かつしかトリオ「"Organic" feat. LA Strings」インタビュー|LAレコーディングの成果がここに (2/2)

いやあ、オトナですねえ

──具体的な楽曲制作の話も聞かせてください。

向谷 「LUCA」は共作の極致みたいな作り方でしたね。神保さんからスタートして、そこに櫻井さんが変拍子の中間セクションを付け足して、僕が渾身のストリングスアレンジを書くっていう。

神保 あれは、僕がワンマンオーケストラ(神保がパッドなどを駆使して1人でアンサンブルを奏でるソロパフォーマンス形態)で演奏していた「組曲 春夏秋冬」という曲の冬部分がベースになっているんですよ。それをもとに「シンフォニックな組曲にしたいんだよね」という話をして、いろいろ発展していった。

櫻井 組曲ということだったんで、「じゃあ7拍子のアイデアがあるんだけど」と言って出したら喜んでもらえて。

神保 ちなみにこの「LUCA」というのは「Last Universal Common Ancestor」の略で、地球上のあらゆる生物の共通祖先のことなんです。タモリさんと山中伸弥教授がNHKの番組でその話をしているのをたまたま観て、この曲のタイトルにぴったりだなと。

神保彰(Dr)

神保彰(Dr)

櫻井 山中教授から来てたんだ? それは知らなかった(笑)。リズムチェンジで言うと、「Origin」のハチロク(8分の6拍子)になるところもすごくテイスティにできたなと思っています。

神保 あそこ、急にアフリカンになるんだよね(笑)。全体的にはカリビアンなんですけど。

向谷 突然あんなリズムに変わるから、またしてもストリングスの人たちが合わせるの大変だったじゃん(笑)。曲自体はピアノが目立ちつつ、みんながガーッと行ける感じの曲をどうしても作りたくて作ったものですね。イントロの4度堆積コード(一般的な3度間隔ではなく、4度間隔で構成される和音のこと。調性が曖昧になり、独特の浮遊感をもたらす)のパターンで後半にソロを取るところがあるんですけど、あそこが実は一番の見せどころで。あれでソロが取れたらピアニストとして一人前だよなと思ってたら、本番では一発でうまくいっちゃったんですよ。自由度は高いんだけど、ちょっとミスるとものすごいアボイドノート(避けるべき音)に聞こえちゃうんで。あれは自分的に新たな挑戦でしたね。

神保 挑戦ということで言うと、かつしかトリオとしては「Katsushika De Cha Cha Cha」がちょっと新境地みたいな感じですね。ドラムはほぼ何もしていない曲ですけど(笑)。

櫻井 すごくシンプルだよね。「Early Bird」とかもそうだけど、神保くんは意外とシンプルなドラムを聴かせるのがものすごくうまいドラマーなんですよ。超絶テクニックのイメージが強いと思いますが、ほかの楽器の際立たせ方や聴かせ方をすごくわきまえている。

神保 いやあ、オトナですねえ……。

向谷櫻井 わははは(笑)。

櫻井 「Cha Cha Cha」はもともと神保くんが作ってくれたラテンフィールのユニークなメロディがすごく心地よかったところに、倉田さんのストリングスが「こう来たか」って感じで入ってきて、めちゃくちゃ面白い曲になりましたね。

櫻井哲夫(B)

櫻井哲夫(B)

向谷 この曲に関しては、唯一ストリングスアレンジに僕がほとんど手出ししていなくて、ほぼ倉田くんに丸投げしました。「昔の歌謡曲でよくあった、キューンって落ちる感じのフレーズを多用してね」とか言って。で、曲の終わりのほうにピアノとストリングスが自由に遊んでる感じのセクションがあるんですけど、たまたま弾いたピアノのフレーズとストリングスのアレンジが偶然合っちゃったところがあるんですよ。チャラッラ、チャラッラみたいに弾いてるとこなんですけど……。

櫻井 そうそう。ベースが一瞬抜けて、また戻ってくるあたりだよね。

向谷 僕らはストリングスのアレンジができる前に録り終えてたんで、合わさったときにどうなるかは見えていなくて。倉田くんも倉田くんで、ロスに向かう飛行機の中でアレンジ作業をしてくれていたので(笑)、どんな演奏が録れているか知らなかったんだよね。なのに見事にシンクロしたんで、すごい以心伝心だなと。

倉田信雄の超人伝説

──今作をもともと既存曲のリメイク中心にするつもりだったということは、出発点として「この曲をストリングスと一緒にやりたい」という考えが明確にあったということですよね?

