カシオペアの元メンバー向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)からなるバンド・かつしかトリオ。2021年の結成以降「M.R.I_ミライ」「ウチュウノアバレンボー」と、大ベテランとはとても思えない“大人げなさ”を発揮したアルバムをリリースしてきたが、そこから一転、ニューアルバム「"Organic" feat. LA Strings」はナチュラルかつリッチな音がたまらない、実に大人らしい1枚に仕上がっている。
ロサンゼルスのストリングス隊との現地レコーディング、そして憧れのエンジニア、ドン・マレーとのタッグというかねてからの夢を叶えた本作に、3人はどのような手応えを感じているのだろうか。大人らしい余裕に満ちたアルバムに反して、いつも以上に饒舌で活気あふれる3人の会話をぜひ楽しんでもらいたい。
取材・文 / ナカニシキュウインタビューカット撮影 / 西村満
“大人げないオトナ”から“大人っぽいオトナ”に
──ニューアルバム「"Organic" feat. LA Strings」、さっそく聴かせていただきました。率直に言って、だいぶびっくりしたというか……。
向谷実(Key) やったね! びっくりしていただくためにレコーディングしたと言っても過言ではないので。
神保彰(Dr) いきなり大人になりましたからね。
櫻井哲夫(B) “大人げないオトナ”から“大人っぽいオトナ”にね(笑)。
向谷 そうそう(笑)。それ、今回のキャッチコピーにする?
櫻井 「大人げないオトナたちが演奏する大人っぽい音楽」みたいな?
向谷 長いね、それ(笑)。
神保 キャッチとしてはちょっと長すぎますね。
櫻井 そうだね(笑)。
──「大人っぽい音にしよう」というのは当初からのコンセプトだったんですか?
神保 そうですね。そもそもは、僕がドン・マレーさんという伝説的なエンジニアの方と一緒に仕事がしてみたいという願望を何年も前から持っていて。で、向谷さんもね。
向谷 僕も、映画音楽なんかをやっているロサンゼルスのストリングスの人たちと、ピアノトリオで一緒にやれたらいいなというのを前から考えていて。だから、2人の夢が同時に叶ったのが今回のロサンゼルスレコーディングなんですよ。
神保 Dreams Come Trueって感じで。
櫻井 だからやっぱり、お二人は最初から興奮されていましたよね。
向谷 櫻井さんはそうじゃないの?
櫻井 僕は2人の興奮を横で感じつつ、その盛り上がりに便乗しようかなという感じでした(笑)。僕ももちろんドン・マレーの音は昔から好きだったし、実現したら絶対に面白いだろうなと思っていたんですけど、本当に実現しちゃって。やっぱりすごかったですね。目の覚めるような音で録っていただいて。
──パッと聴いた瞬間から質感が違いますよね。ナチュラルなのにローファイではないという、なかなかほかでは聴けない手触りの音だなと感じました。
向谷 ああ、そういう言い方はできるかもしれないね。ドンさんはほとんど何もしていないように見えるんだけど、何も話し合わなくてもどんどん録り音が完成されていくんですよ。
櫻井 「俺は何もしていない」ってずっと言ってたよね。テイクもほとんど重ねない人で、1回やったら「もうこれでいいじゃん」みたいな(笑)。神保さんなんて、1週間向こうにいてほとんどドラム叩いてないですよ。たぶん8曲で合計10テイクくらいしか演奏してないんじゃない?
神保 みんなそんな感じでしたよ。せいぜい2、3テイクやるくらいで、しかも結局「テイク1が一番いい」という話になる。
──そのお話がもうオーガニックですね。
櫻井 そうですね。だから、スタジオライブのような生々しさがあると思います。あと、ドンさんはお人柄も素晴らしくて。待ち時間が長くても嫌な顔ひとつしないんですよ。
向谷 牛丼とかも一緒に食べてくれたしね。
櫻井 そうそう(笑)。「おいしいおいしい」って僕らと同じものを食べてくれた。
神保 スタジオで取る出前、牛丼率が高かったよね(笑)。8割ぐらい牛丼だったんじゃないかなあ。
ピアノうまくなっちゃったんですよ
──向谷さんが全編アコースティックピアノしか弾いていないというのは、けっこうレアですよね。
向谷 そうですね。以前に一度、ピアノを中心にしたソロアルバムを作ったことはあるんですけど、そのときは多重録音でシンセも使ってたんですよ。だから今回みたいに、本当にピアノ1台だけでアルバム1枚を弾き切ったというのは初めての経験かもしれない。
──いつになく“ピアニスト・向谷実”を堪能できるアルバムといいますか……。
向谷 (ドヤ顔で)でしょー!?
櫻井・神保 (笑)。
向谷 いやあ、ピアノうまくなっちゃったんですよ(笑)。自分でも「あ、俺ピアノ弾けんだな」って思いましたから。やっぱりベヒシュタインの威力だろうね。まったく弾いたことないピアノだったんで、最初は勝手が違いすぎて「うわ、なんだこれ!」と思ったんですけど、1曲やってみたら、どんなに弱く弾いてもキレイに鳴るんですよ。とくに右手の薬指と小指で弾く音が今までにない感覚で素晴らしくて……こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、LAであのピアノを弾いたらみんな「うまくなった」と思い込めますよ。
櫻井 (笑)。でもホントに、向谷さんがピアノと対話してどんどん仲よくなっていくのは見ていても感じましたよ。
向谷 それ、いい表現だね。今度からピアニスト向谷って名乗ろうかな(笑)。
神保 「シンセも弾けます」みたいな。
向谷 シンセも弾けるピアニスト(笑)。いいね!
