かつしかトリオに聞く「フュージョンとは?」最大の魅力は“ワクワクできること”

日本を代表するフュージョンバンド・カシオペアの元メンバー向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)によって結成されたインストゥルメンタルバンド・かつしかトリオが、10月25日に1stアルバム「M.R.I_ミライ」をリリースする。

向谷実、櫻井哲夫、神保彰──言わずと知れたフュージョン界のレジェンド3人。彼らが在籍していたカシオペアの音楽は、フュージョンというジャンルに馴染みがない人でも自然と耳にしたことがあるはずだ。しかし、そもそもフュージョンとはいったいどんな音楽なのか? そんな素朴な疑問を抱えている人たちもたくさんいるだろう。そこで音楽ナタリーは、フュージョンというジャンルの成り立ちや特色を解説してもらうべく、かつしかトリオの3人にインタビュー。アルバム「M.R.I_ミライ」の話を軸に、フュージョンの楽しみ方を和気あいあいと語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ

だんだんタガが外れていった

──アルバム「M.R.I_ミライ」、とても楽しく聴かせていただきました。「大人げないオトナの音楽」というキャッチコピーが実に言い得て妙だなと思ったんですが、本当に大人げないアルバムになりましたよね。

向谷実(Key) ははは。ありがとうございます。

──キャリアを考えると、とっくに“枯れる”方向へ行っていてもおかしくないお三方だと思うんですけど、そんな気配を微塵も感じさせない作品で。

向谷 枯れるって、どうやるんだろうね?(笑)

神保彰(Dr) アルバムを作っている途中で「大人げないオトナの音楽」というキャッチコピーを思いついたんですよ。このかつしかトリオというプロジェクトがスタートしたのはもう一昨年の秋になるんですけど、最初の段階ではまだちょっと大人げがあった(笑)。だんだんタガが外れていった感じですね。

向谷 なんでだろうね?

櫻井哲夫(B) たぶん、「M.R.I_ミライ」の制作に取りかかった頃くらいからじゃない? あのあたりから「アグレッシブに」っていう感じになっちゃった。

向谷 この年齢でこんなことを言うのもおかしいんだけど、僕らがカシオペア時代から持ち続けている潜在的な意識みたいなものがあると思うんですよ。意外と本人は気付いてなかったりするんだけど、それが3人で集まって音を出したときに「あれ、そこまでやるの?」「ならやろっか」みたいな形で表出して、言い方は悪いけど収拾がつかないくらい大人げなくなっていったという(笑)。

──たぶんそういうことなんだろうなと想像していたんですよ。初期衝動だけで音楽をやっていたような時期からお互いを知っているから、一緒に音を出していると自然とそれがよみがえってくるんじゃないかと。

櫻井 それはあるかもしれないですね。この3人がそろってやるのは30年ぶりくらいになるんですけど、一緒にいるだけで20代の頃の気持ちに戻っちゃうのかも。

向谷 風貌はずいぶん変わっちゃったけどね。

神保 そうだね(笑)。

向谷 あと、このバンドの特性がそうさせた部分もあると思うんですよね。シーケンサーなどの同期演奏を使わずに、手弾きでやれる範囲内での演奏の面白さをお聴かせしたいと思ってやっているバンドだから。演奏を工夫する面白さと、それを実現できる喜びと、それを聴き手の皆さんと共有できるうれしさと……その関係性が、このバンドの面白いところなんじゃないかな。

かつしかトリオ

かつしかトリオ

──つまり、信頼があるってことですよね。メンバー同士はもちろん、聴いてくださるファンの皆さんに対しても「楽しんでもらえるはず」という信頼があるから、遠慮なくやれるという。

向谷 お客さんも大人げないっていうね(笑)。

櫻井神保 あははは。

向谷 コロナ禍真っ只中の、2021年にやったホールライブがすごく印象に残ってるんですよ。みんなマスクをして声を出せない状況の中、今までに聞いたことがないくらいのものすごーく長い拍手をもらったんです。曲が終わるたびに、ざああああ……って。私たちの音楽を聴いて喜んでいただけたんだなというのが本当に伝わってきて、あれは感動的でしたね。

かつしかトリオは“G-フュージョン”?