向谷 そうですね。「Majestic」は絶対にストリングスとピアノでやりたい曲でした。かつしかトリオのレパートリーの中では、絶対にこの編成に向いていると思っていたので。で、それとは真逆の考え方で「Red Express」もあったという感じですね。こちらは原曲とはまったく違ったよさを打ち出せるんじゃないかと思って、すごく力を入れてアレンジを施しました。渾身アレンジシリーズ、つって。

神保 イントロの駆け上がりのところ、アイデアが何パターンもあったもんね。

向谷 そうそう。で、「天ノ川」(本作には「Amanogawa(Organic ver.)」のタイトルで収録)は、とにかくあのソロバイオリンを弾いてもらいたかったんですよ。そういうのもあったら面白いだろうなと思って。旧曲の3曲はそういう理由で選びました。

──やっぱり「Red Express」が来ると安心しますよね。今作で唯一の大人げない曲と言ってもいいと思うので。

向谷 キメのところは特に大人げなくて、数多くのご迷惑をおかけしましたね。

櫻井 (笑)。あのキメは僕が作ったんですけど、4声か5声の複雑なラインを書いていったらストリングスのリーダーの方に「これはできない」と言われてしまって。そしたら倉田さんが、ひと晩でシンプルなアレンジに書き直してくれたんですよ。ひと晩ですよ? それで翌日に全部クリアできたという、とんでもない逸話があります。

向谷 だから彼はLAに2泊か3泊くらい滞在してたんだけど、その間ほとんど寝てないんだよ。倉田くんは超人だね。

櫻井 そうだよね。倉田さんの参加は本当に今回のハイライトですよ。

向谷 そんな「Red Express」ですけど、これは今までかつしかトリオを聴いてきてくれたファンの人たちがどういうふうに受け取ってくれるのか、一番楽しみな曲ですね。

神保 ビルボードライブとかでやったアコースティックバージョンのリズムアレンジが元になっていて、エレクトリックバージョンよりもだいぶシンプルになっているんです。

向谷 それに加えて、Aメロでストリングスがメロディを取っていて、僕らが完全にバッキングに回っているところがあるんですよ。かなり挑戦的な試みではあるんですけど。

向谷実(Key)

向谷実(Key)

──それは思いました。かつしかトリオの曲なのに、かつしかトリオが誰もメロを弾いていないというのは極めて斬新ですよね。

神保 そうですよねえ。

向谷 その意味で「やって大丈夫かな?」というのはあったんだけど、自分たちはバッキングにもそれなりに自信があるんで、やってみたかったことではあるんです。それが実現できてうれしかった。

──あと個人的に印象的だったのが、「Majestic」の静かになるパートでベースのフィンガーノイズが聞こえるところです。これがあることで、本当に櫻井さんがそこで弾いてくれているかのような生々しさを感じて、すごくグッときました。

櫻井 あ、そうですか。意図的にそうしたわけじゃないですが、もしかしたら新しい楽器の特性かもしれないですね。“木目ちゃん2号”と呼んでるんですけど、今までのヤマハとはプリアンプの設定が違って、アクティブで鳴らしたときの周波数特性がだいぶ変わったんですよ。だから今までは出なかったようなキュッて音が聞こえやすくなっている可能性はありますね。

向谷 へえー、なるほどねえ。

櫻井 それと、ドンさんの音作りもあるかもしれない。普通はベースでメロディを弾いたりソロを取ったりするときってディレイやリバーブをかけるものなんですけど、今回は一切そういうのを使ってないんですよ。たぶんですけど、フェーダーすら上げてないんじゃないかな。そのおかげもあって、こういうオーガニックなサウンドとエレベが違和感なく共存できたところはある気がしますね。

向谷 作為的なものが一切ないよね、このアルバムには。こういうアルバムを作っちゃったら、次はどっちの方向へ行ったらいいんだろうね(笑)。

かつしかトリオとドン・マレー。

かつしかトリオとドン・マレー。

今どきちょっとないタイプの音楽作品ができた

──1stアルバム「M.R.I_ミライ」、2nd「ウチュウノアバレンボー」、そして今回の「Organic」と来て、流れとしてはちょうど“起・承・転”という感じになっていますよね。

