをやりたいと言ったんですけど、その話がなかなか進まなかった。それでどうしようと思ってネットを検索したらThe Orchard Japanさんというデジタルディストリビューターが海外での知見をたくさん持ってるという情報を発見して。それでメールを送って自分からアタックしたんですよ。そしたら関連するソニーミュージックのREDという部署に話が伝わって。その流れで、今回のツアーはREDさんに手伝っていただいているんです。
(ソニーミュージックREDスタッフ) The Orchard JapanはソニーミュージックエンタテインメントとThe Orchardのジョイントベンチャーなんですけど、マネジメントの機能がないので、そこから僕らに話が来て、一緒にやりましょうという話になりました。エージェントとして依頼を受けて、お手伝いしているという形です。
──活動形態としては個人というところを貫きつつ、ライブをサポートするエージェントとしてソニーミュージックとタッグを組んでいるということなんですね。
そうですね。のちに聞いた話ですけど、個人事業主としてライブを手伝ってくれる業者さんを雇用するようなシステムは、アメリカとか海外だとポピュラーなやり方みたいですね。日本でもそういう形式で契約をして活動を広げていくスタイルがどんどん浸透していくような気がしています。
──これって、日本の音楽業界ではこれまであまり前例のなかったやり方だと思うんです。きくおさんって、新しいプラットフォームやテクノロジーをいち早く取り入れて使っているイメージがあるんですが、活動形態においても開拓者なんだなと話を聞いて思いました。
そうおっしゃっていただけるのは本当にありがたいです。開拓せずにはいられない性格なんですよね。誰もやったことのないことをやったり、未知の地平に踏み込んでみたりしたいという気持ちは、ずっと自分の中にあるので。
──海外でライブをやるのも、誰もやっていないことをやりたいというモチベーションが大きかった?
大きいですね。でも一番のモチベーションは、海外で聴いてくれる人がいっぱいいるからです。じゃあ実際にライブをできるんじゃないかっていうことで。好奇心が一番のモチベーションですね。ボカロPで海外ソロツアーなんて誰もやっていなかったので。日本のボカロミュージックって、ボカコレのランキングがどうだとか再生数がどうだとか、すさまじい“ブラッディ・バイオレンス・レッドオーシャン”化してるんですよ。でも海外はかなりブルーオーシャンなんじゃないかというのを感じていて。そっちの方向で攻めてみたら面白いんじゃないかと思ったのもあります。それがモチベーションになって動いてましたね。
次のページ »
ブレイクコアやスピードコアからの影響