Keishi Tanaka|“今出せてよかった”Kan Sanoとの共作が完成して+ミュージックラバーが選曲する「Image Tracks」

居心地のよいクラブの“煙たい空気”

──綺麗すぎないというところに絡めて言うと「Smoke」というキーワードはどのように出てきたのでしょうか?

それもやっぱり恵比寿MILKでライブをしてた頃の感じを思い出して。まだ煙草を吸ってた自分とか、クラブ自体の煙たさとか。あの雰囲気が嫌じゃなくて好きだったし、その頃から僕のことを知っている人と、まだ出会ってなかったKan Sanoくんの存在とかを結びつけながら書いた。決してなくなったわけではなくて、今も変わらず漂っている空気みたいなものを表現したかったんです。

──結果的にこの曲にはクラブの猥雑さや妖しいムードも落とし込まれていますよね。

絶対的に潔癖なものより、そっちが好きなんですよね。あの頃のクラブって、そういう場所でしたよね、まあ今もそうですけど。悪いって意味ではなくて、みんなが素の部分を出して遊べる場所だからこその空間というか。なので、Kan Sanoくんの持っている素の部分やちょっと悪い部分を表現したいって気持ちもあったんです。それは自分自身に対してもなんですけど。

宅録にちょうど関心が高まっていた

──ちなみに制作を進めていくうえで念頭に置いていたようなジャンルや作品はありますか?

Keishi Tanaka、Kan Sanoによるレコーディング時の様子。

それはあんまりなくて。そもそも2人の共通点として、トレンドや同時代性を意識しないで活動したいねって態度があったんですよ。だから、これが何かっぽいとかはあんまり思わなかったし、それでよかったなと思う。もちろんモッキーでもないですしね。逆に何っぽいんだろ? 俺的には、こういう歌い上げない曲はあまり歌ってきてなかったなって感じ。新鮮でしたね。

──個人的には1990年代のクラブジャズやアシッドジャズを彷彿とさせる気がしました。

うんうん。一般的にはそうなんでしょうね。ジャンルみたいなもので自分の音楽はよくわかってないですけど、もし括るとしたらそういうクラブジャズ的なものなのかもしれない。もしかしたらサウンドというよりは、クラブで遊んでた頃の空気感とか、そういうものが入ってることで懐かしさを感じているのかもしれないですね。見てきた情景みたいなものとか。

──Kan Sanoさんの音楽は、例えばトム・ミッシュなど昨今の宅録っぽいソウルにも通じるものだと思うんですけど、そのあたりも特に意識しませんでした?

レックス・オレンジ・カウンティあたりの宅録っぽいけど、めちゃめちゃ音作りにこだわってる作品に魅力を感じてたから、なんとなく頭にはあったのかも。宅録でちょっと踊れるみたいな感覚が、レックスやニール・フランシスとかは最近の気分ではありますね。家でしか音楽できない状況になっちゃいましたけど、そういうムードも反映させたいと思っていたんです。逆に言うと、宅録っぽい作り方への関心が高まっていたタイミングだったので、時期的に合致したんだとも思う。それがよかった、とは言えないですけど。

──話を伺って、歌詞もサウンドも、Keishiさんのキャリアの流れというと面からも、奇跡的にタイミングが合った1曲なんだなと感じました。

Kan Sanoくんとの対談から始まり、この1年はすごくいい流れがあったんです。今回リリースしたタイミングでのライブやツアーが中止になったからいいことばかりじゃないけど、このリリースがもしなかったらと思うとちょっと怖くなるくらい。この曲を今出せてよかったと思う。

──今回の手応えを受けて、Keishiさんは今後も作曲をほかのミュージシャンに依頼することが増えていきそうですか?

これまでの制作方法に戻るとか、この流れのまま行くとか、そういう感覚すらなくなってきています。ほかの人に曲を頼むこともあるだろうし、自分が作ることもやめないし。特に今の状況では、気軽に音楽をできたものから出していくのがいいかなとも思う。そうせざるを得ないところもあるけど、どちらかというとそういう新しい動きを楽しんでやっていきたい。

左からKeishi Tanaka、Kan Sano。

今、アーティストに何ができるか

──岩崎彗さんら13組の仲間たちと共作し、営業を自粛しているライブハウスを支援する企画「Save Our Place」の一環として発表された「Baby, Stay Home」(参照:Keishi Tanaka、村松拓、紗羅マリー、桃野陽介ら13組がSNSでつないだ新曲完成)や、noteでの新曲の発表など、すでにフットワーク軽く、状況を踏まえた活動をスタートされている印象です。

Keishi Tanaka

今は音楽の人だけじゃなくて、みんながすごく苦しいときですけど、だからといってすべてをあきらめるわけにはもちろんいかないわけで。最優先は医療の人や命を救う仕事をしている人なのはわかったうえで、じゃあアーティストに何ができるかを考えて、自分は家で音楽を作っています。命があるなら僕らにできることもあると思ってます。ライブハウスの問題もそうだと思いますけど、今はつながりをもとに危機を乗り越えようとしているところ。もちろん自分も活動していかなきゃダメだから、今後すべてをそこに結び付けていこうと思っているわけではないけど、それはみんなわかってくれると思うので、やれることはやりながら自分の活動をしていくしかないですよね。でも、僕としては嘆いている感じはあんまりないですね。

──これからの活動を楽しみにしています。最後に、この曲の終盤で歌われる「Smoke the kicks well, anywhere」というラインに込めた思いを教えてください。

クラブやライブハウス、Kan Sanoくんみたいな周りのミュージシャンや聴いてくれるみんなのことを煙に見立て、その煙が自分に“kicks well=いい刺激”を与えてくれているってことが言いたかったんです。だからこの曲自体への感謝を言葉にしたって感じかな。今のコロナ禍で、この「The Smoke Is You」を出せることは意味のあることだと思えたんです。


2020年5月21日更新