向谷 次は“結”がいるってことね。

──もちろん、そのあともまだ続いていく前提での“結”ですけども。

向谷 その頃にちょうど僕は70歳になってるはずなんで、“起・承・転・古希”って感じで(笑)。

櫻井神保 わはははは。

向谷 まあ、いろいろ考えてはいますよ。現時点ではまだジャストアイデアに過ぎないですけど、また皆さんに「えっ?」と思っていただけるようなことを構想中ですので。

櫻井 お楽しみに、という感じですね。今回はストリングスに入ってもらいましたけど、かつしかトリオはあくまでこの3人で成立する演奏、音楽というところに値打ちがあると思っていまして。その時々のコンセプトによってゲストを呼んだり、いろいろな人が集まることは今後もあると思いますけど、その軸になる部分は見失わないようにしたいですね。今回も、曲によってはストリングスが主旋律を担って僕らがバッキングに回っている瞬間があったりもしますが、「3人がバックバンドになってしまわないように」というのは常に意識していました。

「"Organic" feat. LA Strings」レコーディングの様子。

「"Organic" feat. LA Strings」レコーディングの様子。

向谷 ゲストありきで成立するものだったら、別に俺らじゃなくてもいいもんね。

神保 入ってもらう人にも、いろんな選択肢があり得ますよね。今回はストリングスだったんで、ブラスセクションとの共演もやってみたいですし……。

向谷 あーあ、言っちゃった(笑)。

櫻井 言っちゃったー(笑)。

神保 (2人の言葉を気にする様子もなく)ブラスとストリングス、両方あってもいいですし。

向谷 考えていたことが早くも1個バレちゃいましたけど(笑)、いずれにせよ何か新しい形のものを来年あたりにはお届けしたいですね。起承転結の“結”としてどういう表現ができるかっていうのは、もちろん我々がどういったアイデアを出せるかも大事なんですが、この「Organic」というアルバムがどれくらい売れるかも大いに重要で……。

櫻井 すごい現実的な話をしてる(笑)。まあ実際、何かすごいことを思いついたとしても、それを実現できるだけの予算が出るかどうかはまた別の話ですからね。

向谷 現実的な話ではあるんですけど、1作のアルバムが一定程度評価されることで初めて次に向かえる、というのが音楽活動というものなんですよね。制作には当然費用もかかるし、人も必要だし。無尽蔵にやっていたら破綻してしまうので、どこかでバランスを取らなければいけない。発売していただくレコード会社の皆さんやコンサートを支えてくれるスタッフの皆さんと一緒になって、プロモーションをいっぱいして次のステップにつなげていきたいなと。そんな感じでございますね、はい。

神保 「今どきちょっとないタイプの音楽作品ができたな」という手応えはあるので、多くの方に届いてほしい思いはあります。

向谷 ね、見つかってほしいよね。やりたかったことが全部実現できて、すごく満足のいく作品になりましたから。

かつしかトリオ

かつしかトリオ

公演情報

かつしかトリオ LIVE TOUR 2025 "Organic"

  • 2025年10月18日(土)東京都 かつしかシンフォニーヒルズ
  • 2025年11月1日(土)福岡県 福岡市民ホール 中ホール
  • 2025年11月4日(火)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
  • 2025年11月13日(木)北海道 共済ホール
  • 2025年11月24日(月・祝)大阪府 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
  • 2025年12月8日(月)東京都 東京国際フォーラム ホールC

プロフィール

かつしかトリオ

元カシオペアのメンバーでもある向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)によって結成されたインストゥルメンタルバンド。2021年に活動をスタートさせ、全国5カ所でライブを開催。2022年7月に新曲3曲入りの音源をリリースし、iTunes Storeのジャズチャートで1位を獲得した。2023年10月に1stアルバム「M.R.I_ミライ」を発表し、2024年9月には前作から1年足らずで2ndアルバム「ウチュウノアバレンボー」をリリース。同月から全国6カ所でワンマンツアーを行い、その追加公演の模様を収録したBlu-ray作品「かつしかトリオ LIVE TOUR 2024『ウチュウノアバレンボー(仮)』」を2025年5月に発表した。10月には、アメリカ・ロサンゼルスでレコーディングしたアルバム「"Organic" feat. LA Strings」をリリースする。