──その一方で、櫻井さんは全編エレキベースを弾いています。このオーガニックなサウンドの中で、アコースティック系のベースを使わなかったのはどういう意図だったんですか?
櫻井 もともとこの「Organic」のコンセプトは、アコースティックライブでの演奏形態が元になってるんです。かつしかトリオのアコースティックライブでは、最初はアップライトベースやアコースティックベースを使っていたんですけど、「やっぱりエレキベースでやったほうが映える曲が多いよね」ということになって。で、そのためのベースをヤマハが作ってくれたので、今回それを持っていきました。
向谷 この人、アルバムの直前にまたベースを変えてきたんですよ。Blu-rayになったライブ(「かつしかトリオ LIVE TOUR 2024 ウチュウノアバレンボー(仮)」東京公演)のときも3日前に届いたベースを使ってましたけど、普通はもっと慣れてから持ってくるじゃないですか。今回も出発の3日前くらいじゃなかった? 届いたの。
櫻井 そう、今回も3日前(笑)。だから、一応渡米前に神保くんのスタジオで弾き比べをして、みんなに音を聴いてもらったんです。そしたら「いいね」ということだったんで、使うことにしました。ドンさんも「こんなヤマハの音は聴いたことがない」と絶賛してくれました。ネイザン・イーストやエイブラハム・ラボリエルなどの音を知り尽くしているドンさんがそう言ってくれたのは、本当にすごくうれしかったですね。
ワクワクして止まらなくなっちゃった
──前回のインタビューでチラッと聞きましたが、もともとは既存曲のリメイクを中心に考えていたアルバムなんですよね?
向谷 そういえばそうだったね。忘れてた(笑)。
神保 最初は「リメイクがメインで、新曲も2、3曲入れられたらいいね」くらいの話だったんですけど、結果的には逆転してしまって。
向谷 新曲のほうが多くなっちゃった。「ストリングスを入れるなら」ってことで、みんなからどんどんアイデアが出てきたんですよ。神保さんが「組曲みたいな曲を作りたい」と言って「LUCA」のデモを持ってきたり、櫻井さんも「荘厳な世界の中でベースが浮遊するような曲をやりたい」って「Early Bird」の原型を作ってきたり。気が付いたら新しい曲がいっぱいできちゃってね。
櫻井 ストリングスアレンジに関しても、主に向谷さんから次々にアイデアがあふれ出してきて。それによってさらに拍車がかかった感じはありましたね。
向谷 調子よかったんだよね(笑)。ストリングスアレンジに関しては今回、僕の大変尊敬する音楽家である倉田信雄くんにお願いしたんですけど、曲によっては6、7割ぐらいまでこっちで書いてから渡していたんです。その6、7割の段階がとにかく調子よくて、どんどん形が見えてくることにワクワクして止まらなくなっちゃった(笑)。しかも、その後倉田くんにプラスアルファをしてもらったら、さらにどんどん曲のよさが引き出されていって……ストリングスの人たちはヒイヒイ言いながら弾いてましたけどね。
──実際、弦の人は普段なかなかやる機会がないであろう演奏が多くて、聴いていて「大変そうだなあ」とは思いました。
向谷 8分の7拍子とかやってもらってるしね。
櫻井 「LUCA」の中間パートがそうなんですけど、ただの8分の7じゃないんですよ。ストリングスのメロディは7拍子で進んでいくのにバンドの演奏は8拍子に戻ったかのように聞こえるという、エッシャーのだまし絵みたいな構造になっていて。あれは弦の皆さん、けっこう大変だったと思う。我々も苦労しました(笑)。
向谷 倉田くんの指揮のおかげでなんとかなったけどね。あれ、彼の指揮じゃなかったらどうなってたかわかんないもん(笑)。
櫻井 難しかったと思いますけど、その甲斐あって今までにない曲になりました。
向谷 ストリングス隊にはジャズ / フュージョンが好きなメンバーを集めてくれていたし、事前にみっちり練習もしてきてくれたんですよ。編成もちょっと面白くて、日本では6422(1stバイオリン6名、2ndバイオリン4名、ビオラ2名、チェロ2名の14人編成)ってのが一般的なんですけど、今回は向こうの要望で4433だったんです。人数は同じ14人なんだけど、1stをそこまで前に出さず、ビオラとチェロがよくご活躍なんだよね。これもサウンド的にけっこう新鮮なんじゃないかな。
櫻井 そのおかげで、ストリングスセクションに力強さがありましたね。
神保 あと、そのストリングスの譜面がもう芸術品なんですよ。全部手書きで書かれていて。
向谷 しまった、それ今日持ってくればよかったな。皆さんに見てもらいたいくらいすごいんですよ。
神保 今どき、譜面はコンピュータで作るのが普通じゃないですか。手書きの譜面でアレンジする人なんて、もう倉田さんくらいしかいないんじゃないかな。
向谷 あの人、デモも全部手弾きだからね。こっちからはMIDIデータを渡してるのに、あの多忙な人がわざわざ手弾きでデモを作るんだから。しかもあんなややこしいアレンジの曲をね。「Red Express」とか。
櫻井 すごいよね、あれ。
向谷 そのうえ譜面もMIDIから起こすんじゃなくて手で書いてさ。「大変だったよ」とか言ってたけど、そりゃそうだろって(笑)。
──なんか、出てくる話が全部オーガニックですね。
櫻井 そうそう。ホントそうなんですよ。
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いやあ、オトナですねえ