──今日のインタビューは音楽ナタリーというWebメディアでの掲載になるんですけど、媒体の性質上、いわゆるフュージョン的な音楽に馴染みのない読者も多いと思うんですね。

神保 そうでしょうね。若い人たちはまず「フュージョン」という言葉自体を知らないんじゃないかな。

──マンガ「ドラゴンボール」の用語だと思う人のほうが多いかもしれません。なので、そういった層へ向けてフュージョン音楽の楽しみ方をご指南いただけたらと思っているんですが……。

向谷 でも、僕らもフュージョンと言われ始めたのはけっこうあとになってからだよね。デビューした頃はまだフュージョンなんて言葉はなかったような気がする。

神保 僕らが始めた頃は「クロスオーバー」とか言われてたね。

向谷 最初に出したレコードなんて、帯に「ニューミュージック」って書かれてたから(笑)。「ニューミュージック」から「クロスオーバー」になって……一時期「ジャズファンク」とも言われてたかな。

櫻井 それはね、ロンドンで使われてた言い方。

向谷 あ、そうだっけ。まあ海外にフュージョンなんて言葉はなかったもんね。

櫻井 そうだね。

神保 そもそもの成り立ちから整理すると、1960年代後半くらいにマイルス・デイヴィスがジャズに電気楽器を持ち込んだことがきっかけになって、ジャズに軸足を置きつつほかのいろんな音楽の要素を取り入れて、より広いファン層にアピールするようなムーブメントが起きたわけです。それが70年代中盤くらいに「クロスオーバー」と呼ばれるようになって、さらにそれが80年代に入ると「フュージョン」という名前で呼ばれるようになったという。

──つまりジャズからの派生で、使う楽器の種類や音楽的な考え方も含めてロックやポップスなど他ジャンルの要素を融合(fusion)させたものを「フュージョン」と呼んだわけですね。

神保 商業的な都合も多分にあったと思うんですよ。レコード店で「どのコーナーに置いたらいいかわからない」みたいな(笑)。純粋なジャズとはまた違うものだし、もちろんロックや歌謡曲とも違うし。

向谷 だから「ニューミュージック」の棚に置かれる、みたいなことが起こってしまう(笑)。

神保 ははは。それで「じゃあ“フュージョン”というくくりを新しく作りましょう」みたいな業界的な流れがあったと思うんですよね。

かつしかトリオのライブの様子。

かつしかトリオのライブの様子。

向谷 その後どんどん定義が整理されていって、言い方が正しいかわからないけど「わかりやすいメロディとジャズ的なハーモニー構造を持っていて、演奏形態がテクニカルなもの」という認識に落ち着いていったんじゃないかな。

神保 それから、「J-フュージョン」という言葉もいつの頃からか出てきて。

向谷 何それ? 聞いたことない(笑)。

神保 日本独自の進化を遂げたフュージョン、みたいな。歌謡曲的な馴染みやすいメロディラインがあって、気持ちのいいコード進行があって、わりとファンキーなリズムが付いていて……その代表格がT-SQUAREであり、カシオペアでありっていうことだと思うんですけど。

櫻井 「J-フュージョン」って言葉自体は、たぶん90年代くらいから使われ始めたんじゃないかな。

向谷 じゃあ、今の若手がやってるインストゥルメンタル音楽がJ-フュージョンなんじゃないの? 俺らみたいな年寄りはJ-フュージョンじゃないんじゃない?

神保 僕らはジジイだから「G-フュージョン」か。

一同 ガハハハハハ!

向谷 それいいじゃん! うちのキャッチコピーにしようよ。G-フュージョン、誰か商標登録しといて(笑)。

──(笑)。ちなみに僕の認識では、「J-フュージョン」は80年代の日本のフュージョンだけを限定的に指している言葉、というイメージですね。あの時代だけに存在した特異な音楽ジャンルとして。

櫻井 つまり、まさにT-SQUAREとかカシオペアみたいな音楽を指すわけですよね。そのへんの……要するに、ポップスのいちジャンルというか。インストゥルメンタルポップス。

──そうですね。だから僕の強引な定義では「J-フュージョン=歌のないシティポップ」です。

櫻井 そうそう、そうですよね。

向谷 ああー、なるほどね。そうかもしれない。

神保 確